自撰五十句 鉾を追ふ
神原 廣子
探梅や瀬音のほかへ耳澄ます
残雪の襞あつめたり余呉の湖
春陽を東へ落とすミラービル
何摘んではりますのんえ土筆どす
流さるる雛に今はの閉じ目なし
古雛を飾りゆつくり日が暮れぬ
舟屋より舟屋見えゐて水ぬるむ
風の野に羽化の心地の春着かな
日付なきジャガタラ文や鳥雲に
啓蟄や寝てゐる人の耳の穴
竹の皮落ちひとふしの青さ増す
藤房をつたひて夕日落ちにけり
五月闇さきの先まで青信号
鉾にゐて目の高さなり東山
裏辻を抜けて贔屓の鉾を追ふ
子の声に夜も落ち着きのない金魚
坂くだるとき大文字せり上る
大文字に近づきたくて橋渡る
子の産着ひまわりよりも高く干す
麦畑遊んでもあそんでも暮れず
内緒簗水音だけは隠し得ず
一枚がかしぐ角屋のすだれかな
瀧あふぎ誰も無口になりてゐし
子鴉のとり残されし余呉の濱
山小屋に覚めて気落ちの雨の音
ファーブルの虫整然と冷房裡
ゆるされて膝くづしをり酔芙蓉
磯桶を伏せて良夜の海女の家
夜濯や両手で月もかきまぜて
逃水の消えてここより忍者村
虫干や絵巻終章巻きしまま
灯りそむ八尾七坂風の盆
落穂拾ひ見るやミレーの眼となりて
悪童の顔して夫の落葉焚
風呂洗ふ底の余熱や一葉忌
あたたかや海の匂ひの昆布店
顔見世や端の役者と眼のあひし
咳一つして誰も来ず勅使の間
白朮火の輪のゆく闇に人のこゑ
顔見世の向う桟敷へ遠会釈
除夜の鐘聞きに出てみる勝手口
初音せり千家ふたつを過ぐるとき
初空や松より松へ雲ながれ
寒夕焼わが身ほとりはすでに闇
日輪をよぎりし鶴の嗄るるこゑ
雪すでに四足門へと踏まれゐし
ミスターレディ嚔まさしく男なり
ワイパーの扇状世界雪降れり
松迎へ 妻には榊伐らせをり
ものの音なべて遠しや座禅草
(作者は、俳人。くわしい身の上は何も存じ上げない。面識はないが高校の後輩に当たるお人であったかと。湖の本の読者。佳い句集を出されていて感じ入った記憶がある。0.12.20)
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