招待席

さがわ ちか 詩人 1911 - 1936 北海道に生まれる。 二十五歳で病没後に伊藤整らにより大きく見いだされた。掲載作は伊藤の編纂に成る昭和十一年(1936)没後の『左川ちか 詩集』昭森社刊に拠る。 (秦 恒平)




 雲のやうに 

  左川 ちか




果樹園を昆虫が緑色に貫き

葉裏をはひ

たえず繁殖してゐる。

鼻孔から吐きだす粘液、

それは青い霧がふつてゐるやうに思はれる。

時々、彼らは

音もなく羽搏(はばた)きをして空へ消える。

婦人らはいつもただれた目付で

未熟な実を拾つてゆく。

空には無数の瘡痕がついてゐる。

肘のやうにぶらさがつて。

そして私は見る、

果樹園がまん中から裂けてしまふのを。

そこから雲のやうにもえてゐる地肌が現はれる。