「e-文藝館=湖(umi)」 詞華集

おくだ きょうぎゅう 俳人。「安良多麻」主 宰。石田波郷また瀧井孝作を生涯の師とし、謹直かつ自在の俳味に死生直視のきびしさを光らせた、つよい人である。湖の本の読者。日本ペンクラブ会員に推薦 した。



    自撰五十句 芋の露
 

      奥田 杏牛
 
 

暖房車海潮の縞うつうつと   「初心」

寒月光末広がりに濤散華

青麦や女こめかみまであをし

ビイ玉を透かし見る子へ夕焼ける

冬鷺の倒ると見しは羽搏つなり

楮さはす茣蓙一枚の女の座

死に至る病に病める松の花

芦刈や巴波川波ささくれて

桜ほのと真夜の白河すぎにけり

老師ひそと在す障子や鳥影す

蒟蒻の刺身が寒し遍路宿   「応鼓」

枝打のあなどりがたし頬打たる

臍の緒のけむりのごとし梅の花

山祇に命放たれ雪迎へ

雪ずりのづしんと寺をうかせけり

新婚を訪ふや門松こぶりにて   「安良多麻」

初雛赤子ながしめしてゐたり

さくら貝ひとの夫人と拾ひけり

鳩吹くや愛染筑波真正面

三千大千世界(みちおほち)雪は降りけり雁木空

押さないでポケットの土筆潰れます

桃の花濡れた脚立はそのままに

生身魂南瓜の受粉したまへり

大年の庭の隅掘る男にて

きのふよりけふやはらかし春の土

金閣寺雪大胆につもりけり

落鮎のしわしわ流れゆく日かな

水馬水の笑窪を踏まへをり

心太むせて老婆を嚆はせり

神留守の鳥居はぬれてゐたりけり

川底に日当る午後の紅葉かな

降る雪の降りこむ川の昏みけり

誘蛾灯命の爆ぜる音のして

赤トンボ石の温みを盗みをり

笠の緒の紅絹のほめきや風の盆

深爪をしてしくしくと十二月

畳の目横目びかりに三日かな

濁り鮒水をにごして走りけり

くちなはの躬を櫂となし泳ぎ切る

耳たぶをかるく剃られて薄暑かな

芋の露ころりとあの世この世かな

いちにちのをはろふとする冬の庭

おめあてをふっとわすれし冬日向   「暦々」

小鳥来て鳥語降らせる師の墓に

抜けてゆく命のしろき薄かな

われに遺書かけとや妻の薄雪草

犬ふぐり見てゐる前で踏まれけり

鳥雲に入るや女身はおぼろにて

妻病んで茗荷の花を咲かせをり

かたつむり五尺のぼれば知友めく
 
 
 



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