自撰五十句 炎 声         佐怒賀 正美
 
 
 
 

火の色の独楽が虚空に堕ちゆけり  第一句集『意中の湖』一九九八年より

鼻母音や地下教室に雪眼にて

にんじんに似し教師去り春の虹

日傘して眠り深まる子を移す

白地着てダミアの暗き声を聴く

うすらひや幽鬼の館朽ちて映る

喇叭吹く春の道化と片手組む

赤き帆はルオーの墓標柳絮飛ぶ

はまなすや天の扉にダリの刻

母がゐて蜩山は紗をながす

喉にまで赤く刺さりて海市立つ

達治忌のさし汐かげりの母子草

まくなぎや打つて返せば首に憑く

蝶は身の微塵のとげを払ひ飛ぶ

デルヴォーの夜の祝祭の百日紅

隠岐枯れて大赤断崖(なぎ)の吹かれけり   第二句集「光塵」一九九六年より

隠岐古海(うるみ)三人の子のひとつ凧

鬱にひそむ炎声(ほごえ)が活路水澄めり

荒海や佐渡の風垣(がつちよ)に灯の洩るる

つくしんぼ遠(をち)の淡海にかざし摘む

躬都良(みつら)の恋隠岐水仙は崖(なぎ)なせり

渦潮や真上に滲むルドンの目

鬱塊の遊び出でたる海市かな

信長に焼かれし谷のつくしんぼ

ほととぎす一の砦は雲じめり

衿あしに涙を溜めてかたつむり

裸子の眠れば消ゆる日日の創(きず)

佐渡晴れて法難の日の穴まどひ

産土神(うぶすな)は破瓜期の皇女草紅葉

尖るとき湖光ひらけり雁渡る

黙(もだ)を光に天地均しの紙漉女   第三句集『青こだま』二○○○年より

たけのこのほこほこ前世日和かな

肉感を削ぎたる野火の走りけり

白南風(しらはえ)や蛇ぐるぐると壺になる

涼しさやこけしの木屑遊びだす

ビッグバン大向日葵が首振れば

天抜けて散乱したるたうがらし

冷(すさ)まじや月あれば月の抜けあと

荒縄の結び目ほどの自我冷ゆる

枯蓮や皮下走る血の圧されつつ

深雪晴宙にダンスの輪の若き

遊びたくなつて水母でゐるたましひ

かたつむり居眠り二号活字の乃

片虹や首の根ふかくしめりをり

九世(くせ)の戸や師の世の声の雪かもめ

鳥風に打たれて甘き地霊の目

根尾谷やさくらの精のつぶら翔(だ)ち

ひかる虚(きよ)の上に虚のある瀧ざくら

仮幻忌や蓮(はちす)あらしの青こだま
    「仮幻忌」は石原八束忌。故人の最後の句集「仮幻」にちなむ。

天柱に四方(よも)のくちなは吸はれ秋
 
 

(作者は、俳人。亡き石原八束の主宰した「秋」所属の有力な一人であった。身にひそむ鬱塊や微塵のとげを静かに見つめながら、重厚な表現力と微妙の幻視力で、おおきな世界をはげしく切り取ってくる句法には独特の個性が光り、一読して印象深く記憶に刻まれる。「湖の本」の読者。1.10.30掲載)


       HOME


※秦恒平文庫の文章の著作権は、すべて秦恒平にあります。
掲載された内容を無断で複写、転載、転送および引用することを
禁止いたします。