saku152
述懐 平成二十六年(2014)五月
花鳥の情けは上のすさびにて
心の中の春ぞものうき 伏見院
夕燕我には翌(あす)のあてはなき 一茶
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ 于武陵 井伏鱒二訳
をしげなく花びらくづし大輪の
赤い椿は地にはなやげり 恒平
咲き残る木瓜(ぼけ)の紅(くれなゐ)しづかなり
いましばしつよく生きてありたし 湖

棟方志功・画
* 五月三十一日 土
* 起
床7:00 血
圧120-63(58) 血糖値95 体重68.4kg
☆ 拝啓
このたびはご高著『風の奏で』をお送り下さりまことにありがとうございました。現代と平家の世界がせ不思議に交差した世界を楽しみながら、ご造詣の深さに感服させられました。
『古典遺産』で梶原先生たちが座談會をされたというのにも納得した次第です。(その頃はまだ大学院に進んだばかりの頃で、「古典遺産」も購読しておりませんでした。)他のご著書についてもぜひ読ませていただきたく存じます。
なお今後ともよろしくご高配をたまわりますようお願い申し上げます。まずは御礼まで。 敬具 秋田大学教授 志立正知
* 神戸の信太周さんに十数人をご紹介願って「風の奏で」をお送りした、ご返礼で、有難い。一般の読者には正直言って難しいのかも知れないが、その分、平
家研究の専門家には文藝春秋からの初版以来かなり深くうったえてきた。学者も世代交代があろうかと、信太さんに若い勝れた研究者をご紹介願った。信太さん
との久しい御縁も『風の奏で』いらいのことである。
* 「選集B」を、「畜生塚」「或る雲隠れ考」「慈子=斎王譜」そして、もう二、三何で構成しようかと思案し始めている。
* 昨日から、二度、フランス映画、ジュリエッタ・ビノシュとジァン・レノの「シェフと素顔と、おいしい時間」を十二分に楽しんだ。久々に仏映画の美味を
満喫した。いつでも佳い映画なら観たい。このところクリント・イーストウッド式の映画ばかり堪能していたので、嬉しくなるほどジュリエッタとジァンのフラ
ンス語が心地よかった。
* 「選集B」の巻頭に予定している『畜生塚』をもう読み始めた。しかし眼はもう今日はもたない。機械仕事はもう閉じる。
* 五月三十日 金
* 起
床8:30 血
圧124-61(61) 血糖値99 体重68.2kg
* 今朝から、少し心躍る「仕事」に手をつけた。最近にたまたま整理棚、と謂うより押し込み棚のひと棚から古い古い原稿の入った袋を見付けた。
見ると、医学書院の400字原稿用紙で200枚ちかくびっしり書かれている。用紙の一枚目には
雲居寺跡 菅原万佐 66.11.24〜
とある。 「雲居寺跡」と、はるか後年に弥生書房が文藝誌として「あるとき」を創刊した際、請われて巻頭作として二度にわたり連載した小説と同題であり、
講談社から単行本になったときは書肆の希望で『初恋』と改題された。今度の「秦
恒平選集」第二巻には、原題へ戻して『雲居寺跡=初恋』の題で第五回太宰治賞の『清経入水』のあとへ、余の二作とともに収録した。
発見した「雲居寺跡」は念願してなかなか書ききれなかった途中放棄の旧作であり、作者として署名してある「菅原万佐」とは、わたしの古いペンネームで
あって、初めて「新潮」編集長酒井健次郎さんと会った際に、本名で書きなさいと云われて捨てたもの。四册ある初期私家版の第三册までは「菅原万佐」名で本
にしていた。四冊目の『清経入水』からが「秦 恒平」なのである。
このいわば「原・雲居寺跡」は、私家版にも入れていない。断念し棚上げしたのである。
それを、今朝から、電子化しはじめた。昔昔のわたしが、いかにもいかにも執着していた『雲居寺跡』をどのようにどこまで書いていたかを知りたくなった。
推敲はかなり徹底的にしてあり、原稿用紙は、直しの輻輳でものすごい。こういう原稿をもともと妻はみな清書してくれて、さらにそれを徹底的に推敲してから
「作」として立たせたのだった。「清経入水」「雲居寺跡」「風の奏で=寂光平家」はみな、この「原・雲居寺跡」の弔い合戦に他ならなかったのだと、今にし
てつくづく思う。
では、どんなふうにわたしは平家物語異聞を書こうとし、何につっかえて断念したのだろう、それを見てみたいと思う。場合によばこの自筆苦闘稿は、のちのちだれかに喜んでもらえるかも知れない。
用紙七枚を書き写した。停滞無く、好奇心も満足させられおもしろく読み進めている。こういうのも初体験。
☆ 拝啓
ご無沙汰いたしております。
先日はすばらしい装幀の秦 恒平選集をご恵送下さり、ありがとうございます。御礼が遅くなり、申し訳ございません。
先日たまたま奈良の県立医大に行って腎臓移植の先生からお話を伺う機会があり、大和橿原に一泊しました。周囲が耳成だの香久山だの飛鳥だの、北海道生まれの山がつの私には驚くことばかり。選集中の「三輪山」をそのこともあってすぐに拝読しました。
登場人物の三輪君の巧みな先導もあって、興味津々。神社の階段を登って夢幻の世界に入ってゆく結末部には陶然となりました。
本当に面白かったです。ありがとうございました。
福島県立図書館より受領の礼信あり。
* 石牟礼道子さん、転居通知あり。
* ガンガン日照りの中を歯医者へ。もう上真ん中から左奥へは全部入れ歯。やがては左の上もそうなろうか。サンザンのていたらく。その足で、出任せに街へ出た。食べた。飲んだ、疲れて帰った。
夜前長時間寝た。今夜ももう一晩ぐっすり長く安眠したい。
* 五月二十九日 木
* 起
床8:30 血
圧120-62(57) 血糖値112 体重68.8kg
☆ 秦 恒平様
先日は貴重な大著、それも私家版のものノを、私のような人間にまで、御恵贈下さり、誠に有難く光栄に存じます。
御収録の三つの作品は いずれも一九七○代のものであり、それぞれ感慨深いものがありました。
わたくしも 文学部史学科に在籍しておりましたころ、京都、奈良、飛鳥の地を さんざん歩きまわったものですから、作中の地理に親近感をおぼえました。
当時は日本古代史、とくに奈良、平安時代史を専攻しておりました。古事記や万葉集その他は 必携のものでした。それは戦時中でもそうで、入隊するときは
万葉集の文庫版を持ってゆきました。 戦後は 一首の古代ブームがありましたので、 社寺の巡礼などに のめりこんだこともあります。
ですから、「三輪山」「秘色」など なじみ安かったのでしょう。 京都もよく歩き回りました。 「みごもりの湖」という長編を読みはじめ、随所に 印象
深い叙述があり、ことさらに親しみをおぼえました。 作家のご苦心は素人のわたしどもには判りませんが、強い牽引力で ひきこまれます。
とにかく、久々の読書三昧、ありがとうございました。
御礼の遅くなりましたことを お詫び申し上げます。
平成二十六年五月二十六日 色川大吉 歴史家 東京経済大学名誉教授
* 昨日の出久根さんといい、今日の色川先生といい、胸のふくらむほど嬉しいご挨拶であった。
☆ 米沢女子短大の学長をこの三月末に退任された遠藤恵子さん、日本ペンクラブ顧問の三好徹さんからもご挨拶があった。遠藤さんは医学書院勤務時代の後
輩で、ともに社宅住まいの頃、わたしたちの部屋で茶の湯の稽古をされていた。わたしより遅れて退社し、東北女子大学の教授のあと米沢の学長として活躍され
ていた。心優しい人であった。
下関の平野芳信さん、娘さんが東京でお勤めの菓匠「とらや」の名菓で祝って下さった。
* 「選集A」に収録の四作電子化データ原稿を電送入稿した。ルビ打ちプリント稿や湖の本原本は、別途宅急便で送った。「選集A」がこれで、進水、出発進行。造本その他は、第一巻で固めてあり、順調に進むだろうと期待している。重い肩の荷をおろした安堵感がある。
* かなり暑い。これからは暑さとの闘いになる。歯医者をせめて七八月休みたいが。
* 午後、よく寝入っていた。まだまだ体力として十分に近い戻りでないと知る。
便りのある人ごとに不調・不運・不幸の知らせ。それが老いるということなのだろう。せめて若い人にそれの無いのを願う。
明日は、また夕刻歯医者。晩方へかけ、すこし身心のびやかであれないものか。
とりあえずは、今夜も、休息したい。つまり早く眠りたい。
* 五月二十八日 水
* 起
床8:00 血
圧132-62(70) 血糖値100 体重68.3kg
* 利き手の左が妻はまだ痛み痺れで使えない。黒いマゴはまた輸液に連れて行った。目の前の「時間」が黒く混沌としている。そんなときは手さぐりで、触れたものごとから片づけるよりない。そのうち視野が晴れると期待しながら。
なんとなく気が晴れぬ。
☆ 選集第一巻を
ありがたく ちょうだいしました。
豪華な(今の時代 函入りの本はめったにありません)、それでいて瀟洒で すっきりとした装幀に しばらく見惚れておりました。勿体ない贈り物です。活字も大きく読みやすく至れり尽せりの一冊です。
大切に「永久保存」いたします。ありがとうございました。心より暑く御礼申し上げます。
ご自愛 一層のご活躍を願っております。 出久根達郎 (直木賞作家)
秦 恒平様 玉案下
* 出久根さんは、いわば「本」のプロ。創刊いらい「湖の本」も継続購読して下さっている。今回の選集刊行が、念入りの美意識の所産でもあることを大勢が
証言して下さっている。「本」は紙屑ではない、文化なのだ、出版文化。「紙の本」時代の最期を飾る光芒と、それを終始願っていた。
* {選集A」のルビ打ち稿つくりに閉口していたが、折衝の結果、「湖の本」原本を利用してもらうことになった。これで肩の重荷が半ばおろせる。有難い。
* 疲労が溜まってであろう、今日は、何度もよく横になり、横になると熟睡した。いいことだ、小説創作の仕事を抱いて、二三日旅でもしたいぐらいだが、黒
いマゴの輸液、利き手の使えない今の妻一人では、むり。ま、せいぜいのんびりしたいもの。などと言う内に「湖の本120」再校が出てくれば、たちまち発送
の準備にかからねば。手早く、すでに幾らかは用意が進んでいる。
* 人と会う、会議・会合がある、という生活からすっかり足が洗えている。眼さえ丈夫なら、まだたくさんな「仕事」が出来る。仕事のタネが、身辺にもいっぱい隠れている。おもしろがってそんな「仕事」を楽しめばいいのだ。
* 「月光」の一楽章を繰り返し聴き、それから「マドレデウス」たくさん聴いた。
* 五月二十七日 火
* 起
床7:30 血
圧138-66(58) 血糖値101 体重68.6kg
* 日曜日に作・演出公演をうちあげた建日子の迎えで、つまはたぶん午前中にも退院してくる。有難し。
黒いマゴ今日の輸液も終えてきた。
☆ 美しい五月
爽やかに、お過ごしでいらっしゃることと思っています。
茨城も、いづれの地でも美しい五月です。
簡単にお話しが出来ないのは残念なことですが、ご健康を祈っております。 那珂 良
☆ 老春の候
いかがお過ごしでございますか
過日は選集第一巻 確かに落掌、ありがとうございました。
さて、本日まで学会で上京しておりまして さるお店に職を得ました娘にも会って参りました。私の名前をつかえば余分に送れるよと
申しますので、「***」という名で御菓子が届きます。なにとぞ御笑納のほどお願い申し上げます。
御身 御大切にされますように。 不一 山口市 平野芳信 現代文学研究者゛
* 12:10 建日子の車で、妻、退院。午後、地元病院の主治医に報告。
* なににしても、今回は、不運といえば不運、手技上のことであり得ることではあるが、医療過誤の事実は動かない。医者にかかる、病院へ通うということに
は、ついてまわる不運である。あの幾夜幾日にわたる堪えきれないほどの激痛を想い出すつど、その辺の機微によく思い当たるべきである。医療には常に完璧な
ど期待できない。思い知るべきである。
* 「湖の本120}発送用意に、もうかかっている。この疲れを、うまく捌かねば。
* やっと入浴。ブルフィンチの「神話」「騎士物語」「八犬伝」「ペスト」そして「箴言集」と「眠られぬ夜のために」をゆっくり読んだ。
* 五月二十六日 月
* 起
床6:00 血
圧111-56(57) 血糖値97 体重67.9kg
* 庭の花に水をやり、黒いマゴを輸液に医院へ連れて行き、爪も切って貰ってきた。
妻は明日の午前中に退院できそう。予後は地元の病院でフォローしてもらう。左腕・肩全体の黒ずみ褪せはじめ、きつかった痛みも和らいできていると。
* 平日の見舞いは正午以降なので、ともあれ、わたしはこの眠気をはらうために寝てみる。
* 明日午前の退院がきまったようだ。有難し。
☆ 選集の第一巻
ご恵送賜り実に嬉しく思っております。150人の一人に選ばれるなど望外の喜びです。
大昔に(医師紹介で=)たいへんお世話になった家内は私より一足先に八十の坂を越えましたが、まだなんとか日常生活や庭いじりをこなしています。私も細
々と文筆活動をつづけております。おそらく最後の長編ミステリの翻訳にも目下とりくんでいるところです。この仕事が終わったら、秋に家内と二人でアメリカ
旅行を考えています。計画だけで実現はしないかもしれませんが、計画できるだけでもしあわせなのでしょう。
お元気におすごしください。 中島信也(小鷹信光) ミステリ研究者 翻訳家
* 中島君は、医学書院での主任時代、わたしの係りに配属され、「脳と神経」「神経研究の進歩」など担当していた。早稲田在学の頃からハードボイ
ルド、ミステリ等の翻訳など文筆
活動を始めていて、「書く」世界ではずっと先輩だった、ただ純文学を志していたわたしとは「書きたい」「書いている」分野がまったく異なっていて、交叉す
る機会はなかった。わたしより少し早く退社したのではなかったか、わたしの太宰治賞は少しあとだったと思う。頼まれて、ごく親しくしていた都立築地産院の
院長先生に、中島
君の奥さんを紹介しお願いしたことがあった。幸い、赤ちゃんができたと聞いた。彼のペンネームもわたしの掛かりにいた頃につけた。小高光夫君が同じ係りに
いて、その氏名を借りながら自身本名の一字を生かし、「小鷹信光」に成った。そう成るその場にわたしも居合わせた。その小鷹は、近年にミステリの歴史的な
研究で佳い仕事をし、受賞した。半世
紀前からのつきあいだ。友人が元気でいてくれると心強い。
☆ ごぶさたしております。
先日、新潟の実家の方へ、豪華な選集第一巻を送っていただきありがとうございました。両親、たいへん喜んでいました。私も帰省のおりに拝見いたします。
今、『慈子』を読み返しています。何度か訪れた京都の景色を目に浮かべながら……旅先の蒲郡にて。 奈良 藤田理史
* 理史君、元気そうで、嬉しい。しっかりと佳い家庭を築いて下さい。
* 病院へ出向く気だったが、テレビの前で坐ったまま寝入っていた。「寿司」屋へは電話が通じない。これも何かあったかと逆に心配。詩人の山中以都子さん
に頂いた名酒「三千盛」二升を飲み干した。ご馳走様でした。お酒と、あまいものと、塩辛や生味噌で食生活している。ぼーッとしているので、寝るが何より
か。黒いマゴもまぢかで安眠している。
* 目が覚めたら五時前。病院へはムリ
しないと決めた。何か主食らしきを食べねばいけないが、さがしてみよう。まだ眠い。相変わらず黒いマゴはうしろで安眠してくれている。気が休まる。ひねも
のの三輪素麺をみつけた。とにかく熱湯に入れて、茹であがったのへ出汁をかけて食べた。腹だけが張った。
* 明日退院。建日子が迎えに行ってくれると連絡あり。わたしは黒いマゴを輸液に連れて行く。
* 目は霞み、眠くも。テレビはつまらなく、本が読めない。近江の美酒を戴いて酔って、黒いマゴと寝よう。
☆ みづうみ、お元気ですか。
「冠動脈の検査手技を受けたとき、穿刺の針が動脈を突き抜いていたらしい」と読みました時は、何たる下手くそと猛烈に腹が立ちましたけれど、奥さまの手術も無事お済みで退院もお決まりとのことにほっとしています。一日も早いご快癒お祈り申し上げます。
それにしても奥さまがいらっしゃらないとちゃんとした食事もとれないとは、生活の自立のできない高齢男性の典型みたい。情けないこと! 奥さまにはゆっくりご養生していただかなければならないのですから、しっかり遊ばせ。
さて、話題代わりまして。
> 読者には、まだお持ちでない単行本を、ご希望に副って適宜にお頒けしたい。残部少なく要望に応えきれないものもあるが、百種にあまる単行本の手持ちに余裕有る本もかなり取りそろえている。お申し越しくださらばご相談に応じたい。
みづうみのお言葉に甘えてよろしいでしょうか。もしお差し支えなければ、わたくしにご本色々いただけましたら幸いでございます。
昨年フランスの知人に、翻訳者か日本文学研究者を見つけてほしいと、湖の本六冊を託していました。彼女自身が早速全部読破してくれて(感想文を送ってくるらしい)私のお願いしていた翻訳者も一人見つけてくれて、湖の本を渡す約束をしたそうです。
先方がどの程度の力量の翻訳者かまだ何もわかりませんし、何も期待できる状況ではありませんが、とりあえず第一陣として六冊の嫁入り先が決まりました。
色々思うところあり、湖の本はどんどん海外進出目指すべきと活動を続ける予定ですので、ご無理のない範囲で何卒よろしくお願い申し上げます。
では、しっかりお食事なさいますように。 紫蘭 庭先の紫蘭に魅かれ弟子となる 神戸光子
* はいはい。 家事万事、仕事も、「しっかり」したもんです。ただ、今と限らず、食べることに意欲がない。食べないで居る方が腹の具合がよろしい。酒や水分は通ります。胃のないせいでしょう。
* 五月二十五日 日
* 起
床5:30 血
圧135-74(52) 血糖値100 体重68.2kg
* 黒いマゴに付き合ってやり早起き。「湖の本120」要再校戻しの用意を終えた。朝食は、卵納豆。九時になったら黒いマゴの輸液に獣医院へかけつける。可能なら午前中にすこし寝ておく。病院で、ルビ打ちをと心づもりしている。
☆ (ブルフィンチの=)ギリシア・ローマ神話
簡単に一話読み切れてここ(=病院のベッド)で読むにはいい本です。
左腕の(濃厚紫斑=)色はずんずん変化しています。でも、昨夜も鎮痛剤を呑みました。
痛みは家で我慢していたのと雲泥の差で、ありがたいです。
腫れもしびれも日にち薬の様子
焦っても仕方ないです。
ではでは
* 午前のほぼ二時間ほどを家で寝入っていた。眠気もとばし、なにより視力を助けねばと。いま十一時半。「要再校」送る。
* 一時前、タクシーで病院へ。火曜日午前に退院出来そうな。よほど症状和らいできている。
ベッドサイドで「繪巻」のルビ打ち終わる。次いで、長編「風の奏で」のルビ打ちにかかるったが。
五時前にタクシーに乗り、和光市から保谷へ帰り、白鵬29回目の優勝を応援、確認した。スカッとした。
* 黒いマゴに高見の見物されながら、ものすごい山の大きなダンボール類を積み上げて、悪戦苦闘して一括紐を掛けた。あさってには故紙回収とやら。
* さて晩飯か。何を食えばいいのやら。出前の鮨を取るか。寿司屋、三度電話したが、「ただいま電話に出られません」と。めんどくさくて断念。酒を飲み缶ビールをのみ、余っているミルクを温めて飲んだ。パンには手が出ず。お腹、変調。
* 青田吉正さんから「お祝い」の名酒頂戴。
持田晴美さんから同じくりっぱな「お花」を戴いた。とりあえず、深い大きな函から出し、玄関に置いて写真を撮っておいた。
* 副大統領急死に伴う指名をめぐる熾烈な駆け引き映画「コンテンダー」を観た、というより、何回目かで見おえた。アメリカ映画。カタルシス、無し。庭の
花に水をやりたいところだが、もう、へとへと。なでしこジャパンの決勝戦を見続ける元気も根気も無さそう。ひたすら眠い。黒いマゴも背後のソフアで寝てい
る。
* なでしこ、前半で一点。オーストラリア0点。そのまま後半を待っている。なかなかの善戦。もう機械を止める。
五月二十四日 土
* 起
床5:30 血
圧140-71(60) 血糖値98 体重67.8kg
* 夜中三時頃、淋しそうにしている黒いマゴのそばへ行ってやり、少し酒を飲んだ。床へ戻ってから本を読んだ。鍾銭重の『結婚狂詩曲』下巻を読み上げた。
上巻では少し投げたくなっていたが、下巻でなんとも頼りない婚約から結婚が成り立ってからり夫婦のひっきりなしの鍔競り合いに引かれて読み通した。「中国
人」てこうなんだと何だかヤケにリアルに分かったような気がしてしまうところが味噌だった。かなりのど根性批評であったが、読み返すことはないだろう。し
かし、夫婦・結婚にはこういう面があるのだなあと、いささか忸怩とした気分も味わった。
『中世騎士道物語』が関心のアーサー王まで来て、その伝奇的な面白さへズブズフし入ってみたい気がしている。
* 結局、五時には起きて二階へ上がり、「湖の本120」のために一頁ずつ二つの埋め草原稿、そして長いあとがき「私語の刻」原稿を用意しきった。
☆ 速やかな
快癒を祈ります。鴉もお身体第一に、栄養あるものを摂取して。 尾張の鳶
☆ ご回復を祈ります。
HPを読ませていただき昨日の入院、手術を知り驚いています。
心臓の検査入院では、良い結果と聞きホッとしていましたのに。がまん強く痛みをこらえておられたのでしょうね。
手術の予後は如何でしょうか。
木曜日に、このような事を想像もせず、ご自宅に花を送ってしまいました。日曜日に着くとの事でしたが、大変な時にご迷惑をおかけしました。
切り花ではないので、お時間の都合がつくまで運送業者に預けておいてください。
ご看病の秦様にもご無理のなきよう、お身体お大切に。
後遺症などがなく、すっきりとご快復されますように祈っております。 晴
持田 晴美
* 昨日は、黒いマゴのために輸液が出来なかった。今朝いちばんに医院に連れて行って、女医さんに輸液して貰った。
* 集中治療室から一般病棟に移ったと妻のメールが来ていたので、なにはともあれ、ハイヤーを呼んで埼玉国立病院へ走った。
六人部屋の窓寄りベッドに妻はいて、機嫌は良さそうだった。うまくいって退院は火曜日かと。予後と後遺症に違和・異常のないことをせつに願う。ベッドサ
イドで小説「繪巻」のルビ打ちを進めていたが、眠気と疲労に襲われ、このままでは帰路が危険に想えたので、三時ごろに帰ることにした。
バスの便もよくわからず、土曜ということでタクシーの姿もなく、かなり時間を浪費のあとようやく来たタクシーで帰途についた。やっと保谷駅ちかくへ戻っ
てきたので、ほとんど食事らしい食事も出来てなく、寿司の「和可菜」へ寄ろうとタクシーを降りたら、店は「準備中」。相当な日照りと暑さの中、しかたなく
家までゆっくりゆっくり二十分余も歩いて帰宅した。へとへと。
それでも、寝てもしまわず、相撲を観ては菓子で酒を飲んでいた。白鵬は鶴龍を退けて一敗を守り、二敗同士の横綱日馬富士が大関稀勢の里の髷をつかむ反則
で負けた。盛り上がる夏場所になった。
* 夕食らしい何も食べずに、(食べずに空腹な方が、じつは腹がラクなのであるが。)二階へ上がってきた。すぐそばで、黒いマゴが静かにやすんでいる。暑さに負けていないかと心配も心配だが。
夜中から目を使いすぎていて、視野が濡れたように滲み霞んでいる。やすむしかない。今日はかなりの暑さ。
☆ ちゃんと帰れたでしょうか?
ゆっくり休めたでしょうか?
台所のガス台の左下の辺りにわかなのお品書きがあります
その辺に見つからないなら扉の裏も見て。
とにかく食べて下さい。
ひょっとして寝ているかと思うのでメールにしました。
☆ 歌 これでいい?
惜しげなく花びら崩し大輪の赤き椿は地に華やげり
もう 夕食が済みました。
明日もマーゴを宜しく。
☆ 食事
テーブルの西瓜でもメロンでも
とにかく食べなさい
菓子と酒ではいけません
冷蔵庫をよく見て。
☆ 寿司
わかな寿司
(電話番号)
* 腹の張るものを食べる気がしない。字が読めない以上は、寝るか、なにか録画した映画を観て、はやめに眠るか。
* そんなことを思いながら、「湖の本120」あとがき、二本の埋め草原稿、ファイルで電送した。本紙の初校はもう終えていて「要再校」で、明日朝のうちにも送りたいもの。ずいぶん肩の荷がおりる。
* 五月二十三日 金
* 起
床9:30 血
圧134-64(60) 血糖値80 体重68.7kg
* 家中に起きた不幸な事故や発病を告げる便りがつづけざま届く。いずこも同じかと歎かれる。ことに転倒の怪我は高齢者にはことに厳しい。
わが家では妻の左腕動脈に血瘤が認められ、昼過ぎのいまから埼玉国立病院へ入院と決した。
* 入院。六時四十五分ころから八時四十分ほどかけて手術終了。予後と後遺症に関してはハキとした見通しは立っていないが、手術は全身麻酔して順調に終えた由。
冠動脈の検査手技を受けたとき、穿刺の針が動脈を突き抜いていたらしい、左腕の全面に紫がかったまるで黒雲が覆い、目を覆うようであった。地元病院では
一泊入院と聞いてきたが、紹介先緊急入院した埼玉国立病院では、早くも週明けまでは退院はムリと。病院はかなり遠く、タクシーの片道がほぼ三千二、三百円
という距離。
二時頃に入院し、手術終了後に医師の説明を聴き、帰宅したのは十時過ぎ。
* ま、妻にも黒いマゴにもわたしにも、試練。黒いマゴの輸液を医院へ運んでしてもらうより無い。
今日は手術の済むのを待ちながら集中治療室で「雲居寺跡 初恋」および「絵巻」のルビ打ちに打ちこんでいた。だいぶはかどった。
湖の本は、停滞し遅れる。やむを得ない。
☆ 帰国して。
先日は(ナゴヤの空港でのメール=)ドンピシャリに驚きました。
さておばあちゃんを「熱演」したわけでもなく、孫をまごまごと可愛がってきたのですが、夜のフライトで一睡もしなかったために疲れが噴出してしまいました。漸く「まとも」に時間を過ごしています。庭の薔薇が今年はとても元気に見事な花を咲かせています。
お送りいただいた選集、装幀の篆書の文字やしみじみと冴えた紺色の布地が真っ先に目に入りました。勿論、勿論、一番重要なのは書かれ、推敲の限りを尽くした文章、作品自体で、その重さを受け止めたいと思います。早くに送っていただいて、留守していた
ためにお礼のメールが遅れて、ほぼ最終に近くなってしまったこと、お詫びします。
『みごもりの湖』などが第一集に入ることは以前から知らされていましたから、自然に飛鳥や滋賀の歴史、十市皇女と深い関わりの額田女王や高市皇子あたりの本を読んだりしていました。近江を歩いてみたい、この気持ちはいつもありますが、特に五箇荘を再
訪したいと駆り立てられます。
六月には友人の誘いで浄瑠璃寺に出かけます。HPでも言及されている「南山城の古寺巡礼」展も京都博物館も楽しみです。昔、蟹満寺や観音寺、岩船寺など交通事情に苦労しつつ廻ったことも懐かしい、そののちも何回か歩いているのですが、やはり若い時の新
鮮な気持ちが今も鈍い輝きを保っています。
シンガポールのこと、中国をめぐる様々な事件、その他、頭の中では書きたいものが沸騰するごとくありますけれど・・。
何よりも先ず鴉の無事を、選集や湖の本のこと恙なく進めていけますことを。
大切に、大切に。 尾張の鳶
* 作にふれて関心や心入れを深切に伝えてもらえる嬉しさは、書き手の冥利。感謝します。
* 明日からの何日か、気をつけて注意深く身も心も働かさないと。わたしの永い入院治療中は妻に途方も無い苦労を掛けた。幸い、少しずつ少しずつ快方のわたしが頑張ってやらねば。
明日も忙しい。もうやすもう。
* 五月二十二日 木
* 起
床9:30 血
圧125-66(59) 血糖値89 体重68.0kg
* 原知佐子 生国土佐の小夏ちゃんをどさっと送ってきてくれた。ありがとう。土佐には文旦のような大きいのも小夏ちゃんのような愛らしい柑橘類もある。美味しい。
* 大飯原発訴訟(福井地裁)判決要旨
☆ もろく楽観的な安全技術
関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じた福井地裁の判決要旨は次の通り。
【主文】
大飯原発3、4号機を運転してはならない。
【福島原発事故】
原子力委員会委員長は福島第一原発から二百五十`圏内に居住する住民に避難を勧告する可能性を検討し、チエルノブイリ事故でも同様規模に及んだ。二百五十`は緊急時に想定された数字だが過大と判断できない。
【求められる安全性】
原発の稼働は法的には電気を生み出す一手段である経済活動の自由に属し、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきだ。自然災害や戦争以外で、
この根源的な権利が極めて広範に奪われる事態を招く可能性があるのは原発事故以外に想定しにくい。具体的危険性が万が一でもあれば、差し止めが認められる
のは当然だ。原子力発電技術の危険性の本質と被害の大きさは、福島原発事故で明らかになった。具体的危険性が万が一でもあるかが判断の対象とされるべき
で、福島原発事故後に、この判断を避けることば裁判所に課された最も重要な責務を放棄するのに等しい。
【原発の特性】
原子力発電技術で発生するエネルギーは極めて膨大で、運転停止後も電気と水で原子炉の冷却を継続しなければならない。その間、何時聞か電源が失われるだけで事故につながり、事故は時の経過に従って拡大する。これは原子力発電に内在する本質的な危険である。
施設の損傷に結びつく地震が起きた場合、止める、冷やす、閉じ込めるという三つの要請がそろって初めて原発の安全性が保たれる。福島原発事故では冷やすことができず放射性物質が外部に放出された。
【大飯原発の欠陥】
地震の際の冷やす機能と閉じ込める構造に欠陥がある。一二六○ガルを超える地震では冷却システムが崩壊し、メルトダウンに結びつくことは被告も認めてい
る。わが国の地震学会は大規模な地震の発生を一度も予知できていない。頼るべき過去のデ一夕ば限られ、大飯原発に一二六〇ガルを超える地震が来ないとの科
学的な根拠に基づく想定は本来的に不可能だ。
被告は、七〇〇ガルを超えるが一二六〇ガルに至らない地震への対応策があり、大事故に至らないと主張する。しかし事態が深刻であるほど、混乱と焦燥の中
で従業員に適切、迅速な措置を取ることは求めることができない。地震は従業員が少なくなる夜も昼と同じ確率で起き、人員の数や指揮命令系統の中心の所長が
いるかいないかが大きな意昧を持つことは明白だ。
また対応策を取るには、どんな事態が起きているか把握することが前提だが、その把握は困難だ。福島原発事故でも地震がどんな損傷をもたらしたかの確定には至っていない。現場に立ち入ることができず、原因は確定できない可能性が高い。
仮にいかなる事態が起きているか把撞できたとしても、全交流電源喪失から炉心損傷開始までは五時間余りで、そこからメルトダウン開始まで二時間もないなど残された暗時間は限られている。
☆ 福島事故わが国最大の環境汚染
地震で複数の設備が同時にあるいは相前後して使えなくなったり、故障したりすることも当然考えられ、防御設備が複数あることは安全性を大きく高めるものではない。
原発に通ずる道路は限られ、施設外部からの支援も期待できない。
【冷却機能の維持】
被告は周辺の活断層の状況から、七〇〇ガルを超える地震が到来することは考えられないと主張するが、二〇〇五年以降、全国
の四つの原発で五回にわたり想定の地震動を超える地震が到来している事実を重視すべきだ。
過去に原発が基準地震動を超える地震に耐えられたとの事実があっても、今後大飯原発の施設が損傷しないことを根拠づけるものではない。基準地震動の七〇
〇ガルを下回る地震でも外部電源が断たれたり.、ポンプ破損で主給水が断たれたりする恐れがある。その場合、実際には取るのが難しい手段が功を奏さない限
り大事故になる。
地震大国日本で、基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しないというのは根拠のない楽観的見通しだ。それに満たない地震でも冷却機能喪失による重大な
事故が生じうるなら、危険性は現実的で切迫した危険と評価できる。このような施設の在り方は、原発が有する本質的な危険性についてあまりに楽観的だ。
【使用済み核燃料】
使用済み核燃料は原子炉格納容器の外の建屋内にある使用済み核燃料プールと呼ばれる水槽内に置かれている。本数は千本
を超えるが、プールから放射性物質が漏れた時、敷地外部に放出されることを防御する原子炉格納容器のような堅固な設備は存在しない。
福島原発事故で、4号機のプールに納められた使用済み核燃料が危機的状態に陥り、この危険性ゆえ避難計画が検討された。原子力委員会委員長の被害想定
で、最も重大な被害を及ぼすと憩定されたのはプールからの放射能汚染だ。使用済み核燃料は外部からの不測の事態に対し、堅固に防禦を固めて初めて万全の措
置といえる。
大飯原発では、全交流電源喪失から三日たたずしてプールの冠水状態を維持できなくなる危険的状況に陥る。国民の安全が優先されるべきであるとの見識に立たず、深刻な事故はめったに起きないだろうという見通しで対応が成り立っている。
人格権を放射性物質の危険から守るとの観点からみると、安全技術と設備は、確たる根拠のない楽観的な見通しの下に初めて成り立つ脆弱(ぜいじゃく}なものと認めざるを得ない。
☆ 電気代と命 並べて論じられぬ
【国富の喪失】
被告は原発稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いという問題を列べて論
じるような議論に加わり、議論の当否を判断すること自体、法的には許されない。原発停止で多額の貿易赤字が出るとしても、豊かな国土に国民が根を下ろして
生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失だ。
被告は、原発稼働がCO2(二酸化炭素)排出削減に資すると主張するが、福島原発事故はわが国始まって以来最大の環境汚染
であり、原発の運転継続の根拠とすることは甚だしく筋違いだ。
【結論】
原告のうち、大飯原発から二百五十`圏内の住民は、直接的に人格権が侵害される具体例な危険があると認められる。
* 上の判決を、全面支持する。
* 気まぐれな空模様だが、両国へ。気持ち晴れやかにと。
* 大相撲、正面桟敷席の三列目で、快適に取り組みが見られた。大砂嵐と遠藤は、あっけなく大砂嵐が怪力で突き出して勝った。
案じていた一敗同士の横綱白鵬と大関稀勢乃里戦は、横綱の気迫と出足が優って圧勝、大関は二度まで早立ちの仕切り直し。呆気なかったが、白鵬が一敗のほかは白星を並べて先頭に立っている。気を入れて勝ち抜いて欲しい。
声援も出来た。妻も、まあまあ左腕痛み止めを途中服用しながら、よく持ち堪え、相撲をしっかり楽しんでいた。
* 一路帰宅、なでしこジャパンの対中国戦前半だった、双方に得点無く、後半戦が緊迫した。まず、宮間のコーナーキックに神業のように澤がヘディングの
ゴールを決めてリードしたが、澤が交替でさがったあとにハンドでのペナルティキックで同点に追いつかれた。中国が押し気味のまま後半を終えて、延長戦。追
いつ追われつで延長の後半戦ももうのこり一分ほどのところでコーナーキックを得、宮間のキックにうまくあわしたなでしこが奇蹟のような勝ちを勝ちとった。
宮間、川澄、澤らのインタビューを聴いていると、必ず120分のうちに勝つ、勝てるという気持ちで闘っていたと。川澄はじつによく走っていたが、第一声は
「たのしかったです」と。感嘆。
* 五月二十一日 水
* 起
床8:30 血
圧134-68(55) 血糖値83 体重68.0kg
* 福井地裁が原発再稼働を許さない判決を出したのは、当然とはいえ画期的な判断であり、評価する。
また厚木でも、夜間飛行の放埒に大して損害賠償と禁止の判決が出たのを評価する。
東電と当時の原子力保安院とはあたかも共謀して、「吉田調書」をはじめとする安全管理上今後に最大限に活用せねばならぬ報告や資料を莫大に隠蔽していたことが判明した。
おかしいのは、政府見解としてそれらは今後も公開・公表しないと官房長官が断言していることで、そのような姿勢の元に、どうやって原発のより安全管理が可能になるのか、不安は放置され続けるということになる。
反原発活動が、強硬にこれらを追究しなければならぬ。細川・小泉連合の原発ゼロ運動も躍起になって活動を広げ深めて欲しい。
☆ 拝啓 秦 恒平先生
早くも夏の陽差しがまぶしくなって参りました。
以前より『湖の本』を頂き拝読して居りましたが、このたびはたいへん貴重なる御高著をご恵投たまわり、恐悦至極でございます。まさに先生の御生涯が集約
されているような御本で、文章の一つひとつから香りが立ちのぼり、まだ日本にこういう文化が残っていたのか、と感激いたしました。厚く御礼を申しあげま
す。
今後も人々のために一層の御健筆、御活躍を心から念じ上げます。
どうかお元気で。 敬具 東大教授 作家 西垣通
☆ 夏めいて来ました。
暑い!! とわめく日が、続くと思います。
ステキな、御本、感謝です。
今年は、コンサートに通っています。ギターとか、ぴあの六連弾とかオーケストラとか、邦楽、何でもありです。
御身体如何ですか。お大事に! 原知佐子 女優
* 大学入学いらい同窓の友であり、彼女は在学中には日活スターとして小林桂樹との共演「黒い画集」などで銀幕をかざり、わたしの太宰賞授賞式に参加して
花束を贈ってくれた。気の置けない仲間。彼女が舞台に立つときはやはり同窓の妻といっしょに観に行く。席をならべて歌舞伎を観ることも。
* 神戸松蔭女子学院大学から挨拶があった。
* 雨中、自転車で走って、散髪。すっきり。
* 整理用の抽斗から、昭和五十九年一月の京都新聞が出てきた。京真葛ヶ原「西行庵」修復の動きを紹介していた。西行庵は今度の「選集A」の芯になる長編
『風の奏で 寂光平家』で、重要な舞台の一つになっている。むろん少年の昔から馴染んでいた遺跡であり、懐かしさも手伝い記事をスキャンし校正して「備
忘・参考資料」のフォルダに保存した。電子化して該当するフォルダにデータとして保存しておけば利用しやすいが、紙のまま積んでおいては死蔵にちかい。
そういう参考資料も山のように沢山な抽斗に積み重なっているほかに、わたし自身が原稿として、備忘として、着想として書き置いてきたものが、思わず呻く
ほど、有る。アイデアとして、何かのきっかけとして、存外な「お宝」であるのかも知れず、とはいえ手のつけようがない。
* なんとなく晩になると「疲れ」を覚える。
* 手洗いに妻が挿した白・紫の苧環、可憐に小花のあかい姫檜扇の瑞々しい愛らしいみどり葉。胡銅の耳付き筒花入れに、小気味よく美しい。花がいい。花が好きだ。
覚えきれないほどいろいろ珍しい美味しいご馳走を頂き、美味いお酒もたくさん頂いた。よく食べてよく飲んだ。すこしずつ食味が戻ってきている。体重のリ
バウンドには細心の注意をしているが、たとえば一時はなくなるかと怖れた頭髪など着実に増えてきた。顔つきも少しはシャンとしてきたかも知れないが、まだ
鏡にうつる姿形は病的にひよわい感じ。
ま、少しずつ少しずつ、でよろしい。
* 明日は、俄然賜杯の行方混沌としてきた夏場所大相撲に出かける。
* 五月二十日 火
* 起
床8:00 血
圧119-63(58) 血糖値96 体重68.5kg
* こんどの「湖の本120」は、楽しんでもらえるだろう。単行本で読まれた作や文章を「湖の本」で再読して
下さる人は大勢おられても、わたしが新聞や各種の雑誌に書いていたたくさんな原稿は、講演や対談・座談会もふくめ、ごくまれにしか読者の目に入っていな
い。ところがそういう初出稿が単行本にまだ収録されなかったまま、わたし自身がおどろくほど沢山プリントのまま積んである。新聞雑誌に連載のものもある。
たぶん、今度の「随筆選(一)」は、へえっ、こんなのも有ったのと気楽に楽しんで下さるだろう。けっして書き殴ったのでも書き飛ばしたのでもなく、私な
りに工夫もし来も入れて、しかも雑談の域に低迷はしていないと思っている。ゲラで校正していて、わたし自身も楽しんでいる。
* 土日連休のために、火曜日は郵便物がほとんど無い日である。街歩きに好都合な日であるが、昨日の朝夕に二度も歯医者通いしたのが思いのほか疲れを溜め
た。機械仕事はいえでしか出来ない、その仕事が待ったなしに山積していて目を疲れさせる、が、仕事はみな相応に面白い、それが有難い。
* シンガポールへ可愛いマゴを可愛がりに出かけていた「鳶さん」 もう帰ってくるのかなあとご機嫌窺いすると、打ち返して、「驚きました! 名古屋セントレア空港9時、帰国したところです!」と。おもしろい。
欧米・東洋の、じつに広範囲をひとりで翔びまわる図抜けたインテリ鳶で。何十年、いろいろと教わってきた。
☆ 美しい五月を迎え
ご順調な日々をお過ごしのことと存じます。
少し家を離れ、旅行から戻りますと、立派なご本を賜っており、お礼を申し上げること遅れ 大変失礼いたしました。勿体なく存じております。
娘の家に残り、春の北欧と、ローマに住んでみました。
公の仕事を離れ、身心共にホッと致しまして、少し楽しみました。自分の時間が出来、好きなことを学びたいと思っております。
ご活躍を心から祈り楽しみに致しております。有り難うございました。 茨城那珂市 下司良子
* わたしに小説「四度の瀧」を書かせるキッカケを呉れたありがたい読者で、それが五十歳記念の豪華限定本に成った。歌人篠塚純子の歌集『点描の魚』を下敷きに、思い切り上古と現代と呼応のロマン仕立てが可能になった。此の作はいま「茨城県の文学」に収められている。
下司さんは、「湖の本」を創刊からかなり永い期間、シリーズが軌道に乗るまで、毎回20册ずつ買い上げて下さった。どんなに「湖の本」が助けられたか、わたしが励まされたか、いま思っても計り知れない。
* このところ、短歌がふと溢れるように口元へ寄ってくる。ま、いちいちは書き記していないが、そういう時が、間々やってくる。
* 片づけ上手とはいえないし、設え上手ともいえない、買い物上手とも言えないけれど、一つ、妻には庭の草花や木の花を美しく生けるセンスがある。今日も、手洗いに入って歓声が出た。花の名は知らない。珍しい小花を二種類、丈高くまた低く、越前の徳利に綺麗に立てていた。
狭苦しいわが家には、もう居間にも台所にも仕事場にも足の野踏み場もない、ただ、手洗いだけが難を免れていて、偽り無い気分、其処へ入りく便座に腰をお
ろすとほんとうにほうっと寛ぐ。目の真ん前の壁に、目の高さで愛らしいライオンの仔の三獣士と目が合う。その真上に、「ヘンリー(犬)とモーリー(猫)」
の邪気のない笑顔が並んでいる。さらに上には、横綱白鵬と日馬富士とが太刀を横たえて凛として立ち構えている。すばらしく全体に晴れやかに賑やか。
そして左手に、季節のいろんな花や草葉が色んな花器をえらんで美しく挿されてある。この花や草や葉ががどんなに心地を和ませ花やがせてくれることか。それはもう妻の創作世界である。
* 明後日は、夏場所を楽しむ。どうか今場所は白鵬に優勝して欲しい。日馬富士と鶴龍の二横綱はもはや圏外に去った感があるが、大関稀勢乃里が一敗で迫っ
ている。今場所は正面の三列目桟敷が取れていると竹蔵クンの知らせ。楽しみ。妻の腕の痛みが少しでも和らいでいるといいが。
* 「繪巻」読了、選集Aの原稿が揃ったが、印刷所はルビ打ち稿を求めてきている。ルビは「清経入水」分しか打てていない。「初恋」「風の奏で」「絵巻」
のルビを打ち終えるにはもう数十日かかるだろう。年内に三巻刊行を願っていたが、(装幀が決まっている以上、可能と思っていた。)年内にもう一巻しか造れ
ないだろう。初校げらにルビの入るのは現場もしんどいのだろう。私の体力も足りなくなりそう。ま、むりをしてみるか、いや、むりはむり。すべきではない。
* ラ・ロシュフコー『箴言集』の核を成している多義そのものの一語に、「自己愛」(アムール・プロプル)がある。我、我執、利己心、自負、自惚れ、と並べば、わたしなど真っ先に槍玉にあがる。加えてエゴイスム、エゴチスム、ナルシシスム。この三語はラ・ロシュフコーの頃のフランス語には存在しなかったが、やはり「自己愛」と切り離せまい。例えばルソーもサルトルも、もっともっと大勢の泊め胃の人たちが、かかるラ・ロシュフコー『箴言集』に猛然と反発し嫌悪感を露わにしてきたといわれるが、耳に痛いことも、ことさらネジコム感じに言いつのられたラ・ロシュフコーの「箴言集」なのである。だからこそ聴くべきも含まれている。その強烈なシニシズムもまた彼自身の誰よりも強烈な「自己愛」なのであり、彼はそれを十分自覚し承知の上であげつらっている。わたしはそう読みつつある。
巻頭のエビグラフと第一頁を挙げてみる。
☆ ラ・ロシュフコー 「われわれの美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳に過ぎない。」
1 われわれが美徳と思いこんでいるものは、往々にして、さまざまな行為とさまざまな欲=アンテレの寄せ集めに過ぎない。それを運命とか人間の才覚と
かがうまく按配してみせるのである。だから男が豪胆であったり、女が貞淑であったりするのは、かならずしも豪胆や貞淑のせいではないのである。
2 自己愛=アムール・プロプルこそは あらゆる阿諛追従の徒の中の最たるものである。
4 自己愛は天下一の遣り手をも凌ぐ遣り手である。
* きつい手傷を覚悟しつつ、当分ラ・ロシュフコーの創作した「箴言」たちと向き合ってみよう。
* 五月十九日 月
* 起
床7:00 血
圧151-64(57) 血糖値84 体重68.3kg
* 妻の左腕痛 緩和せず、病院へ。わたしも歯科へ。
☆ ご体調平穏にてお過ごしのことと存じます。
このたびは『秦恒平選集』の刊行開始おめでとうございます。ご家族挙げてのご協力の賜物でもありましょうか。
また、私にまで大切な『選集』の一冊をご恵与下さりありがとうございます。
うれしく、また恐縮しています。私の生きてる間、書棚の中の宝の一冊です。
美しい御本です。手に取り眺めていて、みすず書房創始者の一人小尾俊人の本に対するこだわりと情熱を思い出しました。
子息の小尾眞(東京芸大付属高校教諭)によれば「ふつうは本を手に取ると、目次をみたり中をパラパラ眺めたりするでしょうが、父は違うんですね。まず手
に取った本の中を開くことなくいろいろ回して、外見をあらゆる角度から見るんです。家にいるときでも持ってきた本をテレビの上に置いて、まず存在感を確認
し、これまた色んな角度から眺めるんです。そうして、タイトル文字の大きさや書体、図版や写真の選定や大きさについてあれこれ言い、わたしにどうだっ、て
きくんですね。」
またある関係者は言います。「小尾さんがいかに本をオブジェとして考えていたか。しかし本はたんなるグッズではない。内容がまずあり、それにふさわしい
活字・紙・造本・装丁、その他もろもろが備わって、初めて(本) になるということです。本とは内容と形式の一致である、というのが小尾さんの理想だった
のではないでしょうか。」(ともに月刊『みすず』2014.4月号))。
秦さんの選集第一巻について私もそのように眺め、触れ、収められた小説との調和を思ったことでした。別な言い方で、ご本の造りには中身と照応した (和) のセンスも工夫され、独自の風味を出しているようです。
『秘色』『三輪山』と短い方を先に読了、『みごもりの湖』はパラパラと眺めた程度でこれからの楽しみにしてあります。
秦さんは奈良、滋賀、京都の歴史、地理、慣習、言葉等々を熟知、季節ごとの川の音、湖の匂い、風の向きを見分けることもできるのでしょう。それらが知識や教養を超えた実存として作品の柱となっていることを知りました。
これらは秦さんにしか書けません。
各種の小説において、奈良〜平安の登場人物が現代に生きるかのように動き、また現代の登場人物の意識も古代人に及ぶ。この新旧二つの時代の往還ないし意識的な複合を目指すところにたぶん物語作りの核心があるのだろうと考えましたが如何でしょう。
古代への強い関心そして一体化は、秦さんの生育環境がもたらしたのかもしれません。
五月早々にご著書を頂戴しながら御礼申し上げるのが遅れてしまいました。
家内がたまたま腰を痛め、私が食事を用意することなどもあり、疲れ気味でした。ご容赦いただきたく。
天候不順もあり政治の右傾化もあつて、ハイネが書きシューマンが曲を付けた
「妙に美しい月、五月」
とはなかなか言えない昨今ですが、
どうぞお体大切にお過ごしください。 二〇一四年五月十八日 我孫子市 倉田茂 詩人・ペン会員
秦 恒平 様
* 懇篤のお言葉に打ち重ね、ご支援も賜った。お礼申し上げます。
☆ 秦 恒平様
立派な選集第一巻をお送りいただきありがとうございます。
「三輪山」は長兄の豊嗣が橋田先生の装幀で美装本を出版したことがあるので、懐しく読みなおしました。その豊嗣も鬼籍に入ってもう五年になります。
亡くなった友人たちのことを考えると 我々も結構長生きをして得難い人生を楽しんでいるものと思います。苦しいことも多いですが、秦さんはほんとうにがんばっておられますね。
先週 同窓の集まりがあり一日早く行き 奈良に二泊三日で行って来ました。早く行ったのは福盛君に会うためでした。目が悪くなり新聞も読めないと年賀状
に書いて来ましたので心配したのですが、近鉄奈良駅まで来てくれ、楽しく話し合うことができました。まだ元気で 大丈夫と感じましたが いろんなことを話
し合える友人と行く末についての覚悟の程もよくわかりました。
さて貴重な本を送っていただき 心ばかりのお礼を同封いたします。
選集の発行者に建日子さんの名前がありました。
建日子さんの著書は最近できたばかりの函南町図書館に10册ばかりあり 借りて読ませていただけておりますなに。親孝行な息子さんと 褒めてあげてほしいです。 早々 南箱根 西村明男 元日立役員 中高同窓
☆ 前略
雨の間に 樹々の葉がまぶしいこの頃です。
過日は素晴しい御著をお届け下さりまして 真にありがとうございます。
その日は 御著の選集第一巻を手にとり ただただ嬉しく ご厚情に深く感謝いたします。
思へば 初めて手にした御著が 奇しくも 『みごもりの湖』でした。
以後 様々な御著をひもとく時、 「湖の本」発刊を知り 全作読めます喜びは 今も憶えて居ります。
『清経入水』により 「平家物語」から古典の世界に入りました事は 感謝あるのみです。
何かお礼をしなければと思いつつ 何をと思うと惑うばかりですが、 本の心ばかりの品ですが、どうぞ御笑受下されば幸いです。
乱筆・乱文で失礼とは思ひましたが、何かお礼が云いたく 下手な筆で失礼を重ねます。
どうぞお元気になり 選集の続刊が続きます事をお祈りいたしております。 世田谷区 鈴木定幸 MHK
* 名古屋大学、日本近代文学館からも寄贈受領の挨拶があった。
* ラ・ロシュフコーの『箴言集』 まずは通読しようと。ほんものの箴言とは天然玉成の叡智の言葉であるが、人間の歴史の可笑しさで、そう在るはずの箴言
に似せた思索や直観の産物を競うように人造していた時代がある。ラ・ロシュフコーのそれなどそういう作りもの箴言の最右翼で。なかなか辛辣に的を射た感じ
の断案が数多い。まずは、素直に順に読んで楽しもうと思う。
「42 われわれはあくまで理性に従うほどの力は持っていない。」
* 余儀なく、夕方、もう一度歯医者に出向く。
* 歯医者で新体験した口腔内環境はウーンと唸るようなモノであった。堪えて保つしかないのであろう。帰途、食べる気にも飲む気にもなれず、保谷駅で苺とチリの木の実とを、それにささやかなクッキー二種とプチパンとを買って、タクシーで帰った。
* 横綱白鵬の、人気の新鋭遠藤を一気に押し出した果敢な相撲、スカッとした。気分爽快、さすが横綱。おなじ横綱でも鶴龍は弱くて九日目に三敗。戴けない。
* 読み進んでいる私の小説「繪巻」、待賢門院と源氏物語絵巻を話材に、だれが、こんなふうに書けるだろう。兼好に倣って、「自讃」させてもらう。
☆ ご報告
秦先生、大変ご無沙汰しております。いかがお過ごしでしょうか?
今年の年賀状でも既にお伝えしていたかと存じますが、先週の水曜日に、長男が誕生しました。
この季節に産まれたこともあり、薫と名付けました。
かなりの難産で、妻は辛かったと思いますが、今は母子ともに順調で、明日には退院できるのではと思います。
退院してからが本格的な子育てですが、何をするにもおっかなびっくりで、期待と不安の入り混じった気持ちです。
それではまたご連絡させて頂きます。 卒業生 英
* とうとう、此処まで来たんだ、おめでとう、おめでとう。久しかった胸のつかえが、こころよく新緑の薫りに溶けて行きました。みんな、みんな、お健やかに。赤ちゃん、きみによく似ている。可愛いね。
花ややに匂ひしづかに木も草も潤ふ慈雨のとき薫るなり
正法寺と尊き名ある門の前を行き過ぎがてに風薫るなり 湖
☆ ヒルテイに聴く
本物の謙遜は、自分のものでない力が与えられているという不思議な気持ちである。 これだけが無害な力の実感である。 このような謙遜はただきびしい苦難の時期を堪えて初めて人の心に生じるものである。
* 五月十八日 日
* 起
床8:00 血
圧131-73(64) 血糖値85 体重67.7kg
* 安倍晋三自民党総裁が、当時の民主党野田総理と党首討論の場で視聴者国民の前で確約したコトを思い出そう、彼は、国会議員の定数違憲状態を速やかに真っ先に是正すると確約したことで、野田総理の「解散」約束を手に入れた。
だが、それは誰の目にも適切に成されていないどころか、無責任に放置のママである。わたしが彼、安倍晋三をまっすぐ指さして容赦なく「違憲・うそつき」
総理と呼び、彼の内閣も彼の党も全く同じに「違憲・うそつき」内閣・自民党と呼んでいる。悪罵ではない、事実を指さしている。
安倍「違憲・うそつき」総理は、オリンピック誘致の為だけに、福島原発爆発事故への安全確保の対応は万全で安心して下さってよろしいと世界へ向けて確
認・確約してきたが、この「大嘘」を信じている日本の東北民また国民は、安倍への阿諛追従と利権がらみの欲の深い悪徳連中以外に、独りもいない。世界も、
不安を感じている。「大嘘つき」総理のこの嘘はいかにも破廉恥である。
わたしは、彼が政権を手にした即日、「迫る、国民の最大不幸!」と予言し憂慮し慨嘆した。予言は、いま百パーセント的中しつつある。嗚呼。
* 信太周先生のご紹介を戴いて、今日平家物語研究の第一線にある研究者に、『風の奏で』上下巻を謹呈し批評を仰ぐ事にした。明日にも発送できる。在庫の
湖の本を、惜しまず、然るべき研究者・研究機関に贈ることにしている。読者に向けた「湖の本」活動は峠を越した。在庫を最も効果的に諸方に送り出したい。
研究者、また学生で卒論や院の卒論に利用したい人たちには、可能な限り在庫を提供したい。
読者には、まだお持ちでない単行本を、ご希望に副って適宜にお頒けしたい。残部少なく要望に応えきれないものもあるが、百種にあまる単行本の手持ちに余裕有る本もかなり取りそろえている。お申し越しくださらばご相談に応じたい。
* 南山城の従弟が送ってくれた京都博物館での「南山城古寺巡礼展」の大きな図録を楽しんでいる。わたしの父方実家吉岡家は、現在木津川市加茂町当尾に屋
敷があり、一帯の大庄屋を務め、廃仏希釈の頃には浄瑠璃寺の九体阿弥陀堂を身を以て守ったと洩れ聞かされている。当尾地区には、平安時代の浄瑠璃寺、奈良
時代の岩船寺、さらに上古來の石仏群が現存し、加茂町にまでひろげれば海住山寺等々の古刹。古京が含まれている。図録は、貴重な建築、仏像、美術、文書資
料等々を克明にみせて呉れる。
若ければ、乗り出して書き表してみたい「物語」がいくつも浮かび上がる。何をするにも、もう残り時間が切迫している。
* 夜、輸液の前からクリント・イーストウッド監督の快作「ガントレット」、もう四五回めを楽しんだ。ソンドラ・ロックがよく、イーストウッドがまた佳いのだ。ペアの主役に清潔感があり、カタルシスに富む。佳い監督だ。
* 五月十七日 土
* 起
床8:30 血
圧113-63(55) 血糖値90 体重67.9kg
* XPのままでか、機械の調子が悪い。このまま行くと起動も満足に出来なくなりそう。連携している新しいホアの機械で作業すべきだが、不慣れ機
械に慣れてゆく根気が薄れているのが危ない。いまこうして書いている分平静に機械も作動しているが、じつはこれへ来るまでかなり長時間機械にダダをこねら
れていた。
機械環境の再構築が喫緊の大事となってきた。
* 政治経済。いまの日本を最大不幸へひきずりこんでいる二大元凶が、これ。安倍「違憲・ウソつき」総理の虚栄心ひとつに追随する代議士・官僚・経営・知識人らの目先・手前の利を負う欲心ゆえに、日本は貪り食われ膿み潰れようとしている。
火野正平という俳優が自転車で日本縦断しつつ大勢の人たちの心の故郷を訪ね続けている。そこにまぎれない日本の故郷がある。これが日本だ、東京の日本橋
や銀座・新宿・渋谷が日本の故郷ではないのだと、したたかに思い知らせてくれる。そういう日本を不幸へおいこむ政治経済日本を安倍と追随者とは文字どおり
「我れ私」しようとしている。情けなくて、目も振り向けたくないが、それではならぬと堪え堪え日々のおぞましい政経報道に嫌悪の身震いをつづけている。
☆ 秦 恒平様
お元気でいらっしゃいますか。
大分以前に、編集室宛に、ペン会長浅田次郎氏宛の御文章、「それがあなたの常識か?」をいただきました。
大変きびしくまっとうな御批判、全面的に共感いたすところでありました。
よろしければ、ぜひこの御文章を、次号(六月刊)『ひとりから』に掲載させていただきたく存じております。
さらに欲を出しまして、「湖の本」119、「死後の刻」195頁4行目以下、196頁 末行に至るまでを、併せ御紹介させていただきたいと願っております。
実を申せば、今回の御本『湖の本119 堪え・起ち・生きる』は、全巻貴重な御文章に溢れており、いたく感銘を受けました。
小誌の読者にも、ぜひこの巻を手にするよう、おすすめしたいと願い、そのための御紹介に資したいと願ってのことでございます。
なにとぞお許しをいただけますよう、心からお願い申し上げます。大病たくさんなされたにもかかわらず、秦さんのものすごいお仕事ぶりには、全く頭が下がります。 編集室ふたりから 原田奈翁雄
* 恐れ入ります。お申し越しの拙文、宜しいようにお使い下さいませ。日々お大切に。 秦 恒平
☆ 有り難うございます。
呼鈴が鳴って
「宛先名前に間違いないですか?入らなかったので」と言われました
もう一時間近く経ちます
仏様の前で包みを開き あとはため息ばかり
うっとりと 眺めて あぁ と 思わず声が出て
ありがとうございます
ただ ただ 感謝です
どうぞ迪子さんもお大事に
* アドレスブックに該当のメールアドレスが無くなっていて、見当はすぐついたが、クリスチャンの筈だがと、返信メールで問い合わせた。返事が直ぐあり、見当はむろん逸れていなかった。
その前に、妻の方へもメールが来ていて転送してくれていた。
☆ ごめんなさい。
(下関の)大庭緑です
以前も、この携帯から発信したことがありましたので、ついそのままになりました
改めて、ありがとうございました
☆ 感謝 (=妻に宛てて)
選集をお送り下さいまして、ありがとうございます。
思いがけないことで、本当にもったいないことと、感謝です。
受け取って、「どうしよう、どうしよう」と言いながら仏間に駆け込みました。クリスチャンですのに。
あとはもう、ためいきばかり。
『みごもりの湖』は、夏に仏間で読む、のが習いになっています。
今年はこの立派な本を、いつもより一層うっとりしながら読むのです。
お身体の痛み、少しは軽快されたでしょうか。どうぞ、お大事に養生なさってください。
どんな言葉も追いつかないと思いながら、この感謝の気持ちをおふたりにお伝えしたくて。
ありがとうございました。 下関市 大庭緑
*
湖の本全巻購読はもとより、もっともっと以前から有難い読者のお一人で、われわれが不幸な悲しみにひしがれていたときにも、遙々と、たびたびよく励まし
て下さった。筑摩書房の日比幸一さんが、秦さんにはこういう読者もいらっしゃいますよと、社からの出張先から帰って、知らせて下さったのをよく覚えてい
る。「いい読者」こそは「身内」という気持ち、変わらない。
* 怠らず黒いマゴの輸液は続けている。
* 録画してあった「ショーガール」というのを観ていた。烈しく露わな劇画面が続いた。こういうのを凄いといえばよい。こういう世界もある、それが世界。思いの外にカタルシスもあった。
* 湖の本の校正、選集Aの原稿読みは『繪巻』 そして、小説。日録。目づかいは荒い。十時半。もう休まないと。
* 五月十六日 金
* 起
床7:30 血
圧134-59(59) 血糖値98 体重68.9kg
* 妻、左腕・肩の痛みと内出血との治療を厚生病院で。投薬もあり、大事無しと。
☆ 秦恒平先生
初夏の気配さわやかな日々となりました。いかがお過ごしでしょうか。
私は都心でも立川でも、まぶしいばかりの新緑に慰められて日を送っております。
このたびは布装貼箱入りの豪華な『秦恒平選集』の御恵投に浴し、ありがとうございました。常々、「湖の本」を頂戴しておりますことすら、身に余る光栄と
感謝しておりますのに、このような非売品で限定わずか百五十部という貴重な御本、そのような貴重書を私ごときが頂戴していいものか、と驚きかつ恐縮してお
ります。 .
拝読したのはもう三十年以上も前のことでしょうか、『みごもりの湖』、『秘色』、なつかしいタイトルが眼に飛び込んできました。ご高配に心より御礼申し上げます。
依然としてご療養中とのこと、くれぐれもご自愛なさるよう、『選集』の完結をお祈り申し上げます。 敬具
五月十五日 国文学研究資料館館長 今西祐一郎
☆ 十日ほど前から
境内に鴬が来ています。東側と西側の両方でほぼ終日競い合って(鳴いて=)います。例年盆過ぎまで続きます。
今般も亦ご高著を恵投被下、ありがたく頂戴いたしました。私ごとき弱卆は、未使用の原稿紙を積み重ね、ためいきをつくばかりです、敬服、尊敬のほかありません。
先月七十八歳になりました。残り時間を思ってはまた、ため息という生活です。
境内産のタケノコ 総代に掘ってもらいました。
失敬おゆるしくださいませ。 合掌 上越光明寺 黄色瑞華拝
☆ 秦 恒平先生 拝復
このたびは選集第一巻をご恵与下さいまして誠にありがとうございました。
このように美しいご本で先生の作品を拝読することができ、本当に幸せでした。
拝読してからお礼状をと思いまして、大変遅くなりましたこと何卒お許し下さい。それに致しましても このように貴重なご本を頂戴してもよろしいのかと恐縮しております。重ねて厚くお礼申し上げます。
以前頂戴したメールに最後の選集とありましたが、今後ともご健筆の程 お祈り申し上げております。
またお目にかかれます折を楽しみにしております。 お茶の水女子大学 谷口幸代
* 東工大の頃、お茶の水の院生として副手のように大岡山まで手伝いに来て戴いていた。名古屋市大の先生をされ、昨年だったか母校へ栄転帰還された。優れた研究論文の抜き刷りを欠かさず送ってきて下さる。わたしの作を検討された論攷にも教えられた。
☆ 拝啓
新緑の美しい季節となりました。お変りなくお暮しのことと存じます。
このたびは思いがけなくも先生の選集の第一巻を御恵投下さいまして 寔に有難く深謝申し上げます。
先生の初期の作品を立派な造本で集中的に拝読できる機会を与えて下さったことを改めて感謝申し上げる次第です。
暑い夏を迎えようとしています。くれぐれも御身体をお大切になさって下さい。
とりあえず御礼まで。 敬具 元岩波書店「世界」編集 高本邦彦
* 岩波の「世界」に招いて長編『最上徳内 北の時代』連載の道をつけて頂いた。優れた編集者との出会いこそが作を生む。書き手はそれを忘れてはならない。
☆ 秦 恒平様
新緑の美しい季節になりました。
その後 おかげん いかがでいらっしゃいますか
先日は御本を頂戴致しましてありがとうございました。 豪華で もったいないような気がしますが 大切に拝見致します
初めて先生の御本を手にしました頃からの年月を長くも、また短かくも感じています
私はとりあえず無事で、学校時代の友人達と奈良や京都を歩いています。 昔のように。ではあるのですが 故障のある人が少なくなくて。 ゆっくり、 がんばらない を 心がけています。
お忙しくていらっしゃると思いますが、無理をなさいませんように、 お大切にお過ごし下さい。 尼崎市 井上温子
* わたしのあらゆる創作・著述をすべて事ともせず読み味わってくださる久しく久しい有難い読者。奈良や京都の文字どおりお似合いの人と思う。東工大に教授就任の時、何十ほんという紅薔薇の花束を贈ってきてもらったのを覚えている。
* 「秦 恒平選集」第一巻、請求にしたがい本日凸版印刷に払い込んだ。
* 歯科の診察の帰り、妻、左腕。肩に激痛をうったえる。辛うじて帰宅。
☆ お元気ですか、みづうみ。
昨今の情勢を鑑みますと、とんでもない不幸へのカウントダウンが始まっています。思い残すことのない日々を過ごすことを考えなければなりません。
通販生活という雑誌の中で、なかにし礼さんが野坂昭如さんあての書簡にこう書いていました。
今の日本は四十四年前『沖縄ノート』の
中で、大江健三郎さんが、「この国家で、民主主義的なものの根本的な逆転が、思いがけない方向からやすやすと達成される可能性は大きいだろう」と予言した
とおりのことがまさに進行しております。私はただ悲しく泣きださんばかりに毎日過ごしております。
絶望しているのは、わたくしだけではないのです。たくさんのひとがどうにもならない事態を嘆いています。
みづうみ、あまり急がないでお仕事なさってください。
ご無理はなさいませんように。 忍 大岩にはえて一本忍かな 村上鬼城
* 甘くても苦くても、おもわず顔のほころぶメールがいい。
* 選集@ への支払いを請求書通りに完了し、送本の作業も一段落。引き続いて、第二巻の入稿を進める。
* 妻の左腕内出血と腫れを伴う烈しい痛みは、まだ和らがず、配剤された痛み止めや安定剤でおさえている。熟睡がなによりと思われる。痛み疲れであろう、寝入っている。それでよい。幸い腹痛とか心痛とは筋がちがっており、医師も時間で和らぐと観ているようだ。
* 歯科では、わたしの処置にまた何やら加わるらしく、週明けの月曜朝に通院し、その夕刻にもまた通院することになった。ウヘッ。
* ラ・ロシュフコーの『箴言集』と、ブルフィンチの『中世騎士物語』を買ってきた。またまた新しい視野がひらけるだろう。
* 五月十五日 木
* 起
床8:00 血
圧130-64(69) 血糖値89 体重690kg
* 明け方、妻が、病院で受けた造影剤や輸液を入れる針のあとが堅く腫れて左腕から肩へ背へ、痛がった。まったくゝ左肩、腕への痛みをわたしも永く味わっ
ている。寝ているときが辛い。昼間は手先が痺れたり肩こりの程度で我慢できている。原因も、わたしの場合ほぼ分かっている。寝たまま一方へ向いて多量の読
書をするからである。妻の場合は、緊縛による大きな皮下出血などを構うところから来ていると思う。根本は寝姿勢、姿勢の問題であろうかと。
☆ 拝啓
青葉が風を染める季節になってまいりました。
この度は、『秦 恒平選集』を賜りまして、まことにありがとうございました。
風格にみちた、まことに美しい造本の、特装限定本を私にまで賜りましてたいへん恐縮しております。
『みごもりの湖』を再拝読しているところでございます。
現世と常世を往還する作品世界のスケールの大きさに感銘を新たにし、深い識見に裏打ちされての、描く対象と交感した御文章の、力づよさ清冽さに息をのみます。
槇子の視点で描かれる世界と、幸田康之の「此の世」の章とが、別々に進むかに見えて、つよく溶け合う構成の、絶妙にも、主題がいっそう鮮明に共鳴して、神秘の境を味わわせていただきました。
健勝にてのご栄硯を心より念じ上げます。 敬具 平林たい子賞作家 梅原稜子
* 「婦人公論」に『みごもりの湖』にも趣意を汲んだ「長女論」や「化身論」を書かせてくれた編集者としての昔から、力在る作家になられて以降も、文学上
のおつきあいの最も久しい親しいお一人。親友と一緒に温泉につかってのみながらわたしの『蝶の皿』を語り合いましたよと聞いたこともある。こういう過褒と
は知れていても作の無いように踏み込んで感想を下さる嬉しさを満喫させて頂いた。
☆ 立派な私家版の
選集を頂きまして、びっくりしました。
良い装幀ですので、昔の(新潮)社の出版部の、装幀にはうるさかったのを思い出し、今時、こんな良い造本とは……と驚きです。
かべてご自身のご意志のままをお通しになるのにも「敬服」の他のことばもございません。
どうぞ、お大切に、御意志を貫かれますよう、お祈り申し上げます。
御礼のみ申し上げます、 かしこ 元「新潮」編集者 文藝批評家 小島喜久江
* 小島さんは、はやくに亡くなられた酒井健次郎編集長とともに、文藝出版の図抜けたプロとして最初に私の創作原稿を読んで種々指導してくださったいわば
師匠にあたるお人で、「蝶の皿」「畜生塚」「青井戸」などを気持ちよく受け容れて頂いた有難い編集者だった。「意志を貫け」と。ありがとう存じます。
* 梅原猛さんからも、「選集」受領のご挨拶があった。作物を完璧に保管してくれる天理大学からも鄭重に。
☆ 拝啓
御無さたに打過ぎ失礼しておりますが、お変りなく御元気に御活躍の段 大慶に存じます。
この度は大変立派な御著作の御本をわざわざ御恵送賜わり恐縮に存じます 有難く拝受させて頂きました。
(藝術界一行としての)中国旅行のおかげで この様な御縁を頂いておりますことに感謝の念を抱いております。
御本はこれからゆっくりと拝読させて頂きますが 取り敢ず略儀ながら御礼申し上げる次第です。まだまだ気候の変化が不規則なこの頃ですが、呉々も御自愛の程祈り上げて居ります 敬具 藝術院会員・日本画家 松尾敏男
* 笠間書院編集長橋本孝さんから、激励をかねてミツバチの「巣」を頂戴した。びっくり! こんな珍しい頂き物は初めてで、何一つあまさず食べるようにと。感謝。
* 新宿紀伊国屋ホールで俳優座公演「七人の墓友」を観てきた。いい入りで笑いもたくさん取っていた。老若男女の七人が死後の共同墓をある寺地のうちに手
に入れ、生き残ったものらが墓参を欠かさず、いずれは底の墓へ入って、みんなで仲よくあの世の暮らしを楽しみましょうと。その主筋にある一家の両親夫婦を
芯にしたいろんな紛糾が絡まる。
なににしても『死なれて死なせて』の著者には、死生を問うには「軽薄な遊び半分の思いつき芝居」と見えて、感心は出来なかった。
歌人大塚陽子に、
眺めよき場所に席とり待つと言ひき遊びのごとく死をば語りき
という一首がある。
この歌は、けっして「遊びのごとく死をば語」っていた日を、懐かしんで肯定しているのではない。痛哭の思い出なのだ、「死なれる」厳しさに「死なせる」悔いすら加わっている。
「墓友はかとも」などといった当世風の軽口で済ませるには、よく生きることも、死に・死なれ・死なせることも、底知れぬ重みとともに生者をも死者をも烈しく深く襲う。
いやいや死生の問題は徹頭徹尾「生者」こそが負うた課題なのであり、「死者」に死後など在るわけがない。死後は、死なれ死なせた生者の思いに巣くう幻想である。そうと分かっていて、それでもそうは思い切れない、のも「生者」なのである。
そんな生者懸命の畏れや悲しみや重い負担のまえでは、「墓友」発想はいかにも安直。軽薄。テレビのコマーシャルのように軽々しく薄っぺらい。そのため
か、京のお芝居、真率な演劇というよりも、舞台そのものが、そのまま軽いホームドラマのテレビ画面そっくりに見えて仕方なかった。
俳優座の新劇も、こんなところでうろうろしているのかと、ビックリしてしまった。
* せっかく新宿へ出てきたのだから、と、上京した新婚の昔懐かしさの残る伊勢丹に入って、七階の「南国酒家」で、幸いに佳いメニュの中華料理をこの頃と
しては上出来の美味しさで食べてきた。甕出しの紹興酒も美味かった。芝居のアトに妻と食事して観てきた芝居を話し合うのはもう久しい久しい習い。
* 六月の歌舞伎座の夜の部の座席券が高麗屋から届いた。昼の部は我當くんのところから、一両日にも届くだろう。力強い顔ぶれ、出し物で、楽しみ。
* 明日は、また歯医者通い。欠けている歯が、一箇所入るかも。
* 五月十四日 水
* 起
床7:00 血
圧139-68(52) 血糖値91 体重675kg
* 眼科診療の流れを読んで、検査を診療予約より二時間はやく受けた。散瞳されるとそれだけで五十分ほども待たされる。幸い「湖の本120」の校正を持ち出していて、どんなに待たされてもそっちに打ち込める。
検査技師は視力が戻っていると云い、処方通りに眼鏡も出来ていると云う、が、現実その眼鏡をかけてもちっともクリアでない。見えないときは眼を近づけて
見てください、疲れるとみえないだろうと思いますなどと、眼鏡屋とおなじ事を検査技師も医師も言う。フルメトロンという点眼薬が出ているが、検査技師も、
保谷の地元眼科医もやめた方がよいと。しかし主治医はたっぷり処方してくれる。なんともはや難しいことである。三時からの診察予約だったが、三時には支払
いも済み解放されてきた。
明日も出かけることゆえ、池袋まで帰り、西武地下の「寿司政」で暫くぶりにたっぷり食べて帰った。処方薬局に立ち寄ったので、その脚で歩いて帰ったのが疲れた。
筍と若布、それに筍飯もすこしだけ、美味しく食べた。
☆ 拝啓
ようやく過ごしやすい季節となりました。日々お健やかにと願っております。
このたび貴重な御本の御恵投にあずかり望外の幸せを味わっているところ思い出しです。
奥書によればまさに仕上ったばかり、しかもよりすぐりの作品が集められた豪華さを収めた見事な書物です。書斎の珠玉としてうれしく拝受いたします。
まずは御礼をとしたためました。
秦 恒平様 ゆりはじめ 作家・批評家
☆ このたびは
選集刊行遊ばし 私まで頂戴し、恐縮しております。老齢の力もなき私、 いつもお心を寄せていただき 申し訳なく存じます。
ご病気もおさまり めでたづくめの春 お祝い申します。
私共 継ぎ紙の方たちも御病気の方多く、でも作品に熱心な方ばかりです。
これからもますもますよいお仕事を遊ばしますよう お祈りいたします。
奥様によろしく とりあえず御礼のみ かしこ 近藤富枝 作家・継ぎ紙作家 また美しい装幀で
☆ 拝啓
このたびは ご高著『秦 恒平選集』ほご恵贈くださり心より御礼申し上げます 当館の資料として大切に保管してまいります
また 美しい装幀で
秦先生の作品を拝読できますこと まことにありがたく存じておれます
当館で開催中の「村岡花子展」展示図録を同封いたします ご高覧いただけましたら幸いに存じます。
今後とも当館の活動にご支援 ご協力を賜りますようお願い申し上げます
新緑の潤しい季節を迎えましたが ご自愛のうえお過ごしくださいますよう お祈り致し申し上げます。 かしく
山梨県立文学館 中野和子
* 立命館大学図書館から「選集@」受領の挨拶があった。やす香の妹、ただひとりの孫娘となった「押村みゆ希」が、立命館大学のたぶん文学部に遊学しているやに風の便りにもれ聞いているのだが、どんな一人暮らしを京都でして居るのであろう。
* 木津川の父方従弟から、京都国立博物館で開いた、海住山寺など『南山城古寺巡礼』展の大きな図録などを送ってきてくれた。今度の選集の長編『みごもり
の湖』のいわば主要舞台の一環を成している。物語は、まさしく京都博物館の展示に、あり恵美押勝を湖西勝野の渚に斬った石村石楯ゆかりの供養経を語り手が
見付けたところから始まっているのだ。従弟は、気づいているのだろうか。
☆ 秦 恒平様
先日 京都国立博物館に、わが家の檀那寺である海住山寺からも出展してい
る「南山城古寺巡礼」と銘打った特別展に行ってまいりました。 時々の戦乱をこの地の彼方此方で離れ避けた仏像等が 一名刹であるかのように京博の展示
室に置かれていますのは不思議な体験でした。 もうすでにお手元にあるかもとは思いましたが 図録をお送りします。
併せて テレビの録画DVDも二枚。
一つは関西ローカルでのみ放送された番組での 街かどめぐりのコーナーで木津川市加茂町が紹介され、えちの店が数分登場したものです。 度々購い頂いて
いるコーヒー豆 こんな様子で商っております。店舗は二階なのですが、少し一階の扉の所も映っております。(恒平の訪れた=)32年前と殆ど変わっていな
いかと。 まず二階に移した 守伯父(=恒平らは叔父。父の異母弟)の描いた吉祥天の油絵も一瞬映っています。
もう一枚は、 今、話題の富岡製糸場と加茂をつなく 横浜三渓園についてのものです。 岩田孝一拝
* ぜひ恭仁京 海住山寺などをめぐって、藤原仲麻呂、橘諸兄、聖武天皇、光明皇后、孝謙・称徳天皇、恵美東子、沙々貴山君仲子、石村石盾らの凄絶な古代
的闘争、それに加えて現代の近江・京都を舞台にした繪屋菊子・槇子姉妹と幸田康之・迪子夫妻との死生と人間を懸命に問う物語を、読んで欲しい。
☆ 秦 恒平様
この度は 大変貴重な「選集」をお贈りいただき、ありがとうございました。
『みごもりの湖』は 私共華族にとって文学の原点ともいえるものです。
これを機に今一度 じっくり拝読させていただきます。
気持ちばかりの品ですが お送り致します。しょくせいかつのお供に加えていただけますでしょうか?
このところ気候も目まぐるしく変化しているようです。
奥様とお二人 どうぞ どうぞご自愛下さいますように。 新潟 藤田千鶴 奈良 藤田理史
* ご両親は、はやくはやくから一貫して私の文学に声援を送り続けてくださり、ご夫妻ばかりか、じつに小学生、中学生いらい理史クンはわたしのもっとも年
少かつ適確な「いい読者」としてたくさんの手紙を送って来つづけてくれ、九大へ入り、卒業して就職し、奈良県で久しい恋人との結婚生活に入った。希有かつ
大事な貴重な読者であり友である。故郷へ帰ったら、ご両親のお手元でわたしの心こめた新刊を手にして祝ってください。
お母さんから頂戴した有名な加島屋のご馳走で、もう早速岐阜の「三千歳」一升瓶を傾けています。
* 松嶋屋我當くんから、歌舞伎座七月大歌舞伎の誘いがきた。これが、佳い。海老蔵を応援の主役に、猿之助をのぞく澤潟屋筋を、我當・玉三郎、また左団次や吉弥が支えての一座。澤潟屋では右近と中車が芯になる。
昼の部に、右近・笑三郎の「正札附根源草摺」に加え、海老蔵を立てて、玉三郎、左団次、吉弥らの通し狂言「夏祭浪花鑑」で季節をもりあげる。渾身努力の中車がどんな義平次歌舞伎を見せてくれるか、みものだ。
夜は、猿翁十種の「悪太郎」についで中車の夜叉王「修禅寺物語」。大切りは期待のバッチリ最高の玉三郎と我當、そして若い図書之助に海老蔵の名作「天守物語」とある。楽しみ、尽きぬ。
* 高麗屋からはもう十月の国立劇場通し狂言「双蝶々」を予告してくれている。
* さて、明日は、席によっては舞台が見えない、紀伊国屋ホールでの俳優座公演。いい舞台が観たい。
* 新潟の塩辛と数の子のわさび漬け、まことに美味く。ジンロ酒をしみじみ楽しんだ。なでしこジャパン、苦戦。もう寝ようかな。
* 五月十三日 火
* 起
床7:00 血
圧126-71(60) 血糖値88 体重67.0kg
* 地元病院の主治医から三度にわたる妻の冠動脈手術後の経過が良好であったこと、診察はつづけるが、手術的治療に関してはともあれ「卒業」とみましょう、薬もひとつ減らしましょうと、わたしも呼ばれて説明を受けてきた。四度目の一泊入院を無事退院してきた。有難し。
* 東大大学院文学部から、「選集@」受領の挨拶があった。毎週火曜日は郵便物がほとんど無い。
凸版からは「湖の本120」の組上初校ゲラが届いた。
* 市内の堀上謙さんの在宅を確かめてから「選集@」を届けに自転車で走った。壱岐対馬のいい焼酎がある、いらっしゃいと言われたが飲むと危ない、ではお
茶をと訪ねていったが、やはりお茶では済まず、わたしの方から奥さんにその「壱岐対馬」の「ジンク」とか「ジンタ」とかいう焼酎をねだって、二、三杯いた
だきながら歓談、無事に帰ってきた。おみやげに韓国製のジンロ酒などもらってきた。ま、わたしがそんな風に訪ねて行けるのは堀上家だけ。
* 帰ったら竹西寛子さんから上等な胡麻豆腐をたくさん戴いていた。恐れ入ります。
* 昨日から食事らしい食事が出来てなかったが、今夕は、上越市の光明寺さんから戴いた、妻曰く「すてきに柔らかい」筍飯が食べられるようだ、炊けている佳い匂いが狭苦しい家中にしている。狭いながらも我が家である。「辺幅をかざらず」が佳い。
* 黒いマゴと二人の留守番は、やはり不慣れ疲れを溜めていたようだ。よろしくない。
明日の聖路加眼科、甲斐あることを望む。降られたくないが。
☆ 秦先生 ありがとうございました。
「選集」第1巻落掌。
私のような者にはもったいない立派な本で、 すぐに御礼のメールを送信するのも臆したほどです。
こんな時代だけにISBNがついていない、 内容、装丁ともに豪華な本は希少で貴重で、何とも感謝の申し上げようもありません。
パソコン通信の時代から、ネットでの活動を続けてこられた先生のご著書だから尚更です。
ずいぶんメールもご無沙汰してしまって申し訳ございません。
「湖の本」を拝受するたびに、せめてメールでもと思いながら、文章を拝読して、いざ感想などを書こうとすると、先生の前には何を申し上げても空虚な生意気でしかないような気がし、延び延びになって今に至るというお恥ずかしい次第です。
最後にメールをさし上げたのはまだ、民主党政権の時代だったかもしれません。
結局、福島第一も、 誰もこれといった責任が問われないまま、時間が過ぎています。
つくづく、この国の「エリート」というのが、誰がトップに立っても同じロールプレーで椅子取りゲームをしてきた現状を、浮き彫りにしている確信すら覚えました。
元NHKの経済学者・池田信夫氏が、
<日本軍は「将校がバカ」というより「調整型のバカしか将校になれない」組織に問題があったのだ>
とおっしゃったような国の構造は戦後も同じだったわけで、実は日本は明治から今まで、ほとんど何も変わっていないのではとも思ってしまいます。
戦後の「反省」ですら、その場しのぎだったことは今になって露呈してきたような気もします。
どのように反省すれば、周囲から正解だと判断されるのか、ばかり気にしてきたり、自己満足の懺悔ばかりをくりかえしたりして、自分も含めて本当の反省とは何かがわかっていなかった…。 わかろうとする「空気」が希薄だったような気もしています。
もう僕も51歳です。
そんな言葉が非エリートの負け惜しみにならないよう、残りの人生を使っていきたいと考えています。
そういえば、大学での在籍期間は重なっていませんが、ゼミとサークルの先輩で、メールなどでやりとりをさせていただいていた山本兼一さんが亡くなったのは、堪えました。「早い」という言葉のあとに繋げる言葉がいまだに見つかりません。
人生が儚いものだ、というのは、いろんなことに例えられますが、私のように馬齢だけを重ねると、「儚い」という言葉に申し訳のないような気分になります。
とはいえ、まだ何事もできていない自分には、時間が足りないという焦りだけは募ります。
このまま空回りで終わるかもしれない、と時折、呆然として客観的に自分自身をみてみると、またそれも一興かとも、慰めにもならぬ気分にもなります。
先生はあす、聖路加なのですね。お気をつけて。
久しぶりですのに、一気にとりとめのないことを、書いてしまいました。ご容赦いただければ幸いです。
では、またメールかお手紙を差し上げます… というのも不遜な感じですね。
こんな場合は何と言えばいいのか、考えてみます。
岡崎秀俊 産経新聞大阪本社総合企画室 (「産経関西」編集長)
* こんな時節なればこそ ご健闘くださるように。そしてまたお声聴かせてください。
* 五月十二日 月
* 起
床6:30 血
圧133-63(60) 血糖値92 体重67.7kg
* 東北の湖沼セシウム値はまったく減っていないし、生魚の値は増えているという。蓄積され増えて行きこそすれ、手放しでいて減るわけがない、手を掛けて
もめったには減らないと、原発爆発の当時から言い続けてきた。当局筋のあいまいに問題視しない、減っているに違いない式の態度と物言いの罪深さはかり知れ
ず、現に民間専門家の測定は、当局の憶測値の倍になってさえいる。乗客を見殺しに、我先に船員服を脱ぎ替えてまで沈没船から脱出したあの韓国船の例と、ど
こが違うというのか。
* 本発送の荷造りは容易でない、わたしでは出来そうにない。まだもう少し送り出したいが、今日は妻の循環系検査入院。大事なきを願っている。
☆ 秦 恒平様
『秦 恒平選集』の創刊をお慶び申しあげます。
選集の第一巻をご恵贈賜りながら、お礼状が遅くなりまして、何卒おゆるし下さい。私、ここ三週間ほど福岡ですごしておりまして、一昨日こちらへ戻って ご高著を拝受しました。
この選集のことは、「湖の本」第百十八巻の巻末に予告で知らされ、わが身の(私は昭和九年生れ)気力、意欲の低下にひきかえ 秦さんの強靱な作家魂に圧
倒される思いでした。 いつも「湖の本」を拝読しながらお礼状を怠っております私に、こうして貴重な特装限定本を贈っていただきまして感謝もひとしおで
す。
そのうえ、わざわざお優しいお手紙を、「湖の本」につづいてこのたびも添えていただきまして、ご厚情ほんとうに嬉しく見にしみています。拙著・野上弥生子は、あれぽっちの評伝に五年以上も手間取ってしまい、自分でもあきれています。
第一巻に収めてある三作のうち「三輪山」は、「太陽」で印象深く拝読しましたが、あとの長編二作は未読です。叮嚀に読みたいと思います。生来の遅筆に加
えて遅読になってきているので、とり急ぎお礼状を先にしたためます。お礼が遅くなりましたことを、くり返しおわび申しあげます。
ご安泰を、心よりお祈りしております。 岩橋邦枝 作家
* 岩橋さんの評伝「野上弥生子」は思わず羨望の思いがしたほど優れていた、簡明でかつ感銘に富み、批評も的確で感心した。受賞されたのは当然である。いい仕事に出会うのは嬉しいものである。
☆ 拝啓
過しやすい季になりました。ご闘病のこと案じておりますが、脱原発・非正規雇用等々の厳しい告発の意気に感服、正論がどうして正論として通らないのか不思議でなりません。
この度は思いもよらず、私家豪華版ご選集お送りいただきありがとうございます。「死なれて・死なせて」が迫って しみじみ人間の業について考えこんでしまいました。大変光栄なことと身にしみてありがたく、ただよき読者でありえないこと恐縮です。
父母の郷里は秋田で母方の祖父は小杉天外の友人でした。天外さんがご帰省の折はしばらくご滞在、秋田の物お送りすると(物資不足の時代でもありましたが)喜んでくださったとの話思い出し、うどん少々お届けしました。お口にあえば幸いです。
味読重ねたうえでお礼言上すべきところ 「風の奏で」につきお問い合わせのこともあり、同封。 枕頭の書として参考源平盛衰記あげていらしたこと思い出
し、盛衰記の緻密な考証を試みられている早川さん以下国文畑の方々(早川さんは抜刷お申し込みいただければ送ってもらえます。)及び 参考本未収録の延慶
本のこれまた緻密な考証ご担当の佐伯さん以下の名簿(担当の方多く赤丸印の方が編集責任、他にも多くの名前が載っています。) とりあえず、註釈に絞った
名簿です。
ご健筆、ご発言に接したのもしいかぎり、どうかお揃いでお大事に。
着到、ご返書ご放念ください。 信太 周 神戸大名誉教授
☆ 前略
このたびは「秦 恒平選集 第一巻」をお送りいただきました。このように美しい本を それも百五十部刊行の本の一部をいただいて、心より名誉なことと感激しております。
どうぞ、お健やかにおすごしください。 関川夏央 作家
☆ ご清祥の御事とお慶び申し上げます。
この度は恩高著『秦 恒平選集』第一巻をご恵贈賜り、心より御礼申し上げます。
愉しみに拝読させていただきます。
益々のご自愛、御健筆をお祈り申し上げます。 瀬戸内寂聴 作家
☆ 貴重な御高著を
お送りいただき、有難うございます。恐縮しております。「秘色」を読むと、大津界隈に旅に出たくなります。
秦さんの古典の強要の深さには頭が下がります。
ここ何年か、谷崎についての仕事をしているのですが、秦さんの谷崎論をよく拝読しております。 川本三郎 作家・批評家
☆ 緑の美しい季節になりました。
この度は 素晴らしい「特装限定本」を御恵贈下さいまして、誠にありがとうございます。
大切に拝読させて頂きます。
篠田も くれぐれもよろしくと御礼を申しております。
気候が不順な折 御身体 御自愛下さいませ。 御礼まで 篠田正浩・岩下志麻 映画監督 女優
* 神奈川県文学館も法政大学からも 受領挨拶あり。
☆ 秦 恒平様
緑の鮮やかな季節になってまいりました。
ところでこんなにすばらしい布装函入りの少数限定本を私が戴いていいのでしょうか ただただ恐縮しております。
『みごもりの湖』は冒頭の部分を読むだけで胸がキュンとしてしまいます。やはり私にとっても原点だったと思います。病をかかえてもなおこんなにすばらしいお仕事をされるとは ただただ尊敬するばかりです。
何かお礼にと考えまして 主人と相談して 我が家でも愛用している国産ハチミツにしました。郡上の古今伝授の里で買い求めたものです。 毎朝ヨーグルトに入れて食べています。
御本は 大切に 石井家のお宝にさせていただきます。
本当に 心よりお礼申し上げます。 岐阜各務原市 石井真知子
* 湖の本創刊のずっと以前からの久しい有難い「いい読者」で、湖の本は欠かさず三册ずつ買い上げて頂いてきた。感謝しきれない。酒だけでなく甘みのいつも恋しいわたしは、いいハチミツをいつも頼みにしている。有り難う存じます。
上越市の光明寺さんから、りっぱな筍を二本、頂戴した。筍は子供の頃から大好き、ことに出汁のきいた筍飯、大好き。嬉しく頂戴します。
* 地元病院での妻の循環系検査一泊入院。検査結果は幸いに良好とのこと。クスリと思って二人とも毎日少量の赤ワインをほぼ欠かさず飲んでいるのが幾らか奏功しているかなどと思っている。明朝退院。一日の休息と思ってのんびり過ごして欲しい。わたしも。
そうはいいながら検査前も検査中も、「雲居寺跡」原稿にルビ打ち。これが、いちばんしにくい仕事。相撲でも観て休もうか。市内の堀上さんへ本を届け方々話しに行こうかと思うのだが、イヤに風が吹いている。酒など飲むことになると帰りが危ない。
☆ お元気ですか。
お元気ですか、みづうみ。
選集はもったいなくて、何度も取り出しては頁をめくり、書物の宝石のように、色々眺めて一人悦に入っております。二十巻揃ったら最高でしょう。想像するだけでアドレナリン全開。どうかどうか長生きしてくださいませ。
みづうみにお訊ねしたいのですが、わたくしにお送りくださったご本の記番を教えていただけますでしょうか。立派な刻印すぎて何と読んだらいのか迷ってい
ます。「参」でしょうか? いくらなんでも調子に乗りすぎ? 教えていただけると安心して眠れます。こそっと教えてくださいね。
少し前の話ですが、日経新聞に梅若万三郎の「江口」
について「品位高雅な万三郎」と激賞記事が掲載されていました。その中で面白かったのは、能役者は力量が落ちると決まって顎が出るものだという一文でし
た。みづうみはこのようなこととっくにご存じでしょうけれど、わたくしは初めて知りました。万三郎は「過不足なく顎が引けて面の表情に締まりがある」とい
う解説に、能の見方の一つを教えられました。たしかに能面は顎の位置一つでまったく表情が変わってしまうものです。
能に限らず、舞でも、ファッションモデルでもほんとうに顎の位置は大事で難しいものです。武原はんが若き日に稽古をはじめた頃、顎が出る癖があってそれを直すのに大変苦労したと読んだことも思い出しました。
それから、「かほどの名手がこれまで公的表彰に恵まれない不思議。いつの時代も俗世の栄典は巡り合わせか」という演劇評論家村上湛さんの義憤は、わたくしが文学者秦恒平にいつも抱いている感想です。
今の日本にいいニュースは何もありませんが、ささや
かな朗報は、昨年と同じ巣にツバメが戻ってきたことです。人間が近づいてもちょっと小さな黒い頭を傾げるだけで、じっと卵を暖めているようすです。それは
それは可愛らしいのです。でも、昨年のように生育の遅いヒナ(かならずそういう一羽があるらしいので)に気を揉んで一喜一憂するのだろうと思うと、嬉しい
ばかりでなく複雑な心境でもあります。今年もどうか全部のヒナが元気に巣立ってくれるように今からお祈りしているところです。
最近鳥や動物や花ばかりに心惹かれています。不健康な精神ですが、もう人間界にはバカばっかり多くて、自分もその中に入るとはいえ、うんざりしています。
静かに狂っていく祖国をどうしたら取り戻せるのか、まさに巨象に踏みつぶされる蟻のように途方にくれています。たとえば、明治大学や慶應大学で学生が憲
法改正反対の集会を開こうとしたら禁止されるというニュース。現行憲法を守ろうとすることは当然の正義であって、決して反社会的な運動ではありません。深
刻な学問の自由の危機にありながら、当事者の大学そのものが憲法改定を是としているとは! 憲法を変えようという今の自民党議員の某は立憲主義は国を滅ぼ
すといい、別の議員は国民に主権があるのは間違っていると言っている状況で、危機に無関心な国民が多すぎます。
安倍総理はイギリス金融街でのスピーチで年金128兆円を株投資にと表明し、この年金運営の関係者を安倍首相の友人らに変更するというニュースにも驚き
ました。国民の年金で博打打ったら、将来年金がなくなると心配するのはおかしいのでしょうか。国民がそのような大事を一任したおぼえはないはずです。
ここまで来たら日本が崩壊するまで長生きしないのが一番ですが、こればっかりは自分の意志ではどうにもなりません。「死ぬまで生きる」ことの困難さにど
うやって立ち向かっていくのか、今ほど問われていることはないでしょう。孫・子の世代に放射能にまみれたファシズム国家を残す罪におののきます。この異様
な流れを押し戻すことは可能なのでしょうか。「堪えて起つ」どうやって?
みづうみはすでにこの現世に達観の境地に達していらっしゃるかもしれません。わたくしの日々はツバメの再訪を喜ぶしかないくらい絶望していますが、今は
たとえ祖国が滅びても、せめて日本語、日本文学だけは滅ぼさないために、自分のようなものでも出来ることはないか考えています。
さて、みづうみのご出版記念のお祝い何にいたしましょうか。考えているときはちょっと幸せで、その幸せを大切に生き続けるしかございません。
お元気でいらしてくださいね。 蕗 あらはれて流るる蕗の広葉かな 素十
* すこしウツケていると、すかさず「喝」が来る。芯に当たってくるので堪える。だが有難い。とろとろしていられない。こういうメールこそ、恐縮の「祝ぎごと」と感謝しています。
* 明朝、病院で妻が退院前に、主治医の検査結果説明を聴く。
水曜日は、午後のおそめに聖路加の眼科へ。いろいろ検査があるらしいが、何のためやら、何ともワケが分からない。
木曜日は、俳優座公演に。久しぶり。来月は劇団昴の「リア王」が楽しみ。
金曜日十六日夕方には、歯医者。歯は、疲れも加わってアッチもコッチも不調。「ネバー エンディングですねえ」と女医さん。やれやれ。
* ひどい風。なんとなく独りの留守はつまらなく、黒いマゴとはやばや寝てしまおうか。
三月末青山墓参や靖国神社の満開の櫻など、撮り溜めた沢山な写真の整理などしていた。
気がついてみると今日は、昼も晩もろくに食事していない。それでいて、なにやらかやらつまみ食いしていた。十時半。もう寝よう。
* 五月十一日 日
* 起
床7:00 血
圧136-67(59) 血糖値85 体重67.7kg
☆ 拝復
秦 恒平選集第一巻
御恵贈下さいまして 深く
感謝申し上げます 私こと
金沢ふるさと異人館と鈴木大拙館の館長を勤めておりましたが、昨年退任し、この一年はぼんやり過していました 「これからだ」というのが信条であるはずなのに、何だか これまでだ、のような一年でありました。
ご出版には、大きなムチを頂きました。
まことにささやかながら、金沢のお菓子をお送り申し上げます 敬具 劇作家 松田章一
* 井口哲郎さんとともに数々のご厚意を戴いてきた。金沢市で、国語の先生方に平家物語から「院と女院」の講演をしたときだったか、講演ひとつではもった
いないと、金沢大付属高校千人の生徒のあつまる大講堂での講演会を松田さんがご用意してくださった。その講演が、「手・私・外」の三点からあえて若い人た
ちにぶつけた「私の私」であった。「湖の本エッセイ25」に入っている。講演の晩には市内でご馳走にもなった。
松田さんは大学高校の先生であると同時に多年歴戦の劇作家としても活躍されてきた。「湖の本」にもずうっとお力を添えてきて頂いた。「これからだ」の信条でまだまだご奮発願いたい。
金沢や小松には知己が多い。それだけで限定本の大半がなくなるだろう、涙をのんでご辛抱願っている。
☆ 秦先生
新緑が眩しい日々、お元気のことと存じます
先日は夜分お電話で失礼致しました。
嬉しくて、ついお声を聞きたくて。ありがとうございました。
改めて 選集のご出版おめでとうございます。
思いがけず、私にまでお贈りいただき、本当に夢のようで厚く御礼申し上げ伸す。近くに置いて、ながめては読める幸せを噛みしめております。
早いもので、私が二十代半ばで先生の作品を手にしてからもう四十年がたちました。明日五月十日で六十五歳になりますが、その間の学恩、書恩の深さに心か
ら感謝して、でも大して良い読者ではなかったなーと反省しきり、冷や汗がでます。子育てや仕事に追われ、今も市民活動に肩入れして文学の方はお留守になっ
ています。反原発、沖縄支援と問題山積の日本ですが、その思想を形成する源になったのは、やはり先生の強固な政治への批判に育てられたのだと思っていま
す。人間として動かねばならないとの一念で頑張っています。幸い仲間に恵まれ、沖縄への連帯ツアーにも行き目を開かされました。読書会や政策研究など多忙
な日を送っていますが、これが私の性に合っているようで、健康に留意して今後も活動していきます。
先生も少しづつ、お元気になられて安堵しておりますが、あまり無理なさらず、お仕事を楽しまれますように、小説の方も心待ちにしております。
積ん読なりがちですが、時間を見付けて読み進めていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願い致します。
和菓子がお口に合うかわかりませんが、奥様と二人 お茶をたてられる時にでもご賞味をと、こちらの干菓子をお送りします。京都にはかないませんが…。
そしてお祝い 些少、是非ご嘉納下さいませ。今回は決して「湖の本」の書籍代にあてないでとお願い致します。
では私の誕生祝いとして先生の本をありがたくいただき、もう一度お禮申し上げてご挨拶とします。
どうぞ奥様にもよろしくお伝え下さいませ。 金沢市 金田小夜子 作家・市民活動家
* 金沢の和菓子は京菓子とならんで天下一品、それが一日に二箱も戴けて、酒と同じほど和菓子好きのわたしはほくほくと喜んでいる。感謝、感謝。久しく久しい「いい読者」にも感謝。
* 「選集A」の芯になる『風の奏で 寂光平家』をルビうちのためにプリントした。『清経入水』は済ませてあり、『雲居寺跡 初恋』はもう今日にも読み上
がる。『能の平家物語』を入れたいが、第一巻より頁数がのびる。『絵巻』とともに、平家の頃の恰好のエッセイを添えてみたい。
作者自身が忘れ果てていたが、『雲居寺跡 初恋』は文字どおり次の『風の奏で 寂光平家』を懸命に呼び出していたのだった。それとともに胸傷むことだ
が、この両作に深く絡んでくるやはり「平曲」ものの歴史小説をわたしは手書きで相当量書き込んでいながら投げ出していた。その手書き原稿が見つかってい
る。どうみても、その無念のようなモノがこの数年書き継いでいるやはり「平家物語」ものの現代幻想小説に生きの緒を繋いでいるのだと思い当たる。
今、抽斗の底に仕舞われていた差しあたり三束と数枚の原稿やおぼえ書きの分厚さを手にすると、思わず「嗚呼」と呻かれる。永い作家生活で半途に終えた作
は幾つもあるにして、これほどの量・嵩であるのは辛い。最も分厚い(医学書院の)原稿用紙一束にはハッキリ「雲居寺跡」と題され作者は「菅原万佐」と高校
以来のペンネーム、新潮の酒井編集長に本名で書きなさいと云われるまで使っていた名が書き込んである。いかに古いかが分かる。
二番目のには「資時出家」と題してある。もう一つのかなりの量の原稿や覚え書きには俊成・定家や、建礼門院右京大夫の縁戚を洗い出そうとした狙い目がち
かちか光っている。全部がわたしの拙い字の手書き原稿のままである。むろん『清経入水』よりヨッポド先行していた生ま原稿である。詮無いことではあるが、
朝日子が近くにいて引き受けてくれれば安心だがなあと嘆息している。
いまの私にはこれに手を戻す余裕は全くない。ほんとうに誰か気持ちのある人に、専心、これらを機械に書き起こしてもらえないかなあと呻いている。妻はいま、八百枚もの私小説の一応仕上げに近い清書原稿を機械に入れ続けてくれているが、今年中はかかるだろう。ウーン。
何がどの程度に書けているものか、すぐにも読み返したいのだが、印刷所からは次の入稿を待ちかねられている。時間は惜しく、集中するには視力が足りない。
* そういううちにも「湖の本120」の初校ゲラが出そろうだろう。
もう目がまったく「花 ホア=ゆらゆらと水中で目をあいているよう」で。なにともハヤ情けない。
* 五月十日 土
* 起
床7:00 血
圧126-66(59) 血糖値78 体重68.4kg
☆ ヒルテイに聴く 「眠られぬ夜のために」より
* キングスレイの大へん美しい言葉に、「人のこころを見て慈悲を持て。行いだけを見て責めるな」と。これは神の教えにもひとしい。どこの法廷にも掲げ
ておくべきであろう。その逆に、正しい心情から出たものでない行為を高く評価するな、ということもまた真実である。これは歴史の教室に書いておくべきであ
ろう。
* 宗教上の事柄においては、ただ限りない誠意と真実のみがたいせつである。なんら精神のこもらぬあらゆる形式主義、たとえば、うわのそらでの祈り、かたちばかりの教会通いや礼拝・参拝などは、信仰・真実に益すると゜゛ころか、有害である。
* 人との交わりにおいて、最も有害なのは虚栄心である。虚栄心はつねに見すかされる。虚栄心は決してその目的を達しえないのだから、悪徳のなかでも一番ばかばかしいものである。
* もしあなたが憂鬱であったり、フアンであったり、そのほか不機嫌なときには、すぐ真面目な仕事にとりかかりなさい。普通みんながするように、なにか享楽や気晴しでもって、陰気な霊を追い払おうとするよりもはるかに有効である。
☆ すばらしい
特装限定の御作、私如きに、とただ恐縮しております。元々、御縁のない身で、ただ御作に敬服して片言をさし上げただけの一読者、喜んで拝読、たいせつにいたします。
ありがとうございました。 劇作家 山田太一
☆ 若葉 青葉が日の光にかがやく美しい季節になりました。
このたびは いよいよの『秦 恒平選集』のご出版 誠におめでとう存じます。 また貴重なご本を頂戴することが出来ました 身のしあわせ、本当に嬉しく存じます。 ありがとうございました。 私が
はじめて先生のご本を読ませていただいたのは 思えばはるかの昔、 『清経入水』ではなかったかと記憶いたします。 すごい作家が出たから 読んでみよと言われ、 それからはずっと お作品 注目して拝読してまいりました。
このたび選集第一巻の『みごもりの湖』『秘色』『三輪山』も拝読しているはずですが、 昔 おいしいお菓子をたべて そのおいしかったという味だけが
しっかり残っているーーといった感じで、内容はぼやけてしまいました。 このたび あらためて しっかり読ませていただきたいと考えております。
それにつけても このたびのご本の装幀のご立派さ、このような みごとなご本 最近 なかなか手にすることが出来ません。私の
本棚の特等席、『漱石全集』のとなりに並べさせていただくつもりでおります。
最近は うみの本がとどくたびに まず あとがきを読んで おからだ おさわりないかと思い、お元気なごようすであれば 安心いたします。
くれぐれも 御身お大切に、奥様とお二人で お元気におすごし下さいますこと お祈り申しおります。 歌人 東淳子
* 国立近代美術館の村上華岳展で特別講演したとき、奈良から来て下さり、あとで豊かな薫りの大きな匂い袋を頂戴したのを覚えている。お目にかかったのは
その時ぎりだが、東さんの短歌には、出会いの当初から深く心惹かれ、その歌境といい表現といい質感のただならぬを覚えつづけてきた。世間でもてはやされる
高名な親分・姉御型の人ともお付き合いがあるが、東さんの哀情をたしかな言葉で精錬された静かさ毅さみごとさをわたしは殊に敬愛してきた。
☆ 謹啓
立派な御本をお贈りくださいまして 誠にありがとうございます。
五月三日は私の誕生日でした。その日に大きな大きなプレゼントを頂戴し 早速 主人にも報告いたしました。
夫と別れて二十五年の間 彼の残してくれたものを大切にしながら生きてきたつもりです。まるでその御褒美のように思いました。
本当にありがとうございます。
先生と奥様がいて下さいます事が大きな励みになっています。
どうぞ御自愛下さいまして、一日でも長くいらして下さいませ。
御本はこれからゆっくりと心の糧にさせていただきます。 ありがとうございました。 敬具 滋賀湖南市 小田敬美
* ご主人は『湖の本』創刊以来熱烈な愛読者で、またみごとな趣味の人であった。ことに、漬け物の名人。亡くなられてからも奥さんはご主人の思いをついで
熱心に応援して下さり、加えて毎年丹精のじつに美味しい梅干しなどを送ってきてくださる。近江の湖国は生母の故国。滋賀の酒は美味いのである。小田さん
は、こころにくく見つくろって美酒もとどけて下さる。一度もお目にかからないが懐かしいありがたい読者である。
☆ 前略
ゴールデンウィークに十日も続けて店をお休みいたしました。 主人の故郷の富士宮で休みの大半を過ごし 帰宅いたしましたら御本が届いておりました 非売本 特装限定本の貴重な一冊を賜るにはあまりに資格不足まことに到らない読者です
走り書より長く書きますとボロが出てしまうので日頃失礼しておりますが 今回は拙くてもと心を決めました。
形容しがたい御本 品位と存在感のひしひしと迫ってくる外函 人の温もりを感じさせる表紙の手触り 何度もさすってしまいました
心より御礼申し上げます
どうぞ御身御大切にお過ごし下さい 村上開新堂主人 山本道子
* 「湖の本」を創刊したのは二十八年前の桜桃忌。三巻ともつまいと嗤う人多く、わたし自身もせめて十巻もと薄氷を踏む思いだったとき、この「志」を応援
しないでいることは出来ませんと言ってきて下さったのが、大きな励ましになり前途へ立ち向かう気力を戴いた。忘れられない。病気の間も、本を出すつど此の
有名な老舗のクッキーがびっしり詰まった御見舞を戴き続けていた。半蔵門まえに「ドーカン」という洋食の小粋な店を出してられた時期もあり、じつは、雑誌
等にもよく登場されていた海外料理のシェフでもある。根は京都にあったお店で、一度ゆっくりお話ししたいと思うお一人である。
* 図書館、大学、文学館等々からも「選集@」受領の挨拶が日々に重なっている。
☆ 「湖の本119}
最大に共感、感銘、敬意をもって一行一句 拝読いたしました。
ありがとうございました。 元「展望」「文藝展望」編集長 原田奈翁雄
* 何としても視力ととのわず休むに如かずと二時間近く臥せって寝ていたが、さほど明らかにならぬ。この機械画面への距離をはかって調整した眼鏡
が合わず、二、三ないし数メートル範囲の室内用眼鏡の方が効いてくれる。眼鏡屋はもうまったくお手上げで、「会うのをいいように使って下さい」と。なにを
か言わん。
* 郵便物が輻輳するので、整頓も。年譜的に大事な佳い記録になるので、散逸させないように心している。放りっぱなしにしてれば、もう何が何やらワケ分からず探しようも無くなる。幸いわたしには歴史家ではないが、自分史への姿勢はかなりきめこまかに持っている。
* 五月九日 金
* 起
床7:00 血
圧131-80(55) 血糖値88 体重68.0kg
* 森鴎外作、深作監督の映画「阿部一族」を久しぶりにテレビで観る機会を得て、したたかに哀哭、胸を絞られた。わたしは十数年以前であろう初めてテレビ
で観て感動し、録画で繰り返し観て、もし只一つテレビ映画で日本の名作をと問われれば、まして歴史映画の突出した傑作はと問われれば、なに迷いなく此の
「阿部一族」を挙げると言い続けてきた。それで間違いなかろうかと久しぶりに観て、その確信を新たにした。堪えがたく声を放つほど哭いた。
言うまでもない、鴎外は希有の大作家であり文豪であるが、その第一等の名品はと問われれば、これまた躊躇なく昔から『阿部一族』と見極めてきた。揺るぎ
もない。六林夫の「遺品あり岩波文庫『阿部一族』」の名句を知って以後、ますますその思いを強くした。六林夫の句は、無季題ながら優れた戦争文学と大岡信
さんは書いていた。然り、その通り。敗戦の季節と重ねれば「遺品あり」が強い季題になっている。
わたしの、政治というよりも、権勢・権力、支配・被支配、武士の忠義忠君などに対する憎しみに近い拒絶の思想を培ったものは、真っ先第一にこの鴎外作
『阿部一族』であり、さらに確乎として憎しみを加えしめたのが深作映画の「阿部一族」であった。今も確実にそうである。湖の本で三巻の「ペンと政治」を編
んだのは最近のことだが、政治悪、支配悪、権勢悪を心底憎む気持ちは、もうすでに高校時代に読んだ「阿部一族」に思想的に決されていた。
いま、心新たに、それを確認しておく。
山崎、蟹江、佐藤、真田、また一族の妻子らを演じ隣家の妻女を演じた女優子役らのだれもかもに、この映画での演技こそ一世一代の名品であったよと賞賛したい。
何度でも何度でも大事に録画してあるした此の映画を見直し見直して憎悪の念を手放すまいと思う。
* 批判すべきを批判し、怒るべきを怒り、起つべきに起つのは、自然でもあり必要でもある。看過し黙認し関わることを避けて大様がり超然がる人を
わたしは敬愛しない。それだけに、批判も怒りも、また決起も、深切であらねば。情意において、態度において、、行為において慎み有るべきは当然である。
☆ 『秦 恒平選集』第一巻
お送りいただきありがとうございます。
「みごもりの湖」 筋がこみ入っているので、はじめはなつかしい地名などにひかれて読み進みゆくうちに、おもしろくなり、あとは一気に読んでしまいました。
近世の小説のないまぜを、現代に生かした作品と言えるのではないでしょうか。
八日市から君ケ畑への道は八*街道からさらに折れてゆくのを地図でたしかめています。 島津忠夫 古典文学 名誉教授
☆ 秦 恒平様 みもとに
緑の美しい候となりました。ご無沙汰して居りますが 御健康を取り戻された御様子を およろこび申し上げて居ります
本日は 此の度 御上梓の 美しい御本を賜わり 誠に有難うございました
何事にも 時間のかかる年となりました。少しづゝ ゆっくりと読み通させて頂きたく 存じ居ります
御門多い中 お心づかいに 厚く御礼申上げます かしこ 五月六日
姉も 元気にして居ります 京都現代美術館 何必館館長 梶川芳友夫人
* 巻紙に毛筆の美しい手紙をもらったのは、亡き谷崎先生の松子奥様いらい。追書き 有り難う存じます。
☆ 前文ご免下さい。
選集第一巻ご恵贈いただきありがとうございます。刊行開始おめでとうございます。
珠玉の三作品なつかしさが先に立ってしまいます。
お禮のみで失礼いたします。ご無事のことお祈りしております。 元平凡社編集者 出田興生
* 「展望」に『閨秀』を書き、その月の朝日時評で全面を以て吉田健一先生が絶賛して下さった、それより何日も前に、突如として勤め先の医学書院へ、平凡
社刊二大册の『大辞典』を背負って会いにみえたのが出田さんだった。「閨秀」を読んでどうしても会いたくなりまして、と。何十巻を二巻に縮刷した「大辞
典」はおみやげにと。びっくりし、嬉しかった。その後は、出田さんが平凡社を退かれるまで、またその後も、家族ぐるみで仲よくしてきた。お嬢ちゃんが三人
いて、よく遊びに来てくれた。いちばん上のアオちゃんは、いま中日東京新聞で大活躍の記者生活をしている。受験してパスしましたと報告に来てくれた日を忘
れない。
「選集」をお祝い頂いた。感謝。
☆ 選集御恵賜感謝
お心のこもった選集をいただき、またお手を煩わして送っていただきまして大変感謝しています。
選集をご用意されておられる様子を読ませていただいています折、まさか私共へまでご贈呈いただくとは夢にも思いませんでした。
ご本を手にしてもまだ夢のようで、嬉しく恐るおそる包装を解きました。
皆様が異口同音に感嘆されているとおり豪華なご本に思わず声をあげて主人を呼び立てたことでした。そして二人で口々にお祝いを言わせていただきました。
主人からもお祝いとお礼をよろしく伝えて欲しいとのことでございます。
分厚いご本もすっと手に馴染み文字もすっと目に入ってきました。
しばらくは立ったまま思わず読み進んでいました。
「みごもりの湖」を始めて読ませていただいた時の気持ちが甦り、哀しみの感動まで思い出されてしまいました。
奥様、建日子様のお力添えのもとのご誕生本当におめでとうございます。、
本棚より新潮社の若い日の箱の横のお写真も懐かしい「みごもりの湖」や、筑摩書房の「秘色」を取り出しました。
45年発刊された「秘色」には「一草一花」とサインをしていただいていました。
また何時も新しいご本の発刊の折には時々の言葉をいただき、かみしめて味わせていただいています。
「清経入水」のご本以来、秦様の作品に導かれるように、歴史やその近辺、そして能の世界、謡曲へと興味を持つことができました。私の日々に彩を与えていただきましたことを改めて感じました。感謝いたします。
連休にはお二方にお目にかかれる機会を私の不養生で断らせていただき大変申し訳ございませんでした。
おかげさまで、体調も元に戻ってきたようです。少しの間にも庭の草などがはびこり、、今朝は雷などが来ない前にと草抜きなどをして過ごしました。ありがとうございました。
奥様の検査が恙なく終了しますように。これからのご健康の日々もお祈り申し上げ
ます。 練馬区 持田 晴美 妻多年の学友
* わたしの知る限り、半世紀の余も、この人ほど意志的に向上心を燃やして意欲的に生きてこられた女性を多くは知らない。能を習い舞い、城郭に関心を寄せ
て勉強し旅も重ね、海外へもためらいなく行かれている。ただの遊楽でなく、ひとつひとつ実践の意義を身内に積まれて、口はばったいが、しっかりとしかも謙
虚にぐいぐい成長されていることに感じ入る。わたしの仕事へも、途切れることなく支援を戴き続けた。感謝して余りある。
☆ 選集第一巻刊行
おめでとうございます。しっかりと函入りで、格調高い重厚な装丁、造本は本当に素晴らしく、我家の大切な宝です。
我家には昭和49年9月20日刊行のみごもりの湖初版があり、竹西氏と対談も写真付きで添付されており、若き畑先生の意欲あふれるお写真を久しぶりに取り出し、なつかしく拝見しました。本当にありがとうございました。 愛知知多郡 久米則夫
☆ 秦先生
梅雨前の束の間、花も緑も美しい、さわやかな季節となりました。
その後ご体調はいかがでいらっしゃいますか。
年齢を重ね病を得てもなお、たぶんそれだからこそ尚なのでしょうが、ますます冴えわたる社会への感度・精神力・気力にいつもいつも感服しております。
さて私事、本年3月末をもちまして退職、それに伴いまして、メールアドレスがほんの少し変更になりました。「g.」が追加されます。
お知らせすべきか迷うところではありますが、なにかの折、アドレス不在となるのもかえって失礼かと思いました。よろしくお願いいたします。 米
* こういうご連絡、有難い。どういう成り行きか、いつのまにか有ったと思っているアドレスの消えたり違ってたりすることがある。ご手数、感謝。
* 能美の井口さんから懇篤のお手紙に添えて、此度選集の「発行者」に印稿を添えた「秦建日子」「建」の印を、私に吊って飾れる「秦
恒平選集」の刻板二種ならびに、用意して頂いていた各刻字五印を、頂戴した。布装そのままの色板に置かれた金の五字が映え映えと美しく、柱に掛けている。
やす香の写真と御舟画の牡丹にはさまれ、さらに奥に谷崎潤一郎の筆になる「鴛鴦夢圓」のめずらかな揮毫が一連を成してダイニングを飾っている。井口さん、
有り難う存じます。お誕生日の御健勝を心より嬉しくお祝い申します。
☆ 五月八日、八十二歳になりました。
この誕生日に、いい思いをさせていただいたことを、しみじみと感じています。
連休中に集ってきた子や孫たちに、あの本を見せびらかして、得意になっています。
さて、過日表紙の見本を見せていただいた時、仕上りがとてもきれいにできていましたので、強くは申しあげませんでしたが、あれは「印稿」のつもりだった
のです。あの字を印字して、篆刻に仕上げればと思っていたのです。お電話でそのことを申しあげたのですが、そのご依頼もなく、そのままの方がいいように思
い、結果をお待ちしていました。
実は、『選集』のあとがきーー「創刊に際して」を拝見しましたところ「刻字を表題に頂戴した」とありましたので、動揺しました。そこで刻字がなければな
らない思い創った次第です。字体は、印稿よりやや太めになっていますが、木が損いやすいのでーー技術が至らないせいもあります。
表題のご依頼があった時(案として)お示ししたのは、篆刻によるものです。いつでも応じられるように石を準備していたのですが、前述のように、「見本」の出来がよかったので、折角材料もあるし、印稿も認めてもらったので、自分なりの記念に、彫ってみました。
額は、以前に短冊用に作ったのですが、計算違いで寸足らずになってしまったのを利用しました(ありもので失礼ですが)。ガラスまで取りはずせば、「刻
字」の方も入れることができます。拙い作を飾ってくれと申しあげているわけではありません。決して私の遊びに入ってくださいと申しあげるつもりもありませ
んので、そこをご理解ください。
同封のハンコ二顆は、発行者へのごあいさつです。建日子さんには、ハンコの趣味はないかみ知れませんし、あくまでも、私の一方的な押しつけなので、私の気持だけお受取りくださって、適当に処置してくださるようにお伝えください。
当分このいい気分が続きそうです。本当にありがとうございました。どうぞ巻が重なること、お体お大切にとお祈りしています。
奥様、御子息様に、よろしくお伝えください。
五月八日 井口哲郎
秦 恒平様
* わたくしが、いかに果報者であるかを、だれもだれもが分かって下さるだろう、心底、ご芳情に御礼申し上げ、数々のご無礼をお詫び申し上げます。
わたしはまだ手先がしびれて震えているので、まして、たださえ昔からハンコを捺すのが下手であったので、実は「印稿」を有難く使わせて頂いた。「印稿」
は理想的に印影が仕上がっている。わたしが不出来な私用の印肉を用いてあり合わせの紙に捺してでは、作の出来をずれたり揺れたり損ねてしまう。また印刷所
の人たちにいいように捺して下さいとは言いたくなくて、美しい「印稿」に感謝してこのように製版をと依頼した。結果的には大成功であった。その上に、今日
のような品品にして頂戴できたというのは、冥加に過ぎる嬉しいことであった。井口さん、有り難うございました。『秦
恒平選集」の「短冊額」、それは映え映えと私達の身近か間近かに輝いています。それも、いつかは建日子に預けて後事を託し得ればと願っています。
* 五月八日 木
* 起
床10:00 血
圧118-58(68) 血糖値96 体重68.1kg
* 朝、早々に、たくさんな郵便を受け取る。「選集@」の造本、装幀、印刷等々、ほぼ絶賛というにちかく、中途半端なことをしなかったのをわたし
自身も喜んでいる。健康がゆるしてくれれば、巻数を増して行くことは当然のように出来るし、恥ずかしくない作を十分用意してある。心静めて、ただただ文学
のことを思って努めたい。
陶淵明の劉柴桑に和した詩の結びちかくにこのような詩句が読める。わたしの胸にもっとも当然のようにしみ込んでくる。
☆ 陶淵明の詩句を読む 「和劉柴桑」より
栖栖世中事 栖栖(せいせい)たり 世中(せいちゆう)の事、
歳月共相疏 歳月と共に相疏(あひそ)なり。
耕織称其用 耕織は其の用に称(かな)ふ、
過此奚所須 此れを過ぎては奚(なん)の須(もとむ)る所ぞ。
去去百年外 去り去りて百年の外(ほか)、
身名同翳如 身名 同(とも)に翳如(えいじょ)たらん。
世の中はあわただしい動きを見せているが、歳月の推移につれてわたしはますます世事と疏遠になり、世間もわたしを忘れてしまった。畑仕事と機織りとで日常
の用は足りるのだから、これ以上、何を求めるところがあろう。百年の一生が過ぎ去ってしまえば、このからだも名もひとしく消え去ってしまうのだ。
(栖栖)あわただしく不安なさま。(称其用)必要とする費えにぴったり合う。(翳如)湮没して跡かたなくなる。如は形容詞の語尾。
* つまりいまわたしの生きて為し成していることは、浮幻の道化にひとしい自若の楽しみに過ぎない。あっはっはと笑うているのである。
☆ 拝啓
このたび選集第一冊を恵贈くださりありがたくお禮申します。立派な重厚な造本にて、自費出版のこと、おこころざしを感じました。
また御體調のこと、年齢からやむを得ないとも思ひますが、飼ひならすやうにして、くれぐれもお大事にねがひ上げます。
小生はお蔭さまにて、三年前の心臓手術の餘後を小康にて過してゐます。
右、簡單ながらお禮まで 匆々 批評家 桶谷秀昭 藝術院会員
* 桶谷さんは亡くなった村上一郎さんといっしょに最も早い時機に出逢っている。受賞はしたもののさくふうの落差などからほぼ文壇に諦めを感じていたと
き、「畜生塚」を大きく賞賛してくださり、その後も「慈子」等々こもごも引き立てて下さった。著作の交換も永く永く続いていて、大きな恩人先達のおひとり
である。「おこころざしを感じました」の一句に桶谷さんとの久しい歳月が汲めて嬉しい。
☆ 拝啓
緑の美しいこの頃ですが先生には如何がお過ごしでしょうか ご無沙汰致しておりまして申し訳なく存じます
この度は豪華な「秦 恒平選集」第一巻をご恵送賜りまして誠にありがとうございました 心より御礼申し上げます
この数日、選集の造本の美しさにみとれながら 大好きな「みごもりの湖」を拝読いたしておりました
新潮社の新鋭書下ろし作品シリーズの一冊として拝読した時の、昂奮をまた味わいました 新潮社版に入っておりました竹西寛子さんとの対談を、再読させていただきました 楽しく充実した数日でした。
先生がこの選集を「私家版・非売本」として刊行されるお気持を考えておりました ただこういうかたちでの刊行が、とても貴いことのように思われて、何か勿体無い気持ちになってまいりました
「創刊に際して」でお書きになっている「一期一巻」のお言葉も、「紙の墓=紙碑」というお言葉も胸に鋭く刺ってまいりました。
ただただ御礼を申し上げるつもりでしたのに、不作法なことを書きつらねました どうかご海容下さいますようお願い申し上げます
大切に大切にさせていただきます。
変化の激しいこの頃の陽気でございますので くれぐれもご自愛下さいますよう祈念申し上げております 敬具
詩人 馬渡憲三郎 藝術至上主義文藝学会会長
☆ 秦 恒平先生
五月の連休も終りの日ですが少し肌寒い天候です。お元気でしょうか。
先日は私家版一五○部限定の美しい御本を御恵贈下さり誠に有難く御礼申上げます。読みやすい活字で、また御作を読ませて頂きます。只今は「湖の本」
119を拝読中ですが、柳田国男の『先祖の話』について言及されており、たいへん嬉しく、また参向にさせて頂きました。 私の仕事「小鶴女史詩稿」はよう
やくまとまり編集に送りました。柳田は小鶴女史の没後に生れていますので、性急に関係づけることは出来ませんが、それでもやはり「血は水よりも濃い」と感
ずることがありました。本になりましたらまたごらんくださいますようお願い申し上げます。
不順の気候ですが、何卒お体をお大切になさってくださいませ。 私も83歳になり、一日一日を大切に生きております。
先ずは心から御礼申上げます。 大府市 門玲子 近世女流文学研究家
* 家庭の一主婦から志を興して名著『江馬細香』で絶賛され、そのご近世女流文学を精力的に開拓して一人者にまで成っていった希有の人、湖の本の久しい読者である。
* 謹啓 秦 恒平先生
新緑が一気に色増す頃となりましたが、秦先生におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、この度は『秦 恒平選集 第一巻』のご上梓誠におめでとうございます。一五○部限定というこの貴重な御本を私などにご恵贈いただき、ただただ恐縮致しております。
それにしても何と品格の高い、美しい御本でしょう。装幀、函、資材、書体、余白、どこをとっても細やかな神経の行き届いた見事な仕上がりに「これは我々の携わる商業出版では決して出来ない作品だ」と、いささか複雑な思いがこみ上げて来たほどです。
そして何より、「発行者」には「秦建日子」の文字が。
誠に失礼ながら「作家」として人生を過ごしておられるお二人にとってこの上ない、いわば記念碑となるような一冊だと拝察いたします。建日子様もさぞお喜びのことでしょう。
これからこの御本の重み、手触りを味わいながら一頁一頁、大切に拝読致します。本当にありがとうございました。
おかげさまで建日子様との仕事は,私にとって何より刺激的で、胸躍るもので、今もまた新たな作品をお願い致しております。今後ともよろしくお願い申し上げます。
五月に入り急に暑くなりました。これから梅雨に向かいます。くれぐれもご自愛下さい。
とり急ぎ心からの御礼まで。 敬白 小野寺優 拝 河出書房新社社長
☆ 拝復
先日は御鄭重な御言葉と共に『秦
恒平選集第一巻』を御恵贈にあづかりまして、誠に有難うございました。「創刊に際して」を拝読致しまして、御上梓に到られた経緯がよく分かりましたが、改
めて見事な刻字、造本を拝見して、御恵贈下さいましたことを非常に恐縮しながらも、光栄に存じました。
相変らず慌しいひびを過しておりますが、一段落致しましたら、冒頭よりじっくりと拝読致します。御芳情のほど心から厚く御礼申上げます。
併せて呉々も御体調に御留意され、さらなる御健筆をお祈り致して止みません。 敬具 坂本忠雄 元新潮編集長
☆ このたびは
著作選集第一巻、恐縮しつつ拝掌いたしました。心から感謝申し上げます。なつかしい名作をこれから楽しみ乍ら再読できますことありがたく存じます。
それより何より一五○人にお選びいただきましたこと 幾重にもお禮申し上げます。 歌人 松坂弘 歌誌「炸」主宰
* 岡野弘彦さんの高弟で、師の歌風をつきぬいてからっとした現代生活の機微を情けある表現で歌にされ、愛妻歌に快い旋律が生きる。そして短歌史にも確か
な視野を持たれている。湖の本もずうっと手厚く応援して下さる。選集にもお祝いを頂き恐縮しています。わたしより少し年輩で、歌誌を堅固に創られている。
☆ Hatakさん 遅ればせながら
大変ご無沙汰しております。この度は美しいハードカバーの撰集をご恵贈下さりありがとうございました。『みごもりの湖』久しぶりに読んでみようと思います。
昨年度末に勤務先が不名誉な内容で新聞に載ってしまい、 御作『迷走』の一場面を地で行くような毎日です。
『百人一首一夕話』は行きつ戻りつしながら楽しんでいます。
あの「清少納言」が老後零落して「鬼女の形の如き女法師、顔を差し出して駿馬の骨を買はずやと」という話は、その前の「香炉峰の雪の話」の後に読むと哀れながらも、人の性格変わらないなぁ、清少納言の人となりを端的に現した話だなぁと妙に感心しました。
最近読んだところで気にかかったのは、「後徳大寺左大臣 内侍有子入水の話」。希代の琵琶の上手にしてあてやかなる内侍が、住吉の沖まで来たところで
「 はかなしや」と「波の下に入」ってしまった気持ちを、短い文から読み取ることができませんでした。いまだに「なんでやろ」といった感じです。
いろいろありますが、連休には満開の桜を愛でて、桜餅に自服でお茶も楽しみました。今は稽古にも行っておらず、気の置けるセンセ方とのお付き合いもすっかりおっくうになってしまいましたが、初風炉に水差の運びで、赤楽で平出前やりたいな、と思ったりもしています。
とりとめのない話になりました。奥様共々お健やかにお過ごしください。御礼まで。
maokat 東京農業大学大学院農学研究科
(今春から母校の大学院の教授も兼任することになりました。)
* 気楽なお喋りがともに楽しめる「いい読者」で、植物病理学の研究者でありながら、古典も茶の湯も自在に話題に出来る。ときにはわたしのミスも突っ込んでくれる友人。
☆ なんとも美しい
御本をいただき ありがとうございます 限られた私家版をいただく中に加えてもらえて光栄でございます。大切に手にとらせていただきます。
ホームページで御身体のご様子も拝察し、どうかお大事にといつも願って居ります。
御陰様で私方は一同元気に変らぬ日々を過しています。 私は昨年頃から薬用植物の花を描いています。地味な小さいはなをの多い中でボタンは大きくてはなやか。もうすぐ咲くシャクヤクと共に別格です。 杉並区 藤江孝夫・もと子 中高校來の友人・読者
☆ みかんの
白い蕾が一斉に咲き出しそうに五月雨に打たれています。
秦先生、奥様「秦 恒平選集」のご創刊おめでとうございます。そして早速お送りくださいまして本当にありがとうございました。
立派な装丁のご本を手にしたとき、何とも言いようのない幸せ、暖かさ、うれしさでいっぱいになりました。
ベージを繰ってひと通りパラパラとさせていただいてから、「みごもりの湖」から音読させていただきながら、言葉の響きの心地よさを実感しております。そ
れとともに、湖の本を創刊された頃、溯って横浜でのご講演を聴きに出かけたこと、さらには集英社文庫「慈子」に出会ったときの感動やら、”徳内さん”を
「世界」に連載されていらした頃、お宅へおじゃまさせていただいたこと………、懐かしい思い出でいっぱいになりました。
先生が癌と闘いながらも創作活動なさっていらっしゃるお姿に、逆に私の方が勇気をいただいている毎日です。どうぞ、ご無理なさらずに、ますますご自愛くださいますよう、オ祈りいたします。 かしこ
乱筆乱文をお許しくださいませ。心ばかり送らせていただきました。
奥様、ステキなお便りをありがとうございました。 静岡市 鳥井きよみ
☆ 昼間は
汗ばむような陽気になってきました。
御高著『秦 恒平選集』第一巻拝受致しました。心から御礼申しあげます。格調高い一巻で、観ているだけで、嬉しくなります。別便にて寸志をお送り致しました。第二巻も楽しみにお待ちします。 歌人 藤原龍一郎
* 「非売本」と決める前からご希望のあった湖の本読者があった。不公平があってはいけないので、そういう方からは「お志だけ」を頂戴することにした。
☆ かお吏です。
おじいさまの選集、ありがとうございます!
こんなに立派な本を頂戴していいのかしら、とドキドキしながらページを開くと、おじい様の似顔絵が。
いつもと違い、作家の顔をされていますが、とっても素敵な絵です。
後書きには、おばあ様のこともチラホラと・・・
何だか、この本をすごく愛おしく感じます。
大切に読ませていただきます。
お2人にお会いしたい、と主人が言っていました。聞いたら、5月**日または**日の昼は空いているとのこと。
初めて会う方には緊張する性格の主人ですが、ご迷惑じゃなければ、4人でお会いできますでしょうか? 亡きやす香の親友
* これから染五郎の「伊達の十役」を楽しみに出かける。
* 染五郎夫人に迎えられ、明治座での「伊達の十役」を四列目、花道へも舞台へも視野ひろびろと絶好席をもらっていた。文字どおり口上以降一人舞台を縦横
につとめる市川染五郎早変わり十役の「けれん」の妙味と面白さとに、拍手喝采大満足してきた。理屈をいいつける芝居でない、まさに歌舞伎藝を堪能する楽し
い舞台なのだ、それでも乳人政岡の場は真剣勝負で、栄御前の秀太郎、八汐の歌六との対決には染五郎懸命の学習が生き、また仁木弾正宙乗りで三階へ退いて行
く威勢の美しさにも魅された。早変わり、まことに手際たしかに、ときには真実度肝を抜かれるあざやかさ、変化の妙。四月五日いらいの歌舞伎を心底妻も共々
楽しんできた。「おっと、よしよし」であった。明治座は以前は不自由だったが、今は市谷で地下鉄を乗り換えればじつに簡単に浜町まで行ける。弁当場での食
事もひと風情があった。満腹して、ご飯には手がつけられなかった。
亀鶴の渡辺民部之助、錦吾の渡辺外記という父子役が儲けていた。歌六の八汐に異色の力感が満ちていた。
佳い機の佳い芝居見物、染五郎夫妻のすっかりフアンになっている。
☆ 前略『湖の本』119
興味深く拝読。当初は幅広い読書歴に感心。やがては数册の書物を、つねに並行して読み進めることに感服。近頃では読む端から忘れて行く我が身の劣化に比
し、五歳程年長の貴先生の記憶力に驚嘆。そして読後には、読書が「はんなり」と「幸せ」と言い切り、通院・闘病の中にも、気力は衰えず、「書き」「読み」
読けていこうというお言葉に畏敬。
ありがとうございました。 敬具 歴史学 二木謙一 名誉教授
* 小和田哲男さんと同じに、やはり編集者青田吉正さんに感謝の青田会で知り合った。大和田さんも二木さんも、戦国歴史劇の考証支援などよくされている。
☆ 秦先生
先生が新宿の河田町にお住まいのころ茶道をお教えいただいた***直*です。
おはようございます。
4月 25日15時に母 **子が永眠しました。
91歳です。
なぜか、父 伯 と同じ年齢で亡くなりました。
前日まで元気でした、倒れているのを姉 *子が朝発見して救急搬送でかかりつけの慶応病院に搬送してもらいちょっとあんしんしたのですが、意識を取りもどすことはなく息を引き取りました。
落ち着きましたらお会いしたいと思っています。 直
*わたしたちが京都から状況のその日から新婚生活を送った新宿区河田町「みすず莊」の大家さん一家とはとても親しくしていた。お子さんが二人、
姉が中学生だったか、直クンは小学生。しかも私を師匠に裏千家の茶の湯点前を習って、二家族でささやかな茶会すら楽しんだことがある。物静かな大家さん、
奥さんは元気いっぱいのいい人だった。二人姉弟とも結婚のときにはお祝いに加わっている。ふたりとも、もう孫もあるのではないか。
長寿の奥さんのご冥福を祈り、ひさしぶりに直クンやお姉ちゃんとも会いたい。
* 五月七日 水
* 起
床7:30 血
圧133-68(60) 血糖値84 体重67.7kg
* 朝、早々に、連休中郵送できなかった発送本を一括送り出した。重い荷を坂下の郵便局へ腕車や自転車で三往復、重労働。前もって腰や腕の痛みを顧慮しロキソニン一錠を含んでおいた。
すく追いかけて黒いマゴのために輸液十本を買いに自転車で獣医院へ。輸液は黒いマゴの命綱、欠かせない。
そして、このあと、昼過ぎに飛び込みの予約で歯医者へ。昨日の朝に歯が一つまた落ちた。わが齢はよほど危ないのかな。久しぶり帰りに「リオン」で食べてこよう。
* 出がけに連休明けの郵便どっと。殆どが「選集@」へのありがたいご挨拶。一束、鞄に入れて出かけた。
* 歯は応急処置のみ。「リオン」の前でバスを降りたら、昼夜ともに今日店はお休み。仕方なく入ったみせは感心せず。がっかり。
眼鏡屋に寄ってみたが、ま、やりくりして使い分けて下さい、せいぜい眼をやすませて下さいと。アホラシ。
☆ 内外情勢の
厳しさをよそに五月の光はまぶしく 只今この辺(=大磯)では櫻に代ってつつじや花水木が華やかに咲いております。
この度は「秦 恒平選集」を御恵贈頂きまして有難うございました。
実に見事に美しい本で丁度わが家に来合わせていたゞ町内に住む若手の編集者(求龍堂と大月書店道)二人共造本にうるさい方のようですが、交々にため息をついてためつすがめつしておりました。
老・病・死を見据えての秦さんの御活躍、大分老化の進んで参りました八十二歳の私共 いつも尊敬と感嘆の念を持って観て参りましたが さても見事なこの「紙碑」 少ない部数の中 私共にまで賜るのを恐縮しつゝ 本当に見事なお仕事と感動するばかりです。
改めて初心を持って読ませて頂きます。奥様と御子息様のご協力の下でのこの偉業、夫は大変羨ましいと申しております。
心から御礼も申しあげ お祝いも申し上げたいと思います。
私共の慶びとお礼のこころをどのように表したらいいのか迷いましたが、他に手段もなく御無礼と思いつつ花一輪お祝いの心をささげ同封させて頂きます。
秦さん 奥様 どうぞどうぞお大事にこの立派な御本を出し続け 私共のような世の人々を励まして下さいませ、こころから念じております。
夫と共々 とりあえずの御礼を申し上げました。 合掌 高 史明 岡百合子 作家
☆ 立派な選集ですね。
発行者が建日子さんで よき協力者を得て よかった。
御自愛を。 猪瀬直樹 拝
☆ 久しぶりに小さな旅に出て
帰ってきたら、堅牢瀟洒な函入り、本体布装金刻字の もったいないような
『秦 恒平選集第一巻』が届いておりました。先の「湖の本」でご上梓のことは存じあげていましたが、まさかご恵贈いただけるとは思ってもいませんでした。
いまは ともかく外に向いた窓を次第に閉じてひっそりと消えていこうとしているのですが、予期せずさしこみ続けたご厚意の光を有難いことと感じ、ご病躯をおしての常に変わらぬご活動に力づけられてもおりました。
この貴重な私家版を頂戴する資格などないのですが、大切にゆっくりと拝読していきたいと存じます。衷心よりお礼申し上げます。
どうぞお身体お大切に、選集の完結にとどまらず、生涯現役の作家生活をお続け下さいますように。 天野敬子 編集者
☆ 拝啓
御著『秦 恒平選集』第一巻を思いがけず御恵贈賜わり、厚く御礼申上げます。
御体調不全の中を「湖の本」の連続刊行、今回は一層心のこもった立派な御本をいただき、大切に所蔵いたしたく。
秦さんの文学世界が選りすぐって収録されたものと拝察、ゆったりと読ませていただこうと存じます。
御身、あくまでも大切に祈り上げます。 敬具 徳島高義 編集者
☆ 拝啓
風のさわやかな季節となりました。ご健勝のことと拝察申し上げます。
この度の「選集第一巻」ご出版心よりお祝い申し上げます。また御恵与賜りましたこと 嬉しく存じますとと共に、もったいなくありがたい思いでいっぱいでございます。
思いますと既に三十数年前、高等学校の教師でしたが そのおり同僚に
先生の作品の愛読者がおりました。当時その友人とは最も多くさしで酒を飲むことが多く、さまざまな議論などしており、この友人を通して私は先生の御著作に接するようになり 『秘色』『慈子』「みごもりの湖」等々の作品に魅了されました。
先生の古典的な世界と現代とが融合して語られる淡くにじんで織りなされる そんな雰囲気のの中にひたりこむ思いで拝読いたしておりました。
また『蘇我殿幻想』との出会いは 私なりに房総半島にある大友皇子 田原神社 小櫃川等の伝承に関心を持ちながらその地を歩いておりその頃拝読いたしたことを今改めて強く思い出します。
『みごもりの湖』の初版本を今ここに開き、この度ご恵与賜りました「選集」とを合わせ拝見しつつ これをしたためております。
まことに蛇足でございますが、少々 私の現況などを述べさせていただきます。 (中略)
先生の益々のご健勝とご健筆を祈念申し上げます。 敬具 横浜市 相原精次 作家・ペン会員
* お手紙から略したかしょで触れられている相原さんの「文覚」と「古墳」という一見立ち離れて見えも想えもする二つの主題の絶ちがたく作家魂の奥で結ば
れてある在りようにわたしは注目している。古墳を追究した相原本は、わたしよりも咲きに妻が耽読していた、そういう引力が有る。『湖の本」もずうっと支援
して下さっている。感謝します。
☆ 拝復
このたびは貴重な『秦恒平選集第一巻』をご恵送いただき、誠に有難うございました。
「みごもりの湖」に始まるご文業を改めて拝読できる喜びを、大切にさせていただきます。
私が編集委員長を務めました『京都近代文学事典』が、昨年、刊行されました。すでにご覧になっておられるかもしれませんが、遅ればせながら1冊送らせていただきます。京都を原点とされる秦様からみれば、いろいろな不備が目立つことと思います。お気づきの
ことがございましたら、ご指摘ください。
今後ともよろしくお付き合いくださいますよう、お願い申し上げます。草々 近代文学研究 田中励儀 同志社大教授
* 上の「事典」は、さきに、「秦 恒平」の項を執筆の筆者永栄さんに貰っていた。大勢の人を取り上げた中でも破格の筆者用いて掲示されており、有難くも恐縮したことであった。田中さんは鏡花の研究者で、久しいお付き合いになる。
☆ 思いがけず、
秦 恒平選集第一巻をご送本いただき恐縮いたしております。
端正で清楚な ”ご本”。この本に触れていると、静かな感動につつまれます。ありがとうございました。
先生のご健康を心よりお祈りいたしております。 香川県 木村年孝 元図書館長
* 木村さんには、私、小説の宿題を負うています。もう一息二息 がんばります。
☆ 秦 恒平選集
御恵与厚く御礼申し上げます。
一期一巻の語の重さを慎んで反芻しています。
御安寧を祈りつつ 不尽 谷地快一 国文学者 教授
☆ 御高著
秦 恒平選集第一巻の恵贈に与り、恐れ入ります。
すばらしい みごとなご本、あかずページを繰って居ります。
大切に致します。
ほんとうにありがとうございました。どうぞ、日々御大切になさってください。
御禮まで申し上げました。 文学研究者 矢部登
☆ 秦先生
奥様
このたびは選集第一巻の御恵贈を賜りまして、まことにありがとうございました。心よりあつくお礼を申しあげます。
ホームページで知ったときから切望していましたが、非売本を買いたいともいえず、残念ですが諦めておりましたので、思いもかけず分厚いご本の届いたときには「あっ」と思わず声がでました。
先生のお手になる宛書きをしばらくみつめ、テープをゆっくりナイフで開き、薄い茶色の紙に包まれたポリ袋から白い函入りのご本があらわれたときには、胸
が締めつけられるような心地に襲われました。いま、息を詰めるように私が続けたひとつひとつの手順を、先生と奥様は、一冊ごとに重ねられ、郵便局まで運ん
でくださったのだと胸が熱くなりました。あらためて御恵与に深く深く感謝いたします。
ありがとうございました。
厚い本なのに、ハラリときれいに開いて読み易いのも嬉しく、好きな『みごもりの湖』からゆっくり頁を繰らせていただきます。
前の山からこの春はウグイスの声がよくきこえました。放射能に地震と怖いものばかりですが、先生も奥様もどうかお身体を大切になさってお元気におすごしくださいまいよう。
別便にて岐阜の酒少し、お祝いに。
十日に着くよう手配しましたが、下戸のメガネゆえ、味の方は?でございます。 各務原市 山中以都子 詩人
* 詩人とのお付き合いではもっとも早く、深いたしかな詩作を介して識りあった懐かしい友人。ペンの会でたった一度会っただけだが、人とのほんとうの出逢いはそれでもいい。つなぐものは、作と作品。
☆ このたびは
「選集」第一巻をたまわりまことありがとうございました。
造本の美しさはまさにすばらしい美術作品で、手に持つこともためらわれるような輝きを放っています。それでいて手にしたときの質感もこころよく、実に読
みやすい組み方もすばらしいと感じ入りました。まさに電子書籍では絶対味わえない本の醍醐味にしびれる思いがいたしました。
本当に貴重なご本を頂戴できまして感激いたしております。 元中公文庫編集者 青田吉正
☆ 秦恒平 様選集拝受いたしました。
平凡社の岸本です。少々ご無沙汰してしまいました。
ゴールデンウィーク明けに出勤してきましたところ、函入クロス装の、いまどき大変めずらしい、とてもとても立派な本が届きました。
本当にありがとうございます。貴重な本をご謹呈いただきましたこと、とてもうれしく思っております。
近畿を縦横無尽に駆け巡る物語、この本の造りに見合うじっくりとした速度で味読できればと考えております。
安倍政権が長期化してきそうな様相を呈し、とても憂鬱な日々ではありますが、憲法問題など、自分のできることを考えていきたいと思っています。
本当に近々お会いしたいものですね。こちらへお出ましの際には、一声おかけいただければ幸いです。
まずは取り急ぎ、拝受の御礼まで。
引き続き、今後とも何卒よろしくお願いいたします。 平凡社 岸本洋和 編集者
☆ お二方が
手塩にかけられた「選集」をいただき、ありがとうございます。
「湖の本」出版の当然の行き先として、ご自身で「選集」をつくられた事を、およろこび申し上げます。
梱包をまた元の通りにして、お二方のおこころ入れを想い、日にさらされたりしない処に、まずはしまい込みましたよ。おわらい下さい。 豊中市 安川美沙 著者夫妻友人
☆ 謹啓
先生の選書、ご創刊おめでとうございます。
ありがたく落掌いたしました。 私にまでご恵贈下され お心尽しもったいなく感謝に堪えません。
福田恆存先生の奥様から湖の本をいただいたのが初まりでした。 どれほどの歳月がたったことか、 たくさんは読めません 私の読めるものだけを読んで楽しんでいます。
お蔭さまで私達は元気です。連休に入っていますので忙しいです。老妻はこゝが一番に気が楽ですと釜前に立っているのです。時たま娘と交替しているのがみえます。
近頃の気象はこんな山間まで激しい変化もみせます。それだけで何か不安があります。穏やかな四季のめぐりを願っています。
湖の本は私が読めない分は若いもの達が読むかも知れません。
先生のご健康 ご健筆を念じ上げます。 敬白 山形村山市 あらきそば主人
* どれほどの歳月か、毎年桜桃忌の日を、いわばわたしの二度目の誕生日がくると、きまってあらきそばの芦野さんから美しい珠玉の「桜桃」がどっさり届く。どんなに心嬉しく戴き続けてきたろう、そしてその向こうに、福田恆存先生と奥様のわたしへの有難いご厚意とご支援とがあった。
☆ 拝復 秦 恒平 様
『秦 恒平選集 第一巻 みごもりの湖 秘色 三輪山』
なんともまことに有難く拝掌致しまLた。とてもよく似合う篆書体の題名を見つめ、函からするりと抜け出た本の背中を見つめ、こういう本がこうして出来上がって、ここまで届けていただき、これはすごいことだと感激しております。あつくあつく御礼申し上げます。
これは、昔の煎餅屋の長半纏を着たまゝねそべって読んでいては申し訳けないなぁと、この幸運をかみしめております。こんど浅草寺へ行けたら、観音さまに言うてやります、「おれ、秦さんに また すげぇ本もらっちゃったんだ」って。
秦さん くれぐれもおだいじにしてください。
わたしはなんとかがんばっております。 敬白 千葉市 勝田貞夫 e-OLD友人
☆ 秦 恒平様
この度は限定本「秦 恒平選集」の御刊行おめでとうございます。
立派な装幀で小説を読まして頂くことはまた格別な心地です。
今後もお身体お大切にお元気にお過ごしなられますようお祈り申し上げます。 妻の従弟 濱敏夫
*
* 五月六日 火
* 起
床8:30 血
圧137-65(62) 血糖値93 体重67.7kg 今朝も、機械に、遠い舞台などのための遠用眼鏡で、文字もクリアに向き合っている。機械専用も読書用も役に立たない。何なんだ、これ。
* 雨もよいでやや鬱陶しかったが、発送の作業f一段落していたので、杖をついて街へでかけた。
こまの季節なら、繚乱の百花園だろう。勝田さん、玉井さんとの三老清閑の思い出もある。隅田川の方へはわたしの便宜では鶯谷駅がいちばん幸便で、タク
シーが利く。帰りもよそへまわるより鶯谷へ戻るのが池袋へ最も好都合。今日は、久々の久しぶりに「笹の雪」で豆腐懐石を楽しんだ。淡泊だが、豆腐は好きで
あり、中華の麻婆豆腐も比較的口に合う。
池袋駅で豊島園行きが来ていたら行ってみようと思ったが、準急所沢行きが幸便で、まっすぐ帰宅ときめた。
* 明日から、平常の五月になる。小説も書きたいし、あっというまに「湖の本120」の初校が出てくるだろう、「選集A」も入稿したい。慌てず騒がず、手を抜かずに仕事をつづけるだけ。「帰去来」をとうに遂げた「騒壇余人」にも躬耕すべき田畑は在るのだ。
* 柳君がこの連休にも新築の自宅を見に来てくれ迎えに行くと言ってきていたが、なにとなく流れていた。
明日にはわたしはまた歯医者に急行しなくては。そして八日は明治座で久しぶりに染五郎奮励の「伊達の十役」を見に行く、週明けは月火水と医療の日がつづ
いて木曜には俳優座公演に久々に招かれて行く。五月の後半はカレンダーが白い。そろそろ旅に出られないモノか。
* 五月五日 月 こどもの日
* 起
床8:30 血
圧130-64(59) 血糖値95 体重67.7kg 奇妙なことに、いま、九時半、たまたま遠用(屋外や観
劇のための)眼鏡で機械に向かっていて、まともに文字が見える。ちらつきもない。で、機械用につくった眼鏡にかけかえるとまるで文字が崩れている。最近用
に取り換えても視野は乱れている。室内用にかえると、遠用なみに見える。遠用での視野がいちばん落ち着いている。これは、ま、どういうことなのだ。何のた
めに検眼また検眼を歳月を費やし重ねて眼鏡を作りかえ作りかえして、これは。わたしの眼玉がヘンなのであろうと納得しておくより無いのか。今も遠用眼鏡で
このキイを打っている。視野はいつもよりよほど明るく落ち着いている。眼鏡にこだわらず、見よい眼鏡で仕事するしかないだろう。
いま、午後四時過ぎ、遠用眼鏡から機械用に掛け替えると、これが現在視力に相応している。読書等の最近用に替えると、これが一番良い。つまりは慎重に機敏にやはり眼鏡を幾つも掛け替え掛け替え仕事するしかないようだ。
* 明け方つよい地震に目覚めた。千代田区で震度5弱、まさに首都直下地震。
* 向山肇夫くんが千疋屋のとびきりのマンゴーを送ってくれた。医学書院のむかし、わたしの下へ配属された新入社員であった。定年退職したというので、ペ
ンクラブに「編集者」資格で入れてあげようと推薦し、館長をつとめていた「ペン電子文藝館」委員会を手伝って貰った。彼は今も委員会にいる。
その向山クンの添えてきた手紙に、いま「ペン電子文藝館」では「国際版」を志向しているという。
ネット配信であり、当初からグローバルに届けられている。国際版とは「翻訳」するというのか。
「上質の日本語で表現された日本文学を世に送り出すのが文藝館の使命」であり、掲載される日本語作品の「質の高さ」を維持することが何より肝要のはず。わたしが提案し創設し館長として最も苦心し配慮したのが、「ペン電子文藝館」の「文学の高質の維持」だった。
正直なはなし、現会員の作が好き勝手に持ち込まれれば、よほどもよほど文学の質の落ちることは、目に見えていた。理事諸公の寄せられた作をはじめ沢山な
会員作をつぶさに読んで取捨していたのだ、よーく分かっている。だからこそわたしは、館に「招待席」を充実させ、近代の優れた過去の作と作家との紹介に懸
命に努力した。それがなければ、なんじゃこれはという程度の作であふれそうだったから。
「ペン電子文藝館」をただ「機械技術的な実験」で弄くるより、根源、掲載される「日本文学」の「上質」を堅固に維持すべく、むしろ厳しい「編輯機能」をこそ高めるべきであろう。
一に、館長には文学作家としてキャリアも実績もある、信頼に足る人を置くべきである。二に、文学の優れた編輯敬虔会員複数による作の編輯選別機能が働くべきである。
現在の委員会をみて、肝心要の文学の実作者も文学編輯経験者もほとんど顔がみえない。機械弄りの得意が先行するようでは本末転倒も過剰である。
☆ 高雅な
『秦 恒平選』、御出版おめでとうございます。
貴重な私家蔵本を御割愛御恵贈下さいまして 恐縮、厚く御礼申しあげます。
「湖の本」が秦様の哲学の発顕なら、今回の「選集」は秦様の美学の結実かと掌上に拝見いたしております。
奥付発行秦建日子様の御名にも、篤い父子のご縁を感じました。
何より小生は拙刻印を今回も御使用いただき至上の喜びと励ましでございます。この四月 小事雑件のうち傘壽になり、印刀を握りましたが任意に動かせず気儘に「八十」を彫りました。
ペンに、カメラにもこれが老、病いと自覚いたしましたが、その時々の力一杯の表現を心掛けたいと思っております。
秦様のお仕事には、いつも感激と感動を頂戴いたしております。
新境地に入られる御健筆を祈念申しあげます。 神戸市 八十 木山蕃 拝
* 歌人で、民俗信仰や鬼の研究者、みごとな印を刻される。ずうっと使わせて戴いている奥付「湖の本」の印を、発兌の頁でも使わせて戴いた。御志も頂戴し、恐れ入ります。
「八十」は妻にもわたしにも一つの目標。「その時々の力一杯の表現を心掛けたい」とあやかり、願っている。
☆ 立夏というのに
今日の雨は肌寒く感じました。沖縄は、はや梅雨入りしたそうです。
朝の地震は、大丈夫でしたか。(わたくしの部屋では、本が何冊か落ちました。)
縦揺れではなかったのでそう怖くはなかったけれど。
六病息災を心から願っています。
写真は、咲き始めた今朝の庭の薔薇です。ではでは。 蔵
* はるか遠くから電話での贈呈本お礼が来た。かえって恐縮。
* ときどき京都の飴を含んでいる。血糖値を気にしながらも、あまいモノはうまい。十時半、そろそろ休みたいが、もう少し眼が見えるあいだ、「雲居寺跡」を読みたい。
* 粟田で玉丼を食べ、山ふところ尊勝院の日だまりで初めて「雪子」とキスした場面を懐かしく読んだ。
* 五月四日 日
* 起
床8:30 血
圧135-71(59) 血糖値89 体重67.7kg
* 護憲派は大バカものなどとNHKの評議員とかで作家とやら百田という男がウツケた気炎をあげていると朝刊でみた。このごろの政治環境のウソ臭さという
よりウソそのものが直に露わで、情けなく恥ずかしい。かりにも公僕たるもの、國の憲法への忠誠を誓わずに職に就いているそれ自体がおかしな間違いの基であ
る。
こういう不快事を目に耳にして一日が始まるのが情けない。
* おおむらさき 紅い小椿 房やかに岩南天白う咲き垂れてをり 遠
心身を濯ぎ洗いたくて陶淵明の「移居」の第二節を挙げて、読み味わいたい。
陶潜は四十四歳で災厄にあい、かねて念願の南村に居を移した。第一節はおおよそこのように詩われている。「むかし、南村に住みたいと願ったのは、方角を
占ってそう思ったわけではない。そこには素朴な心の人が多いと聞き、その人たちと朝夕顔を合わせたいと願ったからである。そうした考えを抱いてからかなり
の年を経たが、今日、ようやく引っ越すことができた。わたしの住む家だ、何もそう広い必要はない。寝るところと坐るところがあれば、それで十分だ。近所の
人々がよくたずねてきて、そのたびに昔ばなしに声がはずむ。また、おもしろい文章があれば、ともに鑑賞し、疑問があれば、一緒に研究し合っている」と。な
んと清々しい境涯か。
そして第二節がつづく。
☆ 陶淵明 「移居」其の二
春秋多佳日 春秋には佳日多し、
登高賦新詩 高きに登つて新詩を賦す。
過門更相呼 門を過ぐれば更々(こもごも)相呼び、
有酒斟酌之 酒有らば之れを斟酌す。
農務各自帰 農務には各自帰り、
閑暇輒相思 閑暇には輒(すなは)ち相思ふ。
相思則披衣 相思へば則ち衣(い)を披(ひら)き、
言笑無厭時 言笑して厭(あ)く時無し。
此理将不勝 此の理 将(は)た勝らざらんや、
無為忽去玆 忽(おろそ)かに玆(ここ)より去るを為す無かれ。
衣食當須紀 衣食 當(まさ)に須(すべから)く紀(おさ)むべし、
力耕不吾欺 力耕 吾れを欺かず。
春と秋は晴れた日が多く、小高い丘に登って詩を作り合う。
門前を通りかかれば、たがいに声をかけ合い、酒があればともに酌みかわす。
野良仕事のときはそれぞれ家に帰るが、ひまになるとすぐ思い出す。
そしてさっそく着物をひっかけて訪れ、談笑して厭(あ)くことがない。
こうして暮らす道理こそ何よりもまさっているのではなかろうか。軽がるしくこの土地を捨ててよそに移るべきではない。
衣食はよろしくみずからの手で作り出すべきもの、懸命に耕作にはげめば、裏切られることはないはずだ。
* 真に恒久平和の意味を思いたい。
陶淵明等のような在るべき境涯は、この「南村」にのみかぎってはいない。東西南北、村にも町にも都会にも在って当たり前の「無事」であり「生活の楽し
み・励み」である。悪政の人たちは、こういう平和の創設と維持とに公僕として尽くすべき義務を忘れ果てて権力行使の支配欲に取り憑かれている。「安倍」の
名が、マスコミなどで「幸福破壊。不幸実現の代名詞」と化して来かけているが、「迫る、国民の最大不幸!」とは、安倍「違憲」内閣の発足と同時にわたしが
掲げておいた予言であった。不幸にして予言は日々に露わに過ぎつつある。
* レマルク「凱旋門」についでグレアム・グリーンの「愛の終り」をまた読み終えた。原題の「愛」はLoveではなく「Affair=情事」であり、しか
もサラアもベンドリックスも真実深く深く命を賭して愛しあっていた。いわば引き裂くのは「神」であり「カトリック」なのである。サラアはドイツの空爆に目
の前で死んだ(と)思ったベンドリックスの復活を一瞬神に願い、願いが聴かれれば彼との愛をあきらめ、神を愛し信じますと誓ってしまうのだ、斃れていたベ
ンドリックスは起ち上がるのである。ふたりは爆撃の直前にもまはだかで性愛の情事にひたむきに交わっていた。サラアにとって性愛という彼との情事を喪うの
は死に優る辛さ悲しさであり、そしてサラアは打ち捨てるかのように死んで行く。ベンドリックスは神を憎み神を畏れつつ生きねばならぬ。
グリーンのカトリシズムにわたしは特には惹かれず関心もうすいが、サラアに生きベンドリックスに生きていた「Affair」と謂う性愛の肯定の強烈さには打たれる。それは晩年を生きるわたしの文学の一つの主題であるだろう。
☆ 風立っています。
今日は昼前から、今も家に一人です。(多分、夕御飯時まで)
それと。わたくしは、護憲、反原発です。
朝からはずっと、取り掛かりの仕事でパソコンの画面を睨んでいて、さすがに目も疲れたので、秦さんの年譜を再読していたところでした。それにしても、本当によくこれだけのお仕事を次々となさってこられましたね。
単行本に収録されていない著作、コピーを取ったものもあるけれど、読んでないのが多数あります。 蔵
* ものが食べにくい。いまだに薄味のモノは頼りなく味無い。小海老をフライにした、かんじんの小海老が文字どおりまるで味無い。好きな天麩羅
はまだまだ口に馴染まないようだ。と言ってシチューのようにどろりとしたものも視覚的にイヤがる。細い麺類がダメ、煮た菜も食べにくい。なによりもばらの
飯が食べにくい。生卵で流し込んでいる。納豆はクスリと思って一回は食べるが、これも生卵で混ぜている。
細いモノ、バラついたもの、味の薄いもの、濃すぎるもの、が、概して困る。酢のもずく、煮たわかめ、生の玉葱、風味のチーズ、塩から、和菓子、クッ
キー、餡小豆、鮓、魚の刺身、そして、各種の酒類。これらでだいたいの食生活をしている。外出したときは、やはり食べ物が口に入りやすい。妻と食べたレバ
ンテの生牡蛎は美味かった。季節のモノは、逸れてはいけない。
のんきな日記だ。一息ついているわけで、これって連休効果?
* 「選集」の口切りが済んだので、いまの楽しみは書きかけ小説の前進で。ご馳走を食べるように味わっている。
* 女子卓球の世界選手権試合、日本の石川。平野らの健闘に心底感激する。
* 五月三日 土 憲法記念日
* 起
床9:00 血
圧129-61(58) 血糖値89 体重68.0kg
右眼の縦波状視は終日紛れもないが、熟睡した翌朝の目覚め時にはそれが綺麗に無く、縦線が垂直に見える。つまりは眼精疲労の故か。
* メーデーにほとんど報道らしきものがなかった。「飢えたる者」がいないということか。そうではない、働く者たちの危機感が脆弱くも知性に欠けて、モノ
が見えていないのだ。メーデーは、「働く」ことの価値と正当な権利とを忘れてはならない再確認の機会なのに。働いていない者は、老病の者、幼少児、生徒だ
けで、学生でも働いていないわけでない。「働く者」に上下の差も質の差もありはしない。天皇さん達でも国事を働かれている。政治家も当然に質の高い働きを
為す義務がある。それなのに、総理や大臣や代議士や高級官僚らは自分たちを「支配者」だと勘違いしている。国民は働きながら自分を被支配者のように思って
いるか、それは、いけない。だが、とかくカラーの白いの青いのと差別し、農民や店主は労働者でないなどとバカを言い、しかも支配を受けて支配されてしま
う。
「働く」「労働する」のは一律尊い労作なのであり、安倍「違憲」総理と家事労働の主婦やお手伝いさんとの間に、支配・被支配などそんな意識すらあってはならない。
* 憲法は、只の「抱き柱」であってはならず、当然至極に安倍「違憲」総理等の好き勝手に弄り回せるオモチャでも、断乎、ない。
☆ 秦 恒平様
拝啓 新緑の候、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
『湖の本119 堪え・起ち・生きる』をお送りいただき、ありがとうございます。いつもペンを持つ人の思いの深さに感銘をうけております。
「少年の昔から信仰心をもって『不思議』をうけいれてきたが、神は観なかった。」「それでもなお、わたしの内で強い『信仰心』は生きている。自覚も実感
もある。『抱き柱』にしないだけ。」このあたり、わたしの心にすっと入ってきます。信仰心を抱き柱にしないという思いが、秦様の生きる力なのでしょうか。
また、「なんとわれら日本の蓄えてきた文化力はすばらしいか。そのすばらしい文化が、「我私 われわたくし」に溺れた悪政の毒で、活気を奪われて行く。なんとおぞましい時代か。」というところ、大変共感します。
今は私も悩み多いときですが、どこかでお会いできることを楽しみにしています。
時節柄ご自愛ください。 敬具 滋賀県知事
* 多忙の中からのおたよりに感謝します。響き合うものを覚えます。
* 文藝春秋の寺田英視さんから選集「発行人」秦建日子の留守中へ電話が入ったと。寺田さんは、「湖の本」制作のために、二十八年前、凸版印刷をご厚意から紹介して下さった恩人である。
☆ 拝啓
「選集」 誠に有難く拝受。装丁・造本共にしつかりした御著書を手にし、「三輪山」の題名にひかれ、改めて拝読して昭和十七年秋、折口信夫先生に連れら
れて五日間、大和を歩いた万葉旅行を思ひ出したりしました。中学生の時は古寺の仏像と古建築に魅かれ、山城、大和を歩きまはりましたが、齢九十を過ぎあち
こちを患ひ、家にとじ籠つて、あゝ歳はとりたくないものだと思つてゐます。
葉書で失礼いたしました。 大久保房男
* いつも鄭重にお声をかけていただき、有り難う存じます。
☆ 冠省
秦 恒平選集第一巻、ご刊行まことに おめでとうございます。早速、ご恵贈にあづかり、本日、無事落掌いたしました。有難く感激の極みです。
厚く 御礼申し上げます。
先生のご本の中に、また大きな宝物が加わりました。格調高く、しかも堅牢で、私家版としても、個人選集としても歴史的な出版と存じます。井口哲郎氏の刻印による表題は、此の選集に相応しい重厚な表情を表わしています。
作品はそれぞれに懐かしく、初出時、本・誌を求めて書店に走ったことが昨日のことのように想い出されます。
本文にはルビが付されていて読みやすくなったようで 時間をかけて拝読させていただきます。
有難うございました。
機会がありましたら 上京して祝盃をと楽しみに存じて居ります。
季節柄、先生も奥様も 建日子様もお揃いでご健勝にと存じあげます。
なお甚だ失礼ですが、選集ご出版のお祝いに 心ばかり同封させていたゞきました。どうぞ お納めください。
御礼のみにて失礼致します。 敬具 和歌山 三宅貞雄
* 五十歳になったとき、三宅さんは私の『四度の瀧』と書誌・年譜・年表を一冊に、精工舎等で目のさめるような美しい特装限定本を出して下さった。題字は谷崎潤一郎夫人、装画は森田曠平画伯、装丁は出岡実画伯だった。まっさきに大江健三郎さんから感嘆の手紙をもらった。
久しく久しい読者で友である。感謝しています。
☆ 御本をありがとうございます。
謹啓 秦恒平 様
思いがけずもすばらしいご本を頂戴いたしました。
玄関先で郵便局の方から手渡された家内が嬉しい悲鳴を上げました。
思い起こせば40年以上も前、音楽大学のキャンパスで生意気な文学論などを語らって以来、秦恒平という作家の本は、私たち夫婦の数少ない共通の愛読書でありました。
家内は歴史書や評論を、私はSFや紀行文などをもっぱら得意ジャンルと心得ておりましたが、正月休みのたびに私が開くのは『冬祭り』 「そん
なにもてるわけないわよねぇ?」などと笑う家内のことばに生返事をしながら、私は、蛇の化身や、凍てつくロシアの風景に思いを馳せていたものです。
やがて新聞紙上で「湖の本」発刊を知り、これだけは全部読みたいね、と躊躇無く会員となりました。爾来28年、今では共に老眼鏡の上から相手の顔をうかがいながら、活字を拾っております。
音楽を聴けばその演奏者や作曲家を識りたくなる。一方でそんなものはどうでも、音だけを纏(ひろ)っていたいという、その二つの想いのハザマ
に身をおきます。文学には無論門外漢ではありますが、作品の世界だけに浸りたい気持ちと、その作者のひととなりにまで惹き付けられ同化したいと恋情のよう
なものがあるのでしょう。
どちらが良いも正しいもなく、ひとのココロに触れる作品は、繰り返し聴き読むたびに、ある座標が定まってくるものと思われます。
家内は更新されるたびにHPを読み、私は「作者のことなど知りたくない」姿勢を確立しておりました。
思えばこれも、はたから見れば同業者の夫婦が、個としての姿勢を護り、併せて、夫婦としての生活をも護るための生き様であったに違いありませ
ん。本の読み方、ニュースの捉え方、等々すべての生活に30余年の仕組みと積み上げがあること、語るほどのことではありますまいが。
それでも、互いの言葉の端々に、ガーデニングに没頭する家内の、剪定時期やら肥料の配合、はてはチューリップの学名やらが、レンガひとつ動か
すことのない亭主の心の一画に浸潤するのはやむなきこと。耳をふさぐのも大人気ないと知らぬ顔をしている間に、いつの間にやら門前の小僧。
いわく「ハタコウヘイはこれこれこんな歌舞伎を観に行った」とか「グルメぶりもほどほどにしないと奥さんも大変よねぇ」と、仲良しの叔父の話題を振るかのよう。
おかげで、先日奥様より配本ミスを確認するお電話を頂戴したときに、「え? コウヘイ先生の奥様ですか!」と慌てて受話器を渡した家内は開口一番
「あら! ミチコさん?」
作家や政治家をセンセイ呼ばわりすることなど金輪際あるまい、という私のアイデンティティの脆さを噛み締める間もなく、「ミチコサン」とは何事ぞ!
何をかいわんや、でも何もいえない。いつの間にやら「妖しげな物書きの叔父貴」
そして二日前でした。
「今度こそあなたが書いてちょうだいね」
「おいおい、マツコ風とか江戸落語風になら書けようけれど、まともなお礼状なんぞ書けるもんかよ! 叔父貴への陣中見舞いとか、近況報告でいいなら書くが、四の五の文句は言わねぇな!」
さすがに「よぉオジキ! 開くのもったいねぇような本、ありがとな、でもカラダぁだけは大事にしてくれよ」とは書けますまい。それでも40年来夫婦の生活の一部になっている作品群と、その作者に、それ以外の言葉は思いつかないでおります。
奥様もどうぞご大切に。 鎌倉市 橋本靜一・美代子
* 不徳・不埒のカタマリのような私だが、このご夫婦のような多年の「いい読者」に励まされてきたのです。感謝も感謝。嬉しいことです。血縁に恵まれなかった私に、こんな嬉しい新しい甥や姪が出来た。なんという……
☆ 謹啓
新緑の候、我が家のベランダからも濃淡さまざまにいろどられた山なみが眺められます。
「秦 恒平選集第一巻」を早速にご贈呈賜わり誠にありがたく心よりお礼を申し上げます。もったいなくて涙が出るほどに嬉しく存じました。
秦さんの「私語の刻」からは多くのことを教わりました。おかげ様でこれまで読んでいなかった作品に触れることができ、私の日常が大変ゆたかになった気がしています。
秦さんに出会うことができた幸せをしみじみと感じています。陶淵明全集(岩波文庫)を求めて少しずつ読もうと思っているところです。
ご平安をお祈りしています。 敬白 岡山市 有元毅
* 南イタリアのすばらしいワインにお手紙を添えて下さった。ワインも嬉しいが、お手紙が身に沁みる。久しく、歳々に移りゆく季節をどんなに心嬉しく励まして戴いてきたことか、言い尽くせない。心新たにお礼申し上げます。
☆ 陶淵明 連雨獨飲
運生は會(かなら)ず尽くるに帰す、
終古 之れを然りと謂う。
世間に松喬有らば、
今に於て定(はた)して何(いづ)れの間(かん)にかあらん。
故老 余(わ)れに酒を贈り、
乃ち言ふ 飲まば仙を得んと。
試みに酌めば百情遠く、
觴(さかづき)を重ぬれば忽ち天を忘る。
天 豈(あ)に此(ここ)を去らんや、
真に任せて先んずる所無し。
雲鶴 奇翼有り、
八表をも須臾(しゅゆ)にして還(めぐ)る。
我れ玆(こ)の独(どく)を抱いてより、
僶俛(びんべん)すること四十年。
形骸は久しく已(すで)に化するも、
心在り 復た何をか言はん。
生あるものは必ず死滅する。これは昔からそのように言われてきたことだ。この世には赤松子や王子喬のような仙人がいたというが、今日いったいどこにいるのだろう。
長老が酒を贈ってくれた。なんと、これを飲めば仙人になれるという。ためしに飲んでみると、なるほど、わすらわしさの数かずが遠く去ったような気がし、さらに杯をかさねると、たちまち陶然として忘我の境地になった。
いや、仙人の住む天界も、この境地からさほどへだたったものではあるまい。まさに天真そのもの、天とぴったり一体となり、ふしぎな翼をもった雲間の鶴が一瞬間に宇宙をかけめぐったような気持である。
わたしはこのような個性を抱きつづけて、つとめ励むこと四十年、肉体はもう衰えてしまったけれども、天と一体の心はまだ失ってはいない。それで十分であって、これ以上何を言うことがあろう。
* 形骸は久しく已に化するも、心在り 復た何をか言はん。
* 五箇荘から、故国の清酒三種六本を戴く。「試みに酌めば百情遠」し。
☆ (妻宛て 義妹より)
素晴らしいご本『秦恒平選集』第一巻をご送付下さり 有難うございます!
限定版なのに 私にまで頂いていいのでしょうか? 価格も書かれてないので 少し困っています。
それにしても 体調の良くないなか よく頑張られましたね。
シンプルな美しい装丁で、上品な濃紺の色も素敵です。きっと佳い布を使われているのでしょうね。手触りも素晴らしいです。
活字も読みやすい大きさと形、しっくりとした紙とその色…とさすがです。
そしてあのデッサン! どうしてこのように描けるのか 改めてしばし眺めてしまいます。
お二人とも 今はほっとされていることでしょう。妹として何もお手伝いせず、申し訳なく思います。
私も これから大切に読ませて頂きます。
とり急ぎ、御礼まで迪っちゃんにメールします。
秦さんには くれぐれもよろしくお伝えくださいね。
貴重なご本を本当に有難うございました。 藤沢市 琉
お二人共、お体を大切になさって下さい。
* 神秘的といえるみごとな画筆と画境に住んでいる義妹。詩集ももっている。去年、何十年ぶりかに再会した。妻とはひっきりなしに交信している。「湖の本」も応援してくれている。
☆ 秦恒平様「選集」誠に有難く。
突然 「ポストに入らなかったので」と郵便局の方が店に上がってこられ 受け開け見てびっくりです。
選集第一巻の完成おめでとうございます
貴重な一冊を 母(=亡き叔母けい子)と私へ送っていただきありがとうございます
添え状 いつも見られた線の躍りがない風なのは 長い病との並走 ぜひぜひお身体お大事に。
文尾に ご笑納下さい などと秦さんらしくもない
「作」を観よ と読ませていただきます
重ねて ありがとうございます。 木津川市 実父方従弟 孝
☆ 素晴らしいご本をありがとうございます。
この度は、ご立派な選集のご出版まことにおめでとうございます。
先ほど郵便局の方が届けてくださいました。飛び上がるほど嬉しいのですが、こんな貴重なご本、私が頂戴してよろしいのでしょうか。
本当に素晴らしいご本でしみじみと眺めています。
宝物が一つ増えました。
大切に読ませて頂きます。
本当にありがとうございました。
奥様共々お大切にお過ごしくださいますよう。 京都 養母秦従妹
みち
* わたしは人さまのご厚意を存分に戴きながら、怠惰にも、ほとんどモノを差し上げたり贈ったりする習いを持たない、出来るのは著書に限られ
る。ほんの稀にお茶をなさる方に叔母から伝え持ってきた茶道具を差し上げているのが例外に属するか。妻には、しばしば衣服などを見立てて勝手に買って帰っ
たりするが、それはわたしの趣味に類し、しかも絶対的に見立てに自信があり、事実似合わなかったりしたことは一度も無かった。
そのほかは、子供達にもことごとしくプレゼントなどということを習いにしなかったし、お互いまるで気まぐれにしかもごく些少の品を、時に互いの古着などをやりとりするだけ。むかし、娘がマオタイ一瓶を買って帰ってきたなど、まことにめずらかに嬉しい土産だった。
要するにわたしは一心に本を書いて出して、なかば押しつけがましく 人さまに差上げる以上の何もしない、できない人なのである。それとても湖の本本は読者のみなさんにお買いあげ頂いている。なんという果報者であるか。
☆ ご無沙汰しています。お元気ですか。
私は様々な忙しさに加えて体調コントロールの難しさから、今年になっての記憶すらはっきりせず、春が過ぎました。
こういう時期なのでしょう。ただただ時間のあることが嬉しい最近です。 用賀 珠
* 大事に静養されますよう。
* 「湖の本120」を入稿した。気がついた、連休中だったが。ま、いいか。
* 夕方に夫婦二組で会う約束が流れ、その分、力仕事や書き仕事に精出していて疲れた。久しぶりにピザなど取り寄せたが、食欲もうすく、一時間ほど寝入っていた。
* 四日も連休で郵便局が使えないのに、閉口。用事が停滞している。今度の本は一冊一冊の包装がたいへんな手間で、妻が器用に工夫してやってくれなければ
わたしなら途方にくれたろう。ま、それとても晩年の一と景色と想えば幸せなことだ。「抱き柱」は抱かない、成るがまま有るがまま、それを受け容れ、たとえ
苦労でも楽しむようにしている。
* 五月二日 金
* 起
床10:00 血
圧135-68(61) 血糖値99 体重68.4kg
夜中右脚が攣ってこまった。起きて歩いて倚子に腰掛けて緩和。
☆ 早、
欅の新緑に移りました。ご体調その後いかがでいらっしゃいましょうか。
この度は立派な選集のご出版、まことによろこばしく、心よりお祝い申し上げます。又、早々にご恵与いただき、ありがとうございました。(中略)
平素の失礼をお詫びいたします。
略儀乍ら一言 拝受御礼のみ申し上げます。 竹西寛子
* 新潮社の新鋭書下しシリーズで『みごもりの湖』が出たとき、竹西さんが対談で花を添えてくださった。あのときが初対面で、後に有楽町の大ホールで源氏物語の対談をしたり、折りにふれ珍しいご馳走を送って戴いたりしてきた。
心より日々のご平安を、御健勝を祈ります。
☆ 前略
たった今、何とも素晴しい御本をお届け賜りました。 唯々、嬉しく有難く、感謝の念で一杯です。
実は、昨日、ふと目にした新聞記事を切り抜いてはみたものの、斯んなのをお送りするのはどうかなあ…と案じて居りました処に、インターフォンが鳴りまし
た。受け取って唯々びっくりです。ほんとうに有難う存じます、 で 取り急ぎ御礼の言葉と共に勇気を出して(?)切り抜きを同封申し上げました。どうぞ
失礼をお許し下さいますようお願い申し上げます。
日々お平らにお過ごし頂き、二巻三巻と恙なくご上梓なさいますようお祈り申します。
取り急ぎお礼まで。 失礼をお許し下さいませ。四月三十日夕 京下鴨 文
* 比較的母校同志社に冷淡な顔をしてきたわたしだが、長編『みごもりの湖(うみ)』は、同志社大学時代を色濃く反映し記念した作になっている。物語に気
をとられていたが、今度再三再四校正読みしていて、これは同志社という空気を囲い込んでいたのだと心底思い当たった。「文」さんの手紙は私と妻とへ連名で
書かれている。妻の親友なのである。
切り抜きの新聞記事にも驚いた。
祇園石段下の元市立弥栄中学は、新設の第一年昭和二十三年に私の新制入学した母校だが、過疎化のあおりで近年に廃校されていた。その旧母校が、再来年の
開設予定で「漢字博物館・図書館」に成るのだと。驚きもし、なにかほっとした気持ちにもなっている。わたしは事実上の第一期生で、卒業まで生徒会を代表し
つづけていた。おー、そういうことになったか…。感慨深い。場所はすこぶる良い。いい働きが出来ますように。
* 静岡大学の歴史学小和田哲男さんからも「恐々謹言」の葉書が届いていた。
平成二十六年(2014) 五月一日 木
* 起
床7:30 血
圧133-68(60) 血糖値88 体重68.6kg
☆ みづうみ、お元気ですか。感謝。
選集第一巻の完成おめでとうございます。見ても読んでも、別格に美しいご本に仕上がったことでございましょう、と書きはじめていましたら、ポストに入らなかったと郵便局の方が玄関先に重たい一冊を届けてくださいました。
もどかしく包装をとくと、想像していたよりさらに美しい、思わずため息のでるようなご本が現れました。函からすっと出しやすく、頁もめくりやすく、開いてしっかりしていて、字体も字の大きさも、本好きの人間には理想的、そして濃紺に金の刻字の見事さったら……。
ここに初めて、みづうみの絶佳の名作『みごもりの湖』『秘色』『三輪山』に真にふさわしい装丁の、まるで美術品といいたくなる、品格ある選集が完成したのだと思いました。文学を愛する人間にとってこの一冊こそ垂涎の的でしょう。何度も抱きしめています。
選集の創刊を知って以来、もちろん欲しいと熱望していましたが、数に限りがある稀少なご本と思っていましたので、嬉しいを通り越して、胸いっぱいです。一生の宝物です。みづうみ、ほんとうにありがとうございました。
取り急ぎ御礼を。 茂 茂山に在り隠然と古道場 松本たかし
* 十七八年、何萬枚にもあまるホームページの全日乗「闇に言い置く 私語の刻」を主題に分解し整理して下さったことは、どんな感謝をもってしても報いきれない。あらためてお礼申します。
* 昨夜遅くに建日子が隣へきて泊まっていた。今朝、記番第二の選集@を手渡した。喜んでくれた。
天気も晴れやかになり、注文の読者や寄贈先への発送を再開した。
凸版印刷からの請求見積もり書も届いた、記番本150部とごく若干著者本を合計して、消費税込み183萬円ほど。(郵送料は各册350円)。ま、この分
なら、小説だけで予定の非売二十巻、日頃無益な贅沢を慎んで暮らせば、また体力気力が続くならば、老夫婦一期一巻の覚悟でなんとか進捗できるかも。幸い、
秦建日子も幾分か支援してくれるという。有難い。いっそ建日子には、もし父が死んで仕残したとき、可能ならアトを引き承けてもらえれば、などと内心甘えて
いる。
☆ 秦 恒平様 ありがとう存じます
此の路やかのみちなりし草笛を
吹きて子犬とたわむれし路 (阿部 鏡=秦 恒平生母)
何と申し上げていいのやら、言葉が見つかりません。
お母様の歌碑の前にご恵送賜ったご本をお持ちし、ご報告し、お祈りしてまいりました。
ご縁とはいえ、格調高いすてきな玉著こころより御礼申し上げます。
自転車でも行ける山裾に、これからは度々ご報告にと涙ながら何やら嬉しゅうございました。
五箇荘図書館へも行ってまいりました。下記の宛名です。担当の方が恐縮しておられました。
〒529−1421
滋賀県東近江市五箇荘竜田548
五箇荘図書館 ****様宛 です。
先ずは取り急ぎ御礼まで。
どうかどうかご無理をなさらずに・・・。お母さまからです。 東近江 五箇荘 川島民親拝
* ありがたいことだ。
故郷を石もて追われた生母阿部ふく(歌名 鏡)のためにものちにわたしの異父長姉川村千代が、母ふくの歌一首を刻して佳い歌碑を建ててくれていた。川島
さんは五箇荘の人、早稲田を出て、のち、故郷に帰って創作もともに郷土愛の仕事に精出されている。「ペン電子文藝館」に所収の「わたしの昆虫記」は傑作で
ある。お宅に、何度か泊めて戴いたこともある。
* 建日子、選集@50册を持って帰った。本の出来映えに、「発行者」として満足げであった。
☆ あっという間に、
五月です。七十過ぎの旅を、京都や東北の春満喫の四月でした。
『湖の本119』御礼遅くなり失礼申し上げました。
2005年の小泉政権が、今のアベ内閣につづくことに唖然、恐ろしささえ感じます。
お変わりない読書に感嘆しつつ、ペンクラブの品格の希薄さを歎かざるを得ません。大岡信、竹西寛子、中村真一郎、山本健吉氏等々の理事会不在、良い意味での文壇がなくなったこと、淋しい限りです。
新潟・村上の「町起し」の市民だけの粘りある活動の興深さを知り、元気づけられました。
御健勝をお祈りいたします。 元出版部長 義
* 色川大吉さんに頂戴した『追憶のひとびと 同時代を生きた友とわたし』 を読み終えた。他人様の知人等の話を読み通せ
る物だろうかと思っていたが、色川さん造語である「自分史」という視座の確かさにひかれ、加えてわたし自身にも心親しい人たちの名前も散見されて、不思議
に懐かしく全部読み終えた。『六十年代の主役は若者だった』というやはり色川さんの本を、わたしがその六十年代の若者の一人だった自覚もあり面白く励まさ
れて読んだ記憶があり、それとの自然な推移と接合の感覚がもてた。
歌人の玉城徹さん、作家の井上ひさしさん、同じく松本清張さん、辻邦生さん、木下順二さん、つかこうへいさん、など、皆さん、大なり小なり接触や校章や敬愛がわたしにも合った。同時代人と感じていた。
高峯秀子、淡島千景、北林谷栄、千田是也らも、まるまるの他者ではありえなかった。
小田実、三島由紀夫、宮田登、奈良本辰也、網野義彦といった人たちにもわたしなりに強烈に接してきた。
なるほどなあ、人は人とふれあい、はじきあい、はなしあい、泣き笑いしながら一生をいきるのだ、そして「死なれる」「死なせる」のだ。それでも、いや、だからこそなお生きて行く。
☆ 「ベンジャミン・フランクリンは実にズバリとこう言っている、「余暇とは、何か有益なことをするための時間である」と。これを特筆しているのは、例の、ヒルテイである。
老子も荘子も、そうは言わない。あるいはその「有益」の意味も重みもはっきり異なるであろう。
* 新しい「湖の本120」の入稿用意をすすめていて、十一時をまわっている。眼はすっかり霞んでいる。