「e-文藝館=湖(umi)」 詞華集
たかさき
あつこ 歌人。横浜市立中学教諭。湖の本読者。日本ペンクラブ会員に推薦した。チャイナモザイクのような歌境
は、編輯者の感性をかなりはみ出ているが、「いづれも私の大切な歌です。50首でひとつの世界をみせるとすると今、これです」と添えられた自負に敬意を表
して。
自撰五十首 千年の終はり
高崎 淳子
きらきらと語りつづくる人のあり星の溢るる稲村ヶ崎 『寒昴』86
掲げねばならぬ旗などないけれどつまりは自己愛少し強くて
家計簿もつけますだから今すこし影も曳きます青春すこし
渡るも愛渡らぬも愛天と地に愛を糺して北十字(ノウザンクロス)
なにもかも私の籠に摘みたくてナズナ・スズシロ・修羅・ホトケノザ
パンドラの箱にひとまずひそませて消えないように燃えないように
飲みくだすワインも嘘も愛のうち トルコ桔梗と都合で呼んで
始祖鳥もタブー・モラルもわたくしもつかのま活きて時代を生きて
父の弾く「菩提樹(リンデンバウム)」一条の木漏れ日のごとわが森を射す
漆黒の髪よピアノよアルゲリッチよ 技巧とは詩情なりき
冬薔薇点して雪降る妻の庭かくもやさしき無念もあるを
風鈴の音にひねもすくらすなり西瓜売り来て吾を殺めよ
まつたうに愛しあひたるいちにんをそもそも夫となしたる不覚 『夜想曲』91
妻は座に執するものとなにとなく思ひしならむロマンチックね
ひさかたの寧楽の三条ひんやりと古墨を選りてやりすごす雨
悩んではみせぬ生き癖わたくしを見せてやさしき男友達
口ごたへせねど言はねどまつろはぬ吾を゙爆弾゛と名づけしは母
茂兵衛とふそば屋のわきを通りぬけ離れられぬと帰りきたりき
逢はばまた天の川など流れゐてそれぞれのこと語る夜ならむ
十勝川かつもまけるも恋なりき人にかよひし心と思ふ 『一の坂川』94
たどりつく駅に待つ人あらなくにわたくしさがしの旅はつづけり
逢ひたいと言はせぬ人の逢ひたさを思ひ旅よりとどけしはがき
しなやかに空をたづねて立葵もはやかくせぬわが思ひ人
もうなにも言はぬと決めし肩ならむ母の紬の花は撫子
瀬をはやみジャズの夜の淵吾が恋の一の坂川空へつづける
馬嵬坡に遭はねばならぬいちにんのこころがひたに声となるまで
万里なす北京青(ベイジンブルー)はなやかにそしてひとりの秋にもにたる
君に逢ふたびにもとめし汕頭のハンカチーフの花を咲かせむ
めぐり逢ひし時こそ素敵陝西に君ありて吾を生かしめよ冬 『バニユエ』98
函谷関越えてとどきて朋よりのこころがともすはつはるの歌
かの日日よならびて画きし静物画父の工学吾が感傷賦
たそがれの文物天地あゆませる吾が影ほどの恋もあれかし
あきらめし冬の幾夜のはてに咲くさくら思へよ興慶公園(シンチンゴンユエン)
魑魅なるか螢なるかと思はする君にひかれて仙游寺まで
潮の香のすこしはとどきここに在る在るは楽しく半月(バンユエ)が在る
つつぬけのつつぬけきらぬ青水無月思ひに闌くる言葉死ぬべく
きくみみをもたぬすずしさアクアリウム外つ国人に手紙をかかむ
ノイシュヴァンよばれしままにさすらひのこころをすつる八月の谷
アレグロに奏してゆけりアマデウスわが夜は染めむシャンパンいろに
逢ひたくて会はずに春の淺水湾レトロに君を恋ふひとときは
相愛より和平を選び三つ撞く君と鐘撞く青龍寺なる
天帝の涙もふりぬ莫高窟ほほゑみひとつ探しに来たり
暁粧のあかきくちびる羅をまとふ菩薩に逢ひて泣く鳴沙山
空は疎にあらず密にもあらずかし秘色の瓷器に立ちつくす夏
支配者も従者もいらぬひとり居を近所の朝顔愛でつつくらす
瑞雲が夢幻時空を飛行する静止に似たり「飛青磁」見つ ∧以降∨99より
しんしんと雪積む音のリヒテルの音もかそけく世紀は尽くる
亡き父が愛妻主義を守りしも合理と思ふ思ひて合掌す
いちまいの小皿の赤絵目に染みぬ陶器装飾(チヤイナモザイク) 暁の寺
恋はず会ふあひて藹藹 千年の終はりの冬の不思議のひとつ
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