「e-文庫・湖(umi)」 詞華集

作者は歌人。現代のもっとも力有る歌人、敬愛する歌人のお一人である。この歌人の五十首を、また、またまた、幾重ねも欲しいと待ちわびてき た。今回自撰歌の、どの一つ一つも倶にわたくしの老境にも鳴り響いて、胸に熱く、かつ寂しい。だが、老いも独りも病いも、また相対の幻かと想いうれば、な おもなお若やいで力ある、愛もある残年が華やいで燃え立とう…か、しょせんは生まれて死なれて死なせもして生き抜かねばならぬ人間の悲しみ或いは喜びと思 いつつ、終えてゆければいいのかも。「八月の蝉」という題には「晩夏」に被さり「八月十五日」がひたひたと沈透(しず)いて在ると想っている。耳を澄まさねばならない。
 あえて反歌を献ずるなら、
  蝉よ汝 前世を啼くな後世を啼くな いのちの今を根かぎり鳴け   と。  秦 恒平   2016.09.24 寄稿掲載







    八月の蝉    東 淳子



祝祭の花火のごとく敗戦のかの日の蝉がはじけ鳴くなり

輪郭の白き晩夏の雲湧きて死者がますぐに近よりてくる

無の力ありとしるべしうつし身のわれを支へてくるる死者たち

ふり仰ぐわれの頭上に九天は絶対といふ力をもてり

かの人の煙となりて昇りたる天上界の果ての蒼蒼

蒸発といふ死もありて戦争に散華の父ら骨ものこさず

出征のまま還らざる父たちの木の墓標群朽ちて久しき

無名戦士と一括さるる人達の親の付けたる名はいかにせし

二十歳(はたち)にて戦死をとげし兵士らの未完の時間(とき)を思ひこそやれ

死者達へ手向くるものは花ばかりその沈黙にたれも触れえず

切り株のごとくに低く太く生く戦後の村の働く寡婦ら

文明とかかはりあらぬ暮らしして寡婦らの戦後了はるなかりき

万歳をして男らを送りたる銃後の女(ひと)ら罪なかりしや

被害者も加害者である敗戦の民らのたれぞどなたに詫びし

ごめんではすまぬ過ちばかりなるこの世それにてまかり通れり

とりかへしつかぬ過ちみな過去へ押しやる速さ加速しやまず

戦争も平和もあらね足裏に踏みしめてゐる泥の感触

原子炉の火の燃やさるる地球上逃げ場なんどはなくとも逃ぐる

閉ざしたるまぶたの裏を照らしだす凶火(まがつひ)しかと夢ならず見る

父の亡き子らをつくりし戦争の七十年後を今に父無し

鞠つきにうたひし軍歌の歌詞の意味いまさらわかるとてもなにせむ

日本に戦争のなき七十年戦争しらぬ総理いでくる

終戦を敗戦なりと正したる塚本邦雄逝きて十年  (平成17年)

戦争を知らぬ若者知る老いと明暗濃ゆくかたみを分かつ

戦中の美徳なりにし辛抱が反転したる世の若者ら

辛抱をせぬ子とさせぬその親と親子の顔はかくもよく肖(に)る

戦中に不良少年少女らのいでこざりしときけばかなしゑ

戦中の餓ゑたる子らはそのままに国家の後期老人となる

蝉の声夏より秋へ鳴き移る衰へゆくは澄みゆくに似て

雲ひとつなき蒼天をふりあふぐ今秋今日のただ今のわれ

率川(いさがは)の社(やしろ)の老いし鴉らは昨日のつづきのごとく鳴きをり

刺客ほどの孤独をもちて空なかの住処に独りひんやりと居る

たましひの塵も沈むとおもふまでわが独り居に声をつかはず

たれもみな人間(ひと)は独りをことさらにおひとりさまと分けて呼ばるる

わたくしは所詮わたくし蝸牛やはらかき角いだし這ふ夜も

空なかの部屋にわが身を横たへてしまらく天の月と対きあふ

天の川ほどにも杳(くら)く死者達はつぶつぶ己れ光らせゐたり

勝つことを是とする世にて敗れたる者の寂けき力をおもへ

死者に対き独り言いふわたくしは狂(たぶ)れびとにぞなりたかりける

高層の部屋に射し入る月光の壺中にねむるひとりのねむり

なにひとつ思ひいだせぬ夢などを夜ごと見てゐるわたくしならむ

ちちははの死に顔しらず冥界を粛粛とゆく死者たちの列

生まれたる唯一無二の責任として人は死ぬじゅつなかりけり

死者たちは目を閉ぢしままわたくしを見るからにゆめ忘れがたかる

無防備に素手にわたしは生きゐるとたつたひとりに告げたかりけり

青垣の嶺を日に日にのぼりくる朝日をわれの暦としたり

億年をかけて老いゆく青山(せいざん)に位(くらゐ)負けするわが生も死も

生と死を入るるうつし身 天の鳥水の魚より
ずしりと重し

魚鳥(うをとり)の生(よ)をやさしめばにんげんに家あり死して入る墓あり

死は一語一音をもて簡潔にわれのひと生をしめくくる文字

                                     以上