私はもう六十歳定年退官していたが、大学院に在籍した作者から、短歌を作ってみたいという
手紙が来たので、読んで感想を言いましょうと約束が出来た。以来、週に一度平均歌稿が届き、
一種一種に感想と批評をワープロで書いては送り返していた。1997年はまだわたしの手元では
パソコンが稼働していなかった。批評に応じて作者が作品に手を入れたのか入れないのか分か
らないが、生まれて初めて、理系の研究室の中で芽生えた作者の歌ごころは、私をけっこう楽し
ませてくれた。「青春短歌大学」の学生として先生として、絆と呼んで差し支え有るまい。 秦

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     歌 -97-
         佐和 雪子


   サブタイトルをつけるとすれば、「落胆の恋」。
   当時の全てだったような気がするので。


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カヤックとカヌーは違うものと説く 色鉛筆でバラ描く君

真下より見上げる夜の東京タワー スカートの中覗いてるよう

君といる月曜の朝のドーナツ屋 なくなってしまえあさいちの講義

君がためカレーなど作りたいと思う まるで普通の女みたいに

洗濯機回す夜 家より電話あり 私の心殺し姉となる

弟よおおいに悩め そして春 私の上を高く越えてゆけ

もがきたる弟の上にさくら舞え 白く輝き匂い立ち散れ

サファイアを18mm角にカットする 今君は雪の街に立つのか

靴を脱ぎ友あぐらかく椅子の上 器用に机の間を泳ぐ

なぜここに今我こうしているのだろう 布団の上にノートひろげて

天ぷらになりたいと思う ダイブして重いコロモよからりと揚がれ

はくまくのおもてのかえす七色の波やはらかく 春の陽ににて

瑠璃色の爪のエナメル濾紙にとけ 部屋に漂うメチルアルコール

かさならずかけはなれてもなし うなりうむ振動数持つ音叉ら

我が身にはただひとつのほか命なく 煮えたぎる雪崩抱え眠ろう

ブラインドの濾過するひかり背にうけて 冬の朝量子力学を読む

指寒し ページ繰る君の修論の謝辞に我の名あるはずもなく

ざくざくと皮を剥ぐ夜のスウィーティー凍れる糖度に体冷えゆく

試写会ののちの夕べは風冴えて てのひらにいまほんとうのふゆ

この朝をしづかにはじめるシグナルはYou have new mailのメッセージ

母の字で封書届きおり ドアまでの距離で言い訳を用意している

立春にプリクラの花に囲まれし女たち 今年25になる

残像を鏡に探す君ありて紅のあせたる我のくちびる

「殿」の文字当然のごと堂々と我の名に続け書きし父の手

電気屋の店先紫の蘭と並ぶしばらくぶりに見るあの犬は遺影

ぽったりと蕾みのころもゆかに落ち みえるはやさで芥子ひらく午後

街頭の円錐の中に降る雪のつかの間のショーをひとり見ている

閉店のスーパーにオザケン流れ来て レジを待つ長き列に加わる

モンブランとムースを好める男あり 甘党なのはその八重歯かも

自らの重みに耐えて満月は距離感狂わせ窓わたりゆく

晴れた日にもう一度行こう遊園地 風かすめる風と君と笑おう

不忍の池にたゆたう船の上あおむけで眺めていたいような空

朱書きさる前の男の誕生日貸し出し図書の返却期限

香り分子流れ来て告げり この先を曲がればしづかに咲く沈丁花

絶対に声残さぬ君 留守電の赤き点滅にメッセージは空

君書きし愚痴の羅列は凄まじく男らしさに鼻が笑えり

「友達に会うからキャンセル」お互いに触れずにわかるその友は男

偶然に知り合い親しくなる ふたり初めての計画的な土曜日

デートなら誰とでもする良心も疼かない私を君は知らない

今日いちにち飛散するデータそのままに同い年になる君にあいに行く

下り電車 室町の戦史読み終える窓越しに白い辛夷

履歴書はまるでうまらず そのままの空っぽに見るわたくしの過去

巣鴨より軌跡描きし鮮やかなあお彗星のごと君の自転車

私には届かないところに行くように学生最後の君は振り向く

北西に尾をひく星を聴くためのプロローグ 今、色は深まる

自らに新しき規律も受けるに似て携帯の端末を持つ

履歴書の投函口を一瞥す さあどこからでもかかってきなさい

会場の緊張感は嘘臭く就職試験の幕は開けり

まっすぐの光浴びれば死ぬという大きな瞳持つ深海魚

たおやかな鮫の回遊ガラス越し遥かに届かぬ距離にはあらねど

裁ちばさみばちんばちんと不器用に去年の髪を振り捨てている

僕は長男ですから、と後輩の一人語りを聞く雨の午後

19人のおじさまの視線一身に 最終面接あっさりと幕

半分も一割さえも伝わらず 本当に言葉は人の道具か

今回は御縁なかったと沈黙の電話機は雄弁に告げているのに

やめるならやめてしまえとも言わずただ喉仏の動き目で追う

急激に変化している これまでは俺はいいよと言っていた君

ネクタイの君は大人のふりをして見慣れぬ鞄提げて歩き去る

ひととひとをつなぐものあり 私はその中に小さく漂っている

陽は高く地面の温度上げてゆきつつじ咲き誇る斜面を揺らす

将来の我重ならずただ見やるのみ上りホームの紺のスーツら

我を椅子に押さえつける歌 圧力で日本武道館のかたち変える歌

ささやかな行き違い深める沈黙が午前3時の受話器に響く

環境もDNAも違う君当たり前の差を強烈に知る

模様替え・散歩・立ち読み・衝動買い 君と離れて過ごす週末

同級生のまじめな立ち読み姿には気付かぬふりの晴れた日曜

薄闇に円く虹結ぶ除き窓の外傾いて落ちゆく夕陽

あやめるという言葉あり 真白なシャツに染みゆくフルボディの赤

吹き上げる風の中螺旋階段のてっぺんできく内定宣言

どうでもいい男ばかりから好かれてはそんな記録だけがまた増えてゆく

極限の眠気も覚めり愛読す作家のあらわる深夜番組

寝不足のせいだけではなく浮ついて三連休を始める今夜

わたくしの過去まっすぐに貫けり 視力なき君の右の眼線は

帰るべきなのか 連休にも子供がいないと泣く母の声

これからの君のメールの通り来る光ファイバの美しきつや

スランプと思ってみて急に自分は何様のつもりかと 赤面

空腹空腹空腹空腹でも海老せんべいが待っている

冷凍庫のビール缶の無事祈りつつ鼻歌まじりのシャワー浴びおる

ただ聴いて欲しいだけだと君は言う ワタシノキモチハドウデモイイノネ

初めての電話代の請求見た後もかわらずに君はかけてくるのか

腐って折れた骨のせい ゴミ捨て場に刺さる一本の傘

会いたくないわけではないけれど一人での休日も欲しいと伝えれば、晴れ

「もう遅いから先に帰って」と戦力外通告にそっと床の目地見る

実験も佳境に入りてやめざるを得ぬ家庭教師も我には最後

後ろ手で鍵を閉めればワンルームに解き放たれる金曜の夜

この夏の最高気温記録さる 緑迫り来てじっとりと汗

正直な君の目はちらりとも我を見ずスポーツニュースに注がれている

懇親会は男で溢れて浮きあがったような女性とぬるいビール飲む

先を行くサンダルの彼女のさす日傘くるりとまわる無防備な白

バーへ行こうと言う男の弓なりの眉がぴくりぴくりと動く

「琥珀色の酒」などと平気で言う男 それもまた人それぞれだものね

冗談も通じなくなるほど君を変える力持つものに勝てるだろうか

しおらしく「僕をどこかに連れてって」と言われてしまえばがっかりもする

君曰く「弱音を吐かぬ」我を責め気が晴れるのならそうすればいい

女の子、と呼ばれては思う24の他人つかまえて子とはこれ如何に

髪を切るに理由などいらぬ私だけわかっていればいい、なんとなく

生乾きのタオル 2曹式洗濯機だからうまくゆかぬ恋もある

深層の差別論者がつぶやくは男女反転のちから関係

通学の20分のため消費する4500円の日焼け止め

「冷血で一人が好きであなたなどどうでもいいと思っているの」

週末に集まる雨のせいにして君を誘わず朝寝している

皮下脂肪をお分けしましょうか工大の芝生に半裸の男寝そべる

溜息のかたまりの隙間不透明なパステルの空の色はにせもの

傷つけぬために一人分距離をおき暗闇に浮かぶ言葉選るとき

嵐また訪れてこそ約束の飲茶かならず決めた時間に

停滞するアスファルトの微熱君よりも無風重たくのしかかりくる

しばらくのあける日来ぬことお互いにしりつつ「さよなら、しばらくの間」

優しくさえすればよかったのか君の求む我の虚ろの存在を知れ

不用意な言葉で我を傷つける君を傷つける我の沈黙

どうしても好きと言えなかった理由までは言わずに終える最後の電話

過ちは電話口の些細な衝突だけではないといまわかるか君も

春の日に君の欲した合鍵はささげられない我のたましい

始発から終電までの実験にマシンになりたくてただ動く我

混線のノイズざざあと心地よくふたり隔てる波の周期で

また今もこちら見たでしょうおととしと逆転とまではいかないけれども

弟の手紙は茶封筒わら半紙鉛筆書きでも年月日あり

この夏の帰省の予定話しつつ冷蔵庫の色思い出している

縛られたくない自分だから独占欲君にも抱けず、否、君には、か

気付かれて叶えば落胆の恋をまた予感できていて一歩踏み出す

次はいつ 君呼ぶためのコンピュータトラブル舞い降りる白い羽根もて

少しでもあなたのようにありたいと言うことはできるそしてどうする

この君とあの君の「君」の暗転の幕間あたえず移り行くいま

純粋な始まりのときもう一度伏せていたまつげ瞬かすように

フィルムには確かにあなたが覗いてた かぜかおりいろきおんおとゆめ

うつ伏せてリアルタイムの君の声深夜も早朝も留守電が聞く

そばにいて噂になってもかまわぬは君の強さか 強くなくていい

いつの日か幸福になるか卑怯にはならない誓いを蛇がそそのかす

イチゼロで処理できぬ思いおとづれて生身の人に戻りゆく我

本意ではなきや仲良き美しき先輩後輩で無駄遣いの時間

たちまちに心沸騰すめぐりあいを待ち居りし頃のシラバスを見て

平積みの回想録は鮮やかに忘れたふりを極刑に処す

薄墨の空にあつらえたように満月二度と来ぬ坂君の後ろに

美しき終わりもあるか君の部屋出れば眼下に横浜の夜

本当の終わり見届けし満月と小沢健二を我は忘れず

確信犯 初めての嘘で正直に傷つけてきた君を父とす

一人寝の鏡見入ればいつになく晴れやかな我は水仙だろうか

からころと軽やかに廻れそれなりに周期短き我が走馬灯

梅雨明けの一泊の帰省この年の夏野菜すべて摂取するように

我が父のはじめて育てしたまごっち菓子与えすぎて肥満児となる

色彩も綴るストーリーひたひたと心渇きしことを知らせる

シャッターを切る決断の一瞬を知る君の強き指先を見る

ざっくりと腹割きて見たし君のなかまっすぐにたつ間欠泉を

朝6時鷺沼駅のロータリー5分前の我をすでに待つ君

澄む空といただきに雪抱く富士なくても2人朝霧高原

瀑布より水の粒子のふうわりと髪に小さき虹宿る朝

5時間の延長 君の助手席を占有している水煙る夜

思い出の更新のため君とまず並びて見上げる東京タワー

孤高なる夜の都庁のその前のレインコートもツインのシルバー

うつ雨を避けてのトンネル抜け出ればほら雨上がりの空がひろがる

ケータイの運転中のご利用は――君から我へは許されていい

留守電は電子音だけ留め置けり 誰?君?あいつ?心乱れて

「友達としての電話」は私の切り替えのはやさを知らずに続く

「他と行けば」は「他と行くから」と等価だと何守るために告げないでいる

ぞくぞくと磁力感じてまみあえば「ゼロから行こうぜ」我らが同期

外の酒2日続けばoffの日に君に会うまでに澄めよ血液

今週末!君の誘いは突然で予想できていた突然でもある

半月の猶予の後にコンビニの袋に捨てつ君の歯ブラシ

このまんま帰すのは惜しいと思ってる君に気付かぬふりで鼻歌

私への酷評知ればきっぱりと擁護する君の根拠を示せよ

「私」でも「僕」でもない君どんなとき「俺」になるのか私は知ってる

高島屋わきの紀伊国屋文庫本フロアで落ち合うまでの2時間

この恋は能動的にならんとす開放すべしじ直日射す窓

迷いなく前方上部を見上げればかつてよりやや低きその位置

生き方はうまくなくていいぶつかって傷ついて生きるそれが君の生

恋人のある人を好きになりえない連続記録はここについえぬ

その刹那殺意持つ我に驚きて君の恋人の幻影を消す

これきりと知ればこの身の重たさをすべてあづけて仰ぎ見る空

君の「良い友達名鑑」に加わりし我のフルネーム音の連なり

我を魔女と言いし男は惑わずにじゃあまたと軽く手を上げて去る

「不戦敗」に逃げ込む我の醜さを後朝の靴は責めあげている

結局は君の前でこそ演じねばならぬ爪先に血がにじむとも

惜しみなく奪うべき愛の奪はずに我は卑しきモラリストなり

他の持つ幸福を我も分け持てりその「他」がただ君でなければ

卒業と同時に結婚する君を思い切れずに霞む夏空

生きたまま解剖されたしぼろぼろと砕ける心のバランスのため

徹夜明けの真夏日ドアをノックすは当然君ではなくて、元彼

罪深き女よ我は自らのためにだけ今懺悔を欲す

直立で真向かいている彼と我君を思えばタタキに落涙

偽りで結ばれし君とも偽りで終はれず胃液は胸に迫りき

初めから愛なきものの修復はできぬほかへと傾かずとも

リセットの効かない我の不器用を認めてか君はドアを閉じ行く

絶対の隔たりありや「私を」と「私の」求むる男の間

一人寝の枕に泣けば泣くだけで悔やみしものの何かわからず

明日からもオフィシャルな我ら続きゆく一人の嘘を礎にして

君は今その人を抱くか私の長き自虐の一日終わる

かなしみもつらさもうたえばしたたかな強さにはっきり気付いてしまえり

最後まで強くあれ君一度でも我の選びし人としてあれ

私とのことも話すの本当は彼女は私を知らないんでしょ

駆け落ちに学生結婚略奪愛どれか一つ、のチャンス到来?

ま、いっかと言ってしまえばそれまでで自主降板の悲劇のヒロイン

入試でも就職も負けがあったからなんの不思議もないか失恋

東北大筑波大学NHKそれに続くは君の名前か

傷心の、ならばそれでもいいけれどどこか身軽に出かけたい夏

対等に話のできる人として君は吾を見る 今に見ててよ

君知るか我のからだに潜み住む緑の目の鬼目覚めたる今

くれぐれも油断あそばすな色男私を本気にさせては破滅

時雨れれば我の涙かと君は問うそこまで涙腺丈夫じゃないの

「おもしろいヤツ」は最高の褒め言葉君の求める「友」としてなら

一日に30品目余裕なり有難きかな家の食卓

少しずつ癒されていると信じたい夏の正午のうたた寝の中

一年の1%の夏休み少しは思い起こすか我を

君遠く離れ忘れた気にもなる非日常の実家なる場で

行きがけに母の手渡す500円玉はバスにてくずされている

ヴァーチャルの兄妹と言う脳の奥にゆらりと「近親相姦」

特別ば友と恋人の境界を確かめるために君に会いに行く

どうせならその間をおかず美しく我に与えよ完璧な嘘

「他の人と同じに私に接してよなんで彼女に内緒で会うの」

女友達の指摘は的確で虚飾の私の間隙を突く

突き返すもののあるのか君の名の不在通知は何も語らず

我の住む部屋のそのそばで殺人のかつてありしこと聞きし夏の夜

濃紺のサニー見つけてナンバーは違えど視線は追うまだ今日も

悔しさの溢るる夜半非生産的に今なほ君を思ひて

そんなにも私に嫌いにさせたいか全ての記憶過ちにして

醜さの全て罵る君にさえ沈黙の我は確かに醜し

矛盾して自己中心と君の言う我も明日を生きねばならぬ

憎みあひて終はるは容易 ずたずたな心ふたつが残されている

捨てぜりふ我を「ブス」との発言は証拠不十分で撤回をせよ

違うもの認めてゆけるちがうことだらけの我は胸を張りたし

プライドと強さ邪魔にもなりえれど我は君より我を愛せり

いつの日か友達になることもなし今年の夏の再訪のよに

外気温さがりて君の暴言のをそのままにさせむ、蝉はあはれよ

つまらない男の美学ふと見えて聖なる君は下界に落ちぬ

まだ夏は終わらぬ雲よその位置をかたちを保てよ降らせ夕立

さようなら全てのメール消去して初期化されゆく存在の君

距離隔て深くうなづく友もあり真昼の月の光のごとく

壁の目や障子の耳にも感謝せり誰かが我を見てるきいてる

酒に背を押された喧嘩売られればまたひとくくりにしてしまう「男」

自転車を買いたし自転車があればここよりもっと遠くに行ける

レンタルのビデオショップで「お勧めの一本」互いに勧めあうだけ

丑三つに怪談の現場おとづれて手はつながずに立ちつくしている

みつめられ眠るここちよさ寝台の抱かれまくらにさえぎられつつ

膝抱え君は見ているカーテンの光の中であおむけの我

穏やかな視線寝返りで背にすればゆっくりと瞳閉じられてゆく

首筋の手術のあとにのびてくる左手の触れしほんのつかの間

「まだ半分」睨みあげ攻めるいただきは間違いなく今我を待ち居る

がしがしと岩をふみしめ山頂のそのまたてっぺんに立てる快感

汗・動悸なくなりゆけば寝そべりし一体に雲のかげの降り落つ

息深く吸えばさす冷気八月の記憶映して水流れゆく

下り坂サンルーフからのましかくな闇に明るき暗き星満つ

大雨のニュース速報君のいる東京をやっと思い起こさす

雷の高速道路を駆けてゆくワゴンいっぱいに破裂する声

水道の使用明細こぼれ出て郵便受けは今日を終わらす

いまさらの謝罪文には返事する言葉ひとつも持ち合わせません

どれだけのときを過ごせば思い出となるか君はなお現在形

逃げている待っている嘘をついている君思う胸の底に降る澱

ただ君でない対象を求む止まらない愛する気持ちの行き先として

みちひきを響きではかるようにして知りたし君の傾くこころ

堕ちてくる君を受け止める両腕はなくてそれでも狙いつづける

白桃のソフトクリーム得意げに吸い上げている君の視界で

次に会うときは長袖 ゆっくりと逝く夏休み陰を残して

氾濫す「愛し愛され」片一方だけのコンタクトレンズで眺む

手を伸ばすこの闇の外は光射す場所かそこなら暗くはないのか

潔くあらんと飛び込み台に立つ我を解放せよ命綱

かつて君羽のように触れた傷跡が匂ひてからだ湯冷めしてゆく

口にせずじっと秘密を抱えいる陽炎もたたす熱のこの身は

夕闇に振り向くひとにからまれり朝の裸のコロン戻り香

少しずつ癒えゆく傷のこの痕は消えてなくなるさだめにあらず

壮絶なる愛の物語貸し与へ何思う君のその耳たぶは

またひとつ日暮れてゆく今「我々の時代」の流れの川岸に立つ

秘密持つ君に妬く我のかなしさを昇華さすために四肢を伸ばせり

無造作に束ねておきたし私の腸・血管、ビニールひもで

これという訳はなけれど私は今日も何かを数えて生きる

高ぶればなお空回りいつまでも芯に届かぬ螺旋階段

ぎらぎらとした日は過ぎてたくさんの大切なものに加われる君

思い出し笑いはスケベの証しでもこらえきれずにうつむくふたり

自己防衛に手段を選ぶ余裕無く拒絶し続ける君の戯言

確実に身に覚えある忘れたき記憶の復讐をただ浴びている

時効まで絶えなき君の責め苦にも我はしぶとく人として待つ

いっぺんにTシャツの上に長袖を羽織らせて降る秋の長雨

他人なら世間話も楽しめるつまらない事実今日も見つけり

「告白」に上気する娘のその歳に戻れば頬は笑みに緩まる

あまりにも露骨な夢より覚め出でて立ちつくしひとり眺む姿見

そのときの私もまた嘘にして自滅してゆく君のかなしさ

それぞれのこころの宇宙繋がらぬ手のひらに孤の必然を知る

求婚より新幹線で帰し男土産を提げて我に逢い来る

雪崩れ込む気持ちごまかしてぐずぐずとこのまま晴れぬかのような空

身も心も寒いと歌いふと見れば何処も同じ秋の夕暮れ

誰にでも優しさを持ちて語り居る君に炎のナイフを向ける

起き出でてTシャツを脱げば一晩の熱を放てる両の乳房は

悔やめるはかつての君に恋しこと「自殺する」君をしらなかりし日

脅迫もうらがなしきや暴走す己をそこまで虐げるな君

刃物持ち訪れるからと書き寄越す君の虚勢のさきのかなしさ

どこまでも冷酷になれる私の防御のための無感情の檻

待ち伏せる君とはちあわすそれだけに男友達を部屋に誘えり

直撃を避けた台風の意気地なさ無視という逃避の我に突き刺す

誤りの確かな位置を掴むため計算をまた繰り返している

過去よりも遠くに失せた君なれば忘れたことさえ思い出されぬ

少しずつ時間と場所を拓きゆく脆いつながりの2個の人間

誕生日に一人身ならば花束を贈るという奴の予知に感謝す

韻を踏むように今日まで育ちしかこの母の娘として我

人類の執念深さを見せつけて千秋楽の拍子木は鳴る

背を向けて誘えばあえなく手を伸ばす結局男の君のあはれよ

私に女を認める君の手に抱かれて復讐のおわり始まる

逆転を勝ち取りし夕べくちもとの優越の笑みは爽快に咲く

確実に君の心を乱しては冷ややかに我は聞く外の雨

足元に本心を吐かせ私にかつて澱みし思いは消ゆる

読みどおり抱き寄せられし腕の中笑みは瞬間冷凍保存す

あおむいて天井にじっと向き直る降り注ぐ利己にうたれている我

今日もいつか嘘にかわるか平行に世紀末の我ら息をしている

ふいに見てしまえり君のこれまでの全ては虚像でありし証拠を

ゆっくりと両端をあげて口唇で微笑めばひとつ罪を犯しぬ

8時間眠れば君の残滓さえなくてさわやかな月曜の朝

鏡には映らぬ美しさ手に入れた我君の前にすっくりと立つ

夢を見る前に現実を見る癖の威力しなやかに生き抜いてゆく

あるはずのない出口は決して求めない24歳に立ち止まっている

右耳に小気味よい鼓動聴き目を閉じてしまうゆっくりと右から左

「ならない」とわかれば「こんなだと知って今から嫌いになった?」

私なら何も気にしない君が較べてもただ彼女への背信ではある

夜を行く高速バスのカーテンは閉じず大人への旅と知る空

乗り継ぎの30分のターミナル「この秋一番」の風は吹く我に

颯爽と歩くため減らす背の荷物選る手に君の体温が振る

午後2時のひかりの下で真っ白な身体しずしず湯に沈みゆく

見せ物の白蛇囲む硝子箱囲む人間のひとつである我

「2番目」彼の生まれた日の朝に遠き空より電話する性

街路樹の遮る空にはひかり満ち坂の向こうはただ白いのみ

沸き出でる音楽うねりより強く私のかたちの水に響ける

やみくもに缶コーヒーを振る男旅の終わりのガードレールに

定位置の窓に戻れば知らぬ間に陽の柔らかさも葉の色も秋

独立に呼吸続ける平行線弟よりも君は幼く

もう覚悟したのならまず謝ってばかりの膿をごっそり捨てよ

快く男の身勝手に同意する微笑の下翻れ反旗

「どっちも好き」ならばOK「2番目に好き」はひきがねに指をかけさす

「あら『浮気』のつもりだったんだ、がっかりね。見る目のなかった自分自身に」

「俺なんかただの男」と嘆くなかれ「ただの男」をバカにしています

振り向いた、はいお仕舞いといくはずのそのお仕舞いが行方くらます

世の中が単純に変わるただ「好き」で許されていることの多さに

曖昧な被乗数さえもゼロならば倍々ゲームは成り立たざりしを

知った風な世界に知らずにいたものを見つけて左の足から進む

「四捨五入で30」?!概数で我を丸め込むとは!!さあ、前を見る

「歴代の君の男に嫉妬する」声もないのは嬉しさではなく

頬なぶる冬の嵐はじっとりと同じ生ぬるさの君の左手

華やかな冬の酔い覚ます交差点転べば手のひらに小石くいこむ

平日の午前十一時映画館誰も彼もが後ろめたそう

変わりゆく我に誰より驚けり肩冷えて冬の朝を迎える

切り替えし 駐車する君をベランダの窓は開けずにみている

無駄遣いせぬようにこの力今日も軽く紅だけをひく

まっすぐに私に向かうそのときが着たならば君に背中向けよう

許すとは許されるとはあっけなく顆粒が水に溶けるのに似て

私と同じ高さに降りてきた夕日消えるまで わずかな時間

口論もあっさり本質かいくぐりFAKEな我らのイベントと化す

歩道橋くぐる光を風に鳴るだけのふたつの影が見下ろす

空っぽな心であっても我のこの眼が手が声がそよと誘う

果たせ得ぬ約束の一つ「またここに3月までに一緒に来よう」

弟がはたちになる日弟の住む街に降る初雪を知る

「あったかい」缶入り紅茶を奪いあい二度とはない冬の夜は暮れゆく

漆黒の直前の空 突き刺さる風は金星の彼方より吹く

動きひとつかしゃりととらえるシャッター音レンズの奥に君の眼はある

フィルムにはモノクロの我が24人 戦いに挑む顔をしておれ

音もなく我が手にのれるフィルムは明日14時の現像を待つ

土曜日の早朝実家より来る査察のために着々と処理

先日の葛藤もまるで消えている ぐいと音を立て生きる私

その彼の前でディズニーランド行く電話約束もしゃあしゃあとする

定位置に車なければざわざわと君恋う心に落ちる影揺れ

ぐだぐだと音のするよな休日を過ごして晴れた月曜の朝

「何故ここで」君らより我は驚愕す小夜更けたラボについと落涙

つまらないことで泣いたと後悔すそのことすらも忘れつつある

明日の午後ジェットコースターに乗るためのおとしまえとして続く実験

3回の延期の賜物加速まで晴天に上るループスライダー

これまでに並び歩いた人想う表参道に冬灯点りて

夜の明ける逆光を背負い我は今記録せり眠る君の横顔

「出張になるかもしれない」君のイブどこへ誰とかはきかないであげる