｢e-文藝館=湖
(umi)｣ 詞華集
でぐち こじょう 俳人 1924.1.21 山口県に生まれる。 下
関市在住の俳人。田村木国、上村占魚に師事し、占魚没後は独行の間に飄逸の境涯を深めつつ、宇佐、国東等の風土記探索にも余念ないと聞く。湖の
本の読者。日本ペンクラブ会員。 掲載百句は、平成十五年（2003年）九月｢e
-文藝館=湖(umi)｣と「ペン電子文藝館」のために近年の作より自選。
矍鑠 (かくしやく)
出口 孤城
苗床の残りの松に初日ざし 新年
若潮を汲むに一火を焚く礁(いはほ)
初東風(はつこち)や尻逆立てて鴨餌ばむ
年祝(ほ)ぐに女人醸(かも)しし球磨(くま)の酒
上々の燗に骨頂年の酒
読初を擱(お)きふるさとの地図拡ぐ
繭玉は垂れひれ酒の鰭(ひれ)は立ち
早鞆を落す操舵を初湯より
立春の新造船を吊り卸(おろ)す 春
矍鑠(かくしやく)の字に虫眼鏡春立てり
鈿女命(うずめのみこと)目借時なる目もて舞ふ
野師(やし)の妻茶髪(ちやぱつ)と雨に春惜む
白子干す湯気を攫(さら)ひてねはん西風(にし)
一燈のマスト難航黄砂降る
黄砂降る破船は金具みな剥がれ
青き踏む敷干す網の間(あひ)もゆき
桜狩土佐犬は舌地に垂らし
桜狩機織る音も聴きに寄る
日に透かし笊を選べり春祭
竹笛をならべて売れず春祭
廃墟炭田地下や観音御開帳
大薬鑵ならべ甘茶の番置かず
海猫来たる河心県境海へ入る
粢餅(しとぎもち)搗くに巣藁を曳いてとぶ
嘴(はし)の餌(ゑさ)はなさず蹴合ふ親雀
鳥雲に膏薬ぬくき土踏まず
渾身に跳びつぐひかり鮎上る
染工房をみなばかりの花明り
花満地浴女の絵ありルノアール
石敷の流れうすきに花筏
噴水にさくら散りこむ日を船出
琴つくる桐の削り香夏至の雨 夏
暦日や夏至の翠微に硯彫る
涙ぐむもおらぶも灼けて石羅漢
大南風(おほはえ)や寄木ゆるみて立つ神馬
岬をゆすり南風(はえ)川尻を押しあぐる
発言はせじと炎天ただ出席
大旱を笑ひ転勤発ちにけり
夏山や遷化(せんげ)土葬を舁(か)きゆけり
夏潮の満ち干はげしや一世閉づ
瀧を背の父ははを撮るふと羨(とも)し
笊に梅枯泉水(かれせんすゐ)の底に干す
空が呼ぶ耶馬の雨霧洗ひ鯉
扇の字指なぞり読み仲の好(よ)き
われの座と団扇に念珠置かれあり
日焼なく夜漁もはらに美青年
週休の舟の日除(ひよけ)に鷺下りる
端午祝(ほ)ぐ蔵元継ぎし初しぼり
舵棒を締めあげて山車(だし)固まりぬ
鬨(とき)あがりいつ気に神輿肩に乗る
祭足袋諭吉旧居に近く干す
打水に尿を報いて唖(おし)の蝉
すし詰を吐く豊漁の鰻筒
門柱に牡丹をあげて渡御(とぎよ)のみち
秋の風鈴鳴るをしまひて旅に出づ 秋
航終るつるべ落しに水脈(みを)を消し
秋晴や橋の左右はへんろみち
使ひみちなき紐つなぐ秋の風
野分吹く樹下玄室に壁画みる
夜霧に灯明日へ渡船の洗はるる
窯場みて新酒へ回る案なりし
耳描かず耶馬の瀬鳴りに立つ案山子(かかし)
羅漢寺へ雀とびこむ威(おど)し銃
豊年の採れたてとあり粟おこし
わたる日のこぼししは蝶崩れ築(つき)
拝(をろが)むは出湯に見し顔秋へんろ
絶壁に影立つ墓を洗ひをり
黒き腕貫に掃苔ひとりせり
船下りる乗るにも鹿に見詰められ
修学旅行目に追ひ乳を飲ます鹿
お旅所のありて四五戸や猪(しし)を狩る
雁(かりがね)や護符に縁起の松落葉
秋の蝶越ゆれば影も礎石越ゆ
滴(したた)りへのびし梢の法師蝉
白ひと茎和上墓域の彼岸花
火渡りの火に厳島(いつくしま)黄落期
日いゆく西へ風癖銀杏散る
冬日はじく燈台の錠ステンレス 冬
古墳丘しぐれのひまを猪(しし)歩く
発掘の手にせしものに雪のとぶ
雪のとぶ発掘に箆(へら)音もなし
山眠りたんぽぽ絮(いと)を離しけり
園枯れて陶榻(たうたふ)の白すぎるなり
船外機濡れ拭きとつて注連(しめ)飾る
裏返しみては裏白択(えら)み刈る
絵巻めく几帳ぬちなる牡丹鍋
鴨猟の解ける日と記し旅誘ふ
神官を乗せ鰤敷へ船奔る
水軍の島を固めの牡蠣筏
牡蠣船の畳廊下の舳(へ)に至る
牡蠣船に酌み大土佐へ夜を戻る
描きくれし絵のわが顔も年の豆
聖夜見きコンテ自画像使徒の顔
素描展暮るる聖夜へ灯を消しぬ
茅(かや)に指切りし血を舐め笹子聴く
波音のひまの笹鳴き夕まぐれ
笹鳴きや束子(たはし)吊して洩る蛇口
波裏が表となりて鴨のゐる
私語やめよ耳に観るべし寒牡丹
大冬木走り根に添ひ触れにゆく