郵便船


    山田未来穂



ねぎの花


あいにくの雨ですけれど
ここにこうして立っていると
雨が光を連れてきて
ちいさい花びらに
水の光があつまって
朝からしあわせな気持ちです

でもひとつだけ
かなしいことがありますの
あなたいま
わたしのことをごらんになって
なんとおっしゃいました

ねぎぼうず

それはわたくしのなまえではありませんの
みなさんがそう呼ぶだけで
わたしにとってはどなたかよその
とおいとおいなまえのようですわ

ねぎぼうず

おねがいですから
そんなふうにおっしゃらないで
わたしはただの
ねぎの花ですもの
しずかにそう呼んでいただきたいのです




紙の指輪


広告の紙で作った指輪を
ようちえんのむすめが
わたしに作ってくれました

小指にはめていても
忘れてしまいそうになる指輪
洗い物をするとき
はずしておいたら
指輪はわずかな風に
ころころころがっていきました

かみさまの前で
未来を誓ったり
うやうやしく交換されることもない
指輪は紙でできているくらいが
ちょうど良いのです




ひとり


ひとりという鳥がいた
ひとりは飛ぶ
やまへ飛ぶ
うみへ飛ぶ
まちへ飛ぶ
ひとりはひとり
けれど
羽を持っている




郵便船


とおいとおい南の島に
息子がいます
郵便船もこない
ちいさな島です

おばあちゃんも
それからおじいちゃんも
セージも
蔦原先生も
いーちゃんも
やましんも
園長先生もそこにいます

いつかわたしもそこに行きます
夏の夜です
しずかです




修行


牛乳を飲み干せば
ミルク王国の王子になれまする

ミートソーススパゲティを食べれば
ケチャップ王国の姫になれまする

ほれ見なされ
誇らしげに輝くあの口もとを

おや
そこのあなた
そんなにお行儀良く食べているようでは
王子にも姫にもなれませぬぞ

なりふりかまわず食べられるようになるまで
しっかり修行して
出直してきなされ




風は


風は
ゆっくりゆっくり走ってくる
おとうふやさんのらっぱの音をはこんで

せっけんでごしごしこすって白くなった
シャツを乾かして

おでこのあたりに居座りそうな
哀しい気持ちをさらっていってくれる




地ベタリアン


わたしねえ
はやく2年生になりたいの
やっと小学校にあがったばかりの
女の子が言いました

いいぞ
2年生にでも高校生にでも
どんどん大きくなれ
でも地ベタリアンにだけはなるなよ
お父さんが言いました

地ベタリアンになってもいいけど
ちゃんと長ズボンはきなさいね
お母さんが言いました




30さい


かあさんは
あたしがうまれたとき
なんさいだったの

30さいよ
かあさんとあなたは
30さいちがい
あなたが100さいになったら
かあさんは130さいで

そのころはもう
ふたりともおんなじ
おばあさんだねえ




くすり屋のおばあさん


くすり屋のおばあさんは
いつも怖い顔をして
ほうきで店の前を掃いているけど
夜中に毒りんごを作ったりするような
怖い魔女なんかじゃありません

うちの薬はにがいぞ
飲めたもんじゃないぞ
でも効くんだぞ

通るひとに
黙ったまま
そう宣伝しているのです




ときや


知っていますか
和菓子屋さんの横の
細い道を入って
お隣りの家の垣根をくぐっていったところにある
ちいさなお店のこと

「ときや」

藍染めののれんには
白い文字が染め抜かれていて
その名のとおり
時間を少しだけ売ってくれるお店です

いつかの夕方
言えずに飲みこんでしまったことばを抱えたままのひとや
遠い日になくしたひととの思い出が
もう少しだけほしいひとは
こっそり訪ねてみてください

お風呂屋さんが開くころ
そう、町のひとたちが
夕飯のしたくに気をとられているころがおすすめです




(やまだみきほ。1965年東京に生まれる。10代の大半を和歌山県の山村で過ごし、ハンディキャップを持つ子どもたちと関わる仕事に10年。葉書き通信『独楽つぶり・ノート』を発行。2000年、詩集『独楽つぶり』太陽書房刊。短歌結社『炸』所属、松坂弘氏に師事。)