招待席
のぐち よねじろう 詩人 1875 - 1947 掲載詩は、編輯者が愛唱の一編、「三田文学」大正十五年四月号に初出。(秦 恒平)
われ山上に立つ
野口 米次郎
かくてわれ山上に立ち、
生命と沈黙の勇者……勝ち誇り、
空に眼(まなこ)をむけ、突立ちあがり、
没せんとする太陽(ひ)を見て微笑み、麗しく悲しき告別を歌ふ。
夕(ゆふべ)は神秘にてわれをとり巻き、
その香気は伝統の如くかんばし、
ああ、われにしのび寄る諸々の思想は、
譬ふれば、外国(とつくに)の微風(かぜ)の如く或は蛇の如し。
人若(も)しわが山上の姿を見なば、
静に飛ばんとする詩神にて、
われに黄金の快調あり気高き風貌ありといふなるべし。
げに、われは都会の剣(つるぎ)を嫌ひ、
その狂暴なる威嚇をののしつて立つものなり。
太陽(ひ)は重も重もしくはるかに沈み、
甘き誘惑と暗明の手にわれを残しゆく。
夕はながながとその影を払つて西方へと過ぎ、
西方へ過ぎゆく夕と共に、樹木の長き影は消ゆる……
如何に無言に沈黙の歌はわが魂にしのび込まんとするよ。
われは、蟋蟀の間、
星が歌に響かする幽玄のなかに依然として立ち、
如何に柔にその身が夕に鎔けゆくかを見んとするなり。
月は徐々として上る……わが影は
夢の如き夢の逍遙を地上に描く。
空に微笑み無言の歓迎を述ぶる一箇の人間あり、
そはわれにあらざるわれなりと知り給へ。