「e-文藝館=湖(umi)」 詞 華集 寄稿

でぐち こじょう  俳人 1924.1.21 山口県に生まれる。 下 関市在住の俳人。田村木国、上村占魚に師事し、占魚没後は独行の間に飄逸の境涯を深め、「空居」を主宰刊行しつつ、宇佐、国東等の風土記探索にも余念ない という。湖の 本の読者。日本ペンクラブ会員。 掲載五十句は、平成二十一年(2009年)八月「e -文藝館=湖(umi)」のために近年の作より自選。





  老いの遠巻き

   出口 孤城



帰漁する日を黒板に春立てり

来し海猫に汽笛をもたぬ舟ばかり

裏山の裏打つ怒濤ねはん西風(にし)

紅滲む墓石の肌やねはん西風

都府楼の礎石のなかで凧を揚ぐ

みな少年凧を揚ぐるも見守るも

礎石より低き犬つれ青き踏む

さへづりや禅寺に脱ぎし登山靴

石庭に開けし障子は雛(ひいな)の間

引く鴨の落しし声を石庭に

卒業歌一羽の雀砂を浴び

山笑ふ子供の如露を繪だが提げ

岬山はまどかや離れゐて笑ふ

遠足は塗香(づかう)合掌列正し

遠足の列に塗香の筥小さし

塗香の手嗅ぎあひて遠足の去る

干白子瞳寄せあひ日に乾く

手袋の白子にまみれ脱がれあり

柚子たらしもてなす白子手に解す

白子食べし指を拭きつつ去るも旅

妻が出て迎ふ帰漁の沖おぼろ

岬果ての四五戸の櫻舟に散る

釣りふける竿に崖より散るさくら

ひこばえの櫻の咲くに海の音

散るさくら坏をおきたる襟もとに

岬に酔ひ湖畔へといざ櫻狩

雲間の日御陵にさせば祭笛

振袖太夫若く笑み立つ潮青し

蝶のあと神鏡へ踏む八文字

瞳きらり外八文字踏み終る

傘留の下向の胸に船汽笛

麦秋の岬の裏みち表みち

焼却も終りの舟と麦の秋

谷わたる日に脱ぎつづく竹の皮

瀬の音に若竹もれてちる日ざし

馬頭観音供花の瑠璃より道をしへ

真言の竹の貸杖ほととぎす

串しなひ湯気の田楽ほととぎす

同じ手の地蔵胸当ほととぎす

夏至の浮標潮の止りに灯点れる

夏至の引き潮のちからの舫ひ綱

舫ひなきとも綱杭のさみだるる

さみだれを門司へとすぐに返す船

墳山は海霧の暗さの蝉しぐれ

蝉はげし狛も阿吽をはげしくす

草刈に下りる空堀径見えず

空堀に下す梯子や草刈機

手紙読みあふか遠くの草刈女

振り下す抜身のひかり夏神楽

山車解くを名残りと老いの遠巻きに