招待席
うえだ びん 詩人 1874 -
1916 東京に生まれる。明治二十八年(1895)「帝国文学」創刊に加わり海外文学の紹介に努め、明治三十八年(1905)刊の訳詩集『海潮音』(本
郷書院)はイタリア、イギリス、ドイツ、プロヴァンス、フランスの詩をあつめ、ことにフランス象徴詩の紹介は後進に新鮮かつ多大の感化を与えた。掲載作は
その抄出。 (秦 恒平)
海潮音
抄 上田 敏
薄暮の曲 シャルル・ボドレエル
時こそ今は水枝(みづえ)さす、こぬれに花の顫ふころ、
花は薫(くん)じて追風(おひかぜ)に、不断の香(かう)の爐に似たり。
匂も音も夕空に、とうとうたらり、とうたらり、
ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦(う)みたる眩暈(くるめき)よ。
花は薫じて追風に、不断の香(かう)の爐(ろ)に似たり。
痍(きづ)に悩める胸もどき、ヰ゛オロン楽(がく)の清掻(すががき)や、
ワルツの舞の哀れさよ、疲れ倦みたる眩暈(くるめき)よ、
御輿(みこし)の臺をさながらの雲悲みて艶(えん)だちぬ。
何の苦もなくて、牧草(ぼくさう)を食(は)み、身に生ひたる
羊毛のほかに、その刻(とき)来ぬれば、命をだに
惜まずして、主(しゆ)に奉る如くわれもなさむ。
また魚とならば、御子(みこ)の頭字(かしらじ)象(かたど)りもし、
驢馬ともなりては、主を乗せまつりし昔思ひ、
はた、わが肉より禳(はら)ひ給ひし豕(ゐのこ)を見いづ。
げに末つ世の反抗表裏の日にありては
人間よりも、畜生の身ぞ信深くて
心素直(すなほ)にも忍辱(にんにく)の道守るならむ。
落葉(らくえふ) ポオル・ヱ゛ルレエヌ
秋の日の
ヰ゛オロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。
鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。
げにわれは
うらぶれて
こゝかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉(おちば)かな。
嗟嘆(といき) ステフアンヌ・マラルメ
静かなるわが妹(いもと)、君見れば、想(おもひ)すゞろぐ。
朽葉色(くちばいろ)に晩秋(おそあき)の夢深き君が額(ひたひ)に、
天人の瞳(ひとみ)なす空色の君がまなこに、
憧るゝわが胸は、苔古りし花苑(はなぞの)の奥、
淡白(あはじろ)き吹上(ふきあげ)の水のごと、空へ走りぬ。
その空は時雨月(しぐれづき)、清らなる色に曇りて、
時節(をりふし)のきはみなき欝憂は池に映(うつ)ろひ
落葉(らくえふ)の薄黄(うすぎ)なる憂悶(わづらひ)を風の散らせば、
いざよひの池水(いけみづ)に、いと冷(ひ)やき綾は乱れて、
ながながし梔子(くちなし)の光さす入日(いりひ)たゆたふ。