「e-文庫・湖(umi)」 詩



     北京邂逅 ――わくらばに――


              細 谷  博




   北京出租汽車(タクシー)之春



汚れたシトロエンを懸命になって走らせる北京のタクシー運転手達よ
狭い車内で粗末な瓶から濁った茶をラッパ飲みしつつ、笑顔で私を送る人々よ
「ニートアターラ(いくつだい)」と尋ねれば
にやっとして「ウォーシーサンシーウー(オレは三十五だ)」と答える君よ
人民(レンミン)という言葉の彼方
服務という日々の岸辺のそこに君はいる
リーベンレン(日本人)がそれを今こうして目にする
かつての己れを見るように
「子供は」と聞けば、嬉しそうに人差し指を立て、男か女かと話ははじまる
ああ その指の皺、爪の汚れよ
砂埃が立ち、柳絮毛の舞うこの町の片隅で
ポニーテールの娘がせめてもの晴れ着の腕を父に差し出し
練炭で餃子を煮た妻が白い歯を見せて夫を迎えるその前に
北京よ ひとときの春で彼らをつつめ
私の知らぬ
この国の春のはずみで彼らをたたえよ

                          二〇〇二・四・一六




   双楡公園の夏



ひしゃげた鶴よ
セメントと針金製の三羽よ
淀んだ池水に飛び立ちかね
鳴くこともかなわず 終日
首を曲げ じっと
突き出た噴水のパイプと並んで立ちつくす者たちよ
隣地のビル建設現場の喧騒にも
照りつける陽光の眩しさにもめげず
寄り集い将棋や麻雀に興じるあれらの男たちのように また
わずかの日陰をさがして迷い込み
縁石に腰をおろしたこの異邦人のように
目慣れた周囲の中にそっとおかれた異形の者よ
君らもまたたしかにそこに居るのだ
この街の夏日
北京海淀区双楡公園(ションユーコンユァン)の丹頂よ




   道路清掃員



男であり、また女であり
粋なオレンジか、どぎつい蜜柑色か、見分けもつかず
はおったベストには「美化」の文字
頭にも同色を被り
美化するために汚れ、垢じみた顔をおしげもなく陽光にさらし
大きくひらいた、だが、柄の短い特製箒を淡々と動かしながら
歩行者に追い抜かれ
自動車に脅かされ
が、なお、苦にもせぬ気にゴミ箱の蓋を開け
中を覗き
新聞紙とコーラ瓶があれば、分別してリアカーに入れ
砂埃の中を黙々と進み、これ以上の汚れは気にもせず
職務を果たし
どこかの集積場へと動いていくらしき者たちよ
声を立てつつ、かしましく過ぎゆく北京の夕べに
ふと 私は見る
それが一幅の画となって静止するのを
夕照の色と調和し、周囲の何ものをも拒まず
ただ街の一隅の濃淡に隠れ
しずかに歴史の彼方へと消えていくのを




   公厠売店の娘



人々がたむろし
物売りが頓狂な声を張り上げ
何を商うのかも知れぬ者らに声かけられる
バス停留所前の歩道の上の
移動可能な金属製の小屋の
「公厠」と銘打たれ、小さな売店をも兼ねたその中で
ああ、娘よ
今日も午後の商いに励むのか
ガム一つ、一・五元の縁で
私は手を挙げ「ニーハオ」と声かける
ひっつめ髪の娘は日焼けした顔をほころばせ
手を挙げ応える
むろん食事もそこで食う
ふと覗けば、スチロールの容器に顔を伏せ頬張っていた娘が
頬を染めて容器の蓋をしめ、それでも
やっぱり手を挙げ応える
公衆便所が彼女の職場
けなげに見えるのはあたりまえ
と思いつつも
また今日も更けゆく街を
帰りゆく日本人(リーベンレン)のオジサンは
ほっとため息をつきつつ
ああ、娘よ
とつぶやくのだ





(作者は、南山大学教授 近代文学専攻。太宰治研究のほか、豊かな視野で論策されており、この旅情の詩作も中国での研鑽と取材の余滴であり述懐である。)