秦建日子プロデュース 7  ビデオから書き起こしたもので、追々に掲載の形を整えてゆく。
 
 
 
 

       タクラマカン     作・演出 秦建日子
 
 

(人でなしの浜辺)

カラス………………
リク…………………
ケイ…………………
ネズミ………………
ハルキ………………
ジジイ………………

(町生まれ)
ツキノ………………
コジマ………………
イェントゥ…………
ハヅキ………………
 
 

   溶明。
   舞台袖に、コジマ。歩哨に立っている。
   と、ラフな開襟シャツ姿のイェントゥ、入って来る。

歩哨A「接見は5分間。厳守願います」
イェントゥ「OK。留置所面会室。壁、扉、ノブ。ガチャ。レディースエンドジェントルマン。関係ないね。柴田恭平です。なーッんつって。似てる?似てる?似てないね?いやぁ、実は本日、ツキノ少尉の弁護を担当する事になりました弁護士のイェントゥです。いやぁ、なつかしいな。いや、実は昔僕ここにいたことがあるんですよ。(昔に戻り)面会は五分間です。厳守願いますよ。差し入れ?ダメダメ。許可のないものは一切持ち込めませんよ―――ゲッチュウ! 埃だ。これを掃除するのは誰かな?君だ。忘れたんだろ?でもさ、こういうのも仕事のうちだからさ。よろしく頼むよ、ってなぁ。しかし二等兵も大変だね。君二等兵、僕弁護士。はは、僕ゲッチュウ。ファイト、俺が書いたんだよ。頑張って頑張って弁護士になったよ。ま、君も頑張ればさ、弁護士くらいには成れるからさ。君二等兵、僕弁護士。懐かしいな。ここからの景色、ガチャ。カラカラカラ。しかし、ツキノ少尉は遅いですね。裁判の打ち合わせをしなきゃいけないのに。裁判だって。(照れる)いっやあ、ねえ、君二等兵、僕弁護士。」 
コジマ「イェントゥ二等兵!」
イェントゥ「は!」
    イェントゥ、ゆっくりとコジマの方を見る。
イェントゥ「コジマ兵曹長?!」
コジマ「兵曹長って言うのはやめてよ。今、二等兵なんだからさ」
イェントゥ「何言ってるんですか。コジマさんは僕にとっては永遠の兵曹長です」
コジマ「だからさ、その兵曹長って言うの辞めてよ。前は兵曹長だったけどさ、今はガンガンガンっておっこって、二等兵なんだからさ」
イェントゥ「何言ってるんですか。コジマさんは僕にとっては永遠の兵曹長です」
コジマ「しつこいな。僕二等兵、君弁護士」
    二人、笑う。
コジマ「ま、楽にしてよ、弁護士先生なんだからさ」
イェントゥ「はぁ」
コジマ「固くならないで。イェントゥ二等兵!」
イェントゥ「は!」
コジマ「休め!」
     イェントウ、二等兵式の休め。
コジマ「それでいい。あ、ホントだ。埃がうっすら積もってる」
イェントゥ「ああ、今すぐ私が掃除いたします」
コジマ「あ、そう?悪いね。あ、そうなんだ。この落書き君書いたんだ。ね?ファイト、ね。スペル違ってるよ」
イェントゥ「あ!今すぐ私が書き直します!」
コジマ「その方がいいね。そうか、弁護士か。あのイェントゥ二等兵が今じゃ弁護士先生だもんね。立派になった、立派になった。でもあれだよね、最近の若い人はいいね、なんかちょっといやな事があってもさ、コロコロコロコロ仕事変えちゃうんだよね。でも私くらいになるとさ、軍に対する忠誠心ていうの?そういうのが奥深く根付いちゃってるからさ、ちょっと嫌な事があったからってコロコロコロコロ仕事変えるわけにいかないんだよね。そういう事ってさ、若い人からするとばかばかしい事かもしれないけどさ、割と大切な事だと思うんだよね。そう思わない?」
イェントゥ「そう思います」
コジマ「君の事言ってるんだよ」
イェントゥ「あはははははは」
コジマ「イェントゥ二等兵!」
イェントゥ「は!」
コジマ「休め。それで良いんだよ。ま、でもまぁ、俺もいつまでも二等兵じゃないからね」
イェントゥ「そうですよ。コジマ兵曹長が今まで軍にしてきた事を考えれば、少尉、中尉、大尉かなあ―――」
コジマ「大尉はないなぁ。イェントゥ二等兵!」
イェントゥ「は!」
コジマ「休め。それで良いんだよ。でもまあ、そういうことだな。別に俺が何か悪い事したわけじゃないんだからさ」
イェントゥ「はい」
コジマ「上官の命令聞いてただけなんだ。まあ、ほとぼりが冷めるまでの辛抱ってとこだな」
イェントゥ「そうですよ。コジマ兵曹長が今まで軍にしてきた事を考えれば、少尉、中尉、大尉かなあ―――」
コジマ「大尉はないなぁ。イェントゥ二等兵!」
イェントゥ「は!」
コジマ「休め。それそれ。…遅いね」
イェントゥ「遅いですね」
コジマ「連絡悪いんだよな」
イェントゥ「相変わらず」
コジマ「あ、そうそうそうそう、ダヤマ覚えてる?ダヤマ」
イェントゥ「僕と同期のダヤマですか?」
コジマ「そうそうそうそう」
イェントゥ「覚えてますよ」
コジマ「そのダヤマがさ、一等兵飛び越えて伍長になったよ」
イェントゥ「伍長ですか?」
コジマ「あのバカなダヤマが伍長だよ」
イェントゥ「あいつ頑張ってたもんなぁ、頑張りやさんだもんな。よく昇進した」
コジマ「そのバカなダヤマが今、俺の上官なんだよねー」
イェントゥ「はい、そうなりますね」
コジマ「でさ、そのバカなダヤマがさ、俺の事、コジマ、コジマって呼び捨てにするんだよねー」
イェントゥ「それはいけません。後で呼び出してガツンと言っておきます」
コジマ「いいんだよ、いいんだよ。俺もわかってるからさ。今はヤツの方が上なんだからさ、それはしょうがないとは思うよ。でもしょうがないとは思うんだけどさ、俺も元上官でしょ?それにさ、年だってずい分上なんだしさ、それなりの扱いって言うのがあると思うんだよね。そう思わない?」
    コジマ、イェントゥの肩を抱く。
イェントゥ「そう思います」
コジマ「(手を見て)あれ?ゴメンね。ゴメンね、ゴメンね。弁護士先生にこれは失礼だったかな、二等兵風情が」
イェントゥ「何言ってるんですか!もっと触ってくださいよ」
コジマ「いいんだよ、いいんだよ。俺二等兵だから、ここに立ってなきゃいけないんだよ。ま、でもさ、いつまでも二等兵じゃないからさ」
イェントゥ「そうですよ。コジマ兵曹長が今まで軍にしてきた事を考えれば、少尉、中尉、大尉かなあ―――」
コジマ「大尉はないなぁ。イェントゥ二等兵!」
イェントゥ「は!」
コジマ「休め。あ、そうそうそうそう、この間町でばったり大佐に会ったんだよ」
イェントゥ「大佐にですか。いいですね、コジマ兵曹長、大佐にまでツーカーだから」
コジマ「それ程でもないけどね、一応仲人だから挨拶したんだよ。そうしたらさ、大佐さ、俺に目も合わせないんだよ」
イェントゥ「それはいけません!後で呼び出して大佐にガツンと言っておきます」
コジマ「大佐には言わなくていいんだよ。それからさ、咳払いを二回、オホンオホン、ってしたんだよ」
イェントゥ「合図じゃないですか?」
コジマ「やっぱ、そう思う?」
イェントゥ「はい」
コジマ「これ、合図だよね?」
イェントゥ「合図ですよ」
コジマ「合図なんだよ。心配するな、ほとぼりが冷めるまでの辛抱だ、君にはそれなりのポストが用意してある、っていう合図なんだよなぁ???」
イェントゥ「そうなんですよ。コジマ兵曹長が今まで軍にしてきた事を考えれば、少尉、中尉、大尉かなあ―――」
コジマ「大尉はないなぁ。でもさ、俺がもしいきなり大尉になっちゃったらさ、うちの女房卒倒しちゃうよ」
イェントゥ「奥さんお元気ですか?」
コジマ「元気元気」
イェントゥ「いいなぁ、よく出来た奥さんで」
コジマ「それ程でもないけどさ」
コジマ・イェントゥ「身長153センチ、バスト180のAカップ」
イェントゥ「いいなぁ、その胸に顔を埋めたい!」
コジマ「いい加減にしろ!」
イェントゥ「?」
コジマ「……出てったよ」
イェントゥ「……」
コジマ「おれが二等兵になった途端に出てったよ」

   音楽。

コジマ「一生懸命勤めて来たのに」
イェントゥ「……」
コジマ「コツコツと一番下から這い上がった」
イェントゥ「……」
コジマ「兵曹長にまで出世した。それが……たまたま変な上官にあたっただけでこの様だ」
イェントゥ「もうすぐ少尉が来ます」
コジマ「元・少尉だ」

   ツキノ、登場。

コジマ「あいつは重罪人だ。特一級軍律違反だ」

   SE(警報装置作動)。
   兵卒たちが次々に走り込んでくる。

イェントゥ「コジマ兵曹長。第一師団第一小隊。国立銀行東門、封鎖いたしました!」
兵卒A「第一師団第ニ小隊。国立銀行西門、封鎖いたしました!」
兵卒B「第一師団第三小隊。国立銀行南門、封鎖いたしました!」
コジマ「少尉は間違っていた。ツキノ少尉のせいで、何人もの人生が狂った。おれの人生も狂った」
兵卒C「第一師団第四小隊。国立銀行北門、封鎖いたしました!」
コジマ「あの日が、おれにとって初めての実戦だった。おれは、黒光りするモーゼル?型自動小銃を手に途方に暮れていた。どうしてこんなことになったんだ。どうしてこんなことになっちまったんだって」
兵卒A「コジマ兵曹長。総員、配置につきました!」
イェントゥ「風の月黒の七日午前3時30分。国立銀行金庫室に賊が侵入。治安維持本部からは、エマージェンシー・ケース01。賊の武器携帯の有無にかかわらず、全員射殺せよとの強行指示が出される。鎮圧部隊の指揮官はツキノ・マオリ少尉。賊は、男3名、女1名の計4名。全員、「浜辺」で生まれ育った、通称「人でなし」である」

   音楽、あおる。

コジマ「ツキノ少尉。総員配置につきました」
イェントゥ「攻撃命令を……攻撃命令をお願いします」
ツキノ「……」
イェントゥ「少尉……」
コジマ「治安維持本部からの命令には逆らえません」
兵卒たち「少尉!」
ツキノ「……」

   音楽、C.O。
   銀行内部に潜む四人の賊(カラス、ハヅキ、リク、ネズミ)が現れる。

ネズミ「もしかして、おれたち囲まれました?」
カラス「……囲まれたね」
ネズミ「それって、結構やばいんじゃないですか?」
カラス「……やばいね」
ネズミ「やっぱり……」

   間。

ネズミ「(大ビックリ)えええっ? やばいの、おれたち?」
リク「やかましわ、ボケッ。女のハヅキが落ち着いてるのに、男のおまえがなんや!」
ハヅキ「いや、私はホラ……カラスがいるから」
カラス「カアカア」
リク「状況分かってんのけ?今俺ら、囲まれてるんやぞ」
ハヅキ「だって、本当のことなんだもん、ねえ?」
   カラスとハヅキ、いちゃいちゃしだす。
リク「負けた。完敗や」
ネズミ「何に負けたんですか?」
リク「アホウ。男が負けるのは、いつの時代も女の愛や」
カラス「おい! ちょっとは冷静に考えよう」

   もう一度、考え始める一同。

カラス「部屋の出口は……」
リク「ひとつ」
カラス「その外には……」
リク「軍隊。それもごっつうぎょうさん」
カラス「一歩外に出ると……」

   ハヅキ、ちょっとだけ足を出す。
   SE(一斉射撃)。

ハヅキ「……」
ネズミ「うわっ。おれたちめちゃくちゃヤバイじゃないですか!」
リク「やかましわ、ドアホ」
ネズミ「でも……」
リク「こういう時はな、オタオタしたり、ウジウジしたモンからババ引くんや」
ハヅキ「そうよ。同じウジウジするんでも、前向きにウジウジしないと」
ネズミ「ちょっと待ってください。ウジウジに前向きも後ろ向きもあるんですか?」
全員「あるよ」
ネズミ「ええっ?」
リク「例えばな、やけ食いは前向きだけど、ヤケ酒は後ろ向きやぞ」
ネズミ「面白い」
カラス「ブラッドピットは前向きだけど、シュワルツネッガーはムキムキ」
ハヅキ「(適当に何か)」
ネズミ「じゃ、こんなのはどうですか。シャンプーハットは―――」
リク「(ネズミを遮るように)おれ、いいこと思いついた」
全員「何々」
リク「周りをぐるっと囲まれてて、どのみちみんな撃たれちまうんやろ。ほな、誰か一人を盾にして、残りのみんなが助かるっちゅうのは?」
全員「誰か一人をねえ」

   全員、ネズミを見る。

ネズミ「ハハハ(笑ってから)! えええっ? や、やめてくださいよ」
カラス「遅えよ」
リク「遅い」
ネズミ「仲間じゃないですか。同じ人でなしの浜辺生まれじゃないですか」
リク「浜辺生まれ……ねえ」

   リクとネズミがハヅキを見る。

ハヅキ「私? い、いいよ、私。やりましょう。やってみせましょう」
リク「いや、冗談。軽い冗談」
ネズミ「そうですよ。ただの冗談ですよ」
ハヅキ「私はどうせ、浜辺生まれじゃないし」
リク「あの国にもあるのかなあ……」
全員「?」
リク「人でなしの浜辺って」
全員「!」
カラス「ない。絶対、ない」
   
音楽。

ネズミ「じゃあ、人でなしは?」
カラス「いない」
ハヅキ「じゃあ、人でなしでなし、は?」
カラス「いない」
リク「じゃあ、人でなしでなしでなし、は?」
カラス「いない」
ネズミ「じゃあ、人でなしでなしでなしでなしは?」
カラス「いないいない」
ハヅキ「人でなしでなしでなしでなしでなしでなしでなしは?」
カラス「いないいないいない」
全員「人でなしでなしで……」

   しばしエスカレート。

カラス「いない。全部、いない!」

   全員、大歓声。

リク「もっとええ事思いついたぁ」
全員「!」
リク「どの道、だれかが撃たれるんやったら、恨みっこなしで、いっせいのせで飛び出す、ちゅうのはどうや?」
全員「ええっ?」
リク「大丈夫や。気持ちを前向きに持てば、絶対弾には当たらへん。玉の方からヒョイヒョイヒョイヒョイよけていきよる。いつの時代でもな、主人公っちゅうのは玉が当たらんように出来とるんじゃい」
全員「……」
リク「わしゃぁ、あの国に行ったら、船乗り」
ネズミ「コメディアン」
カラス「会社員」
ハヅキ「専業主婦」
全員「ええっ?」
ハヅキ「だめ?」
全員「全然OK」
ハヅキ「良かった」

   全員、笑顔。

リク「あの国に行ったら、船乗り」
ネズミ「コメディアン」
カラス「会社員」
ハヅキ「専業主婦」
リク「船乗り」
ネズミ「コメディアン」
カラス「会社員」
ハヅキ「専業主婦」
リク「気合やぞ!みんな、人生は、気合じゃ! わしゃ死なへんぞ。死んでたまるかっちゅうんじゃ。あれぐらいの軍隊な、俺が気合いで蹴散らしたるんじゃ。蹴って蹴って蹴りまくって、そして―――」
カラス「ウォ―――ッ!」

   カラス、気合とともに立ち上がろうとする。
   (客、初めて、カラスの膝が砕けていることを知る)

ハヅキ「カラス……」

   全員、必死に立ち上がるカラスを見ている。

カラス「あの国に行ったら、ボクサー……あの国に行ったらボクサー……あの国行ったら、ボクサー! ハヅキ!」
ハヅキ「はい」
カラス「行くぞ」
ハヅキ「はい」
カラス「ネズミ! リク! 行くぞ!」
ネズミ・リク「おう!」
リク「なんや、おまえ。美味しいとこみんなもってきよる」
ネズミ「あの国に行ったら、コメディアン!」
ハヅキ「専業主婦!」
カラス「ボクサー」
リク「船乗り」
ネズミ「コメディアン」
ハヅキ「専業主婦」
カラス「ボクサー」
リク「船乗り」
ネズミ「コメディアン」
ハヅキ「専業主婦」
全員「よし、行くぞ」
全員「いっせいの!」

   4人、部屋から飛び出す
   暗転。
   
   SE(波の音)が静かに聞こえてくる。
   溶明。

   時間が大きく戻る。

   人でなしの浜辺。
   リク、ハルキ、ネズミ、ケイの4人がいる。
   リクとケイは、望遠鏡で海の向こうを見ている。
   ハルキは、女のことを考えている。
   ネズミは座っている。

リク「いやッほ?。見えたあ!あの国発見!」
ケイ「お腹すいたぁ!」
リク「おい、見えたで。翼よ、あれがあの国や」
ケイ「お腹すいたぁ!」
リク「でっかい港が見える。真っ白な帆をパンパンに張った船が、ヒィフゥミィヨ……仰山止まってるわ。ケイ、兄ちゃんな、いつかあんな船の船乗りになるぞ」
ケイ「うん!」
リク「船長、準備整いました」
ケイ「整いました」
リク「よおし、船を出せ、帆を上げろ!イエッサー」
リク・ケイ「ヒャッホー」

   二人、走り回る。

ケイ「お腹すいたぁー」
リク「腹ペコなんか気合で吹っ飛ばせ」
ケイ「おう!」
リク「見てみい、あそこ、あのおばちゃん、豚三匹連れて歩いとるやろ。あれ、焼いて食うんやろな」
ケイ「ホントに?食いてー」
リク「あ!潜水艦や!ほれ、見てみい。あれが潜水艦ちゅうてな、一時間くらい海ん中潜れるんやて。てことは、わしらも、一時間くらい息止める練習せなあかんな」
ケイ「うん」
リク「よっしゃ、競争やで」
ケイ「うん」
リク「せーの」
   二人、息を止めて海に潜る真似。
ケイ「お腹すいたぁ」

   ネズミがいきなりハルキを見ながら笑い出す。

ネズミ「だよな」
リク・ケイ・ハルキ「?」
ネズミ「今ね、コイツね、女の事考えてた、絶対」
リク「何考えてんねん」
ネズミ「人でなし」
リク「人でなし」
ハルキ「俺が女の事考えちゃいけねーのかよ?」
リク・ネズミ「ああ」
リク「男は金や、名誉や、将来性やぞ」
ネズミ「そうだ」
リク「お前全部あれへんやんけ」
ハルキ「何だよ、将来性って?」
リク「将来性っていうのは、将来性やないかい。女の幸せっちゅうのはな、将来性のある男に捕まるちゅうことや」
ネズミ「人でなし」
リク「あの国発見!」

   と、ケイが入ってきたツキノにきづく。

ケイ「リク!」
ツキノ「こんにちは」
全員「……」
ツキノ「カラス、いる?」
リク「何の用ですか」
ツキノ「あなたがカラス?」
リク「……そんな名前のやつ、おりません」
ツキノ「あら、変ね」

   ツキノ、書類を1枚取り出す。

ツキノ「Bの13208。戸籍なし。通称カラス。特技、暴力。非合法組織の用心棒を生業とし、浜辺に暮らす者の大半を養っている……大半を養ってるってすごいよね。私、ちょっと興味が湧いて」
全員「……」
ツキノ「ここ一体の治安責任者に就任するツキノです。明日から就任します。階級は少尉。どうぞよろしく」

   ツキノ、右手を出す。

リク「無理、しなくていいすよ」
ツキノ「無理って?」
リク「浜辺生まれは人でなしだ。触ると手が腐る」
ツキノ「金、名誉、将来性。働きなさい。普通の仕事に就きなさい」
リク「おれたちを雇うところなんてない」
ツキノ「雇用者は、従業員の採用にあたり、その性別や出生地を基準にしてはならない。労働基準法118条」
リク「そんなもん信用出来るかい」
ネズミ「そ、そうだ!」
ツキノ「どうして?」
リク「そんなん、そっちで考えや」

   ツキノ、リクに触る。
   音楽。

ツキノ「……カラス、カラス」
全員「……」

   ツキノ、退場しようとして、

ツキノ「お、手が腐ってる! ……そんなわけないでしょ」

   ツキノ、退場。

リク「2度と来んな」
ネズミ「来んな」
ケイ「来んな」
ハルキ「金、名誉、将来性…」

   溶明。
   カラスの家。

カラス「寒ぃねえ、今日は。ったく、たまんねえなあ、もう。さあて、メシメシ」

   カラス、かがんで火を熾している。何かを焼くか煮るかするのだろう。

カラス「こんな寒い夜はいい女としっぽり、てなのがいいよなあ。「カラス、ご飯できたわよ」「おおそうか」「ごめんね、カラス。今夜のおかゆ、具がないの?」「何! 具がない! いつものことじゃない」

   いきなりハヅキが転がり込むように入ってくる。

カラス「! どちらさまですか?」
ハヅキ「………」
カラス「お前、町生まれか?何しに来たんだよ」

   外の物音にビクッとするハヅキ。
   ハヅキ、そのまま立っている。

カラス「いいよいいよ、中入れよ。なんだよ。そんな格好じゃ寒かっただろ。中入れよ。遠慮するなよ。浜のヤツだろうが町のヤツだろうが俺には関係ねーんだよ。猿でも豚でも猫でも関係ないんだよ。来るものは拒まず、去るものは連れてこっちに戻すっていうような、そんな変な人間なんだよ。遠慮するなよ。あ!君、ちょうど良いところに来たね?。今飯にしようと思ってたんだ。一緒に食おうぜ。かゆ。具がないけど、味はグー。食べたらグーの音もでない」
ハヅキ「……」
カラス「このやろう。お前はそこでも良いかもしれないけどさ、俺嫌なんだよ。お前がそこにいて、俺が一人でここでガツガツ食ってるの。なんか、すっごくおれがケチくさい人間みたいじゃない。俺そういうこと、すっごく気になる性質なんだよね」
ハヅキ「……」
カラス「ああ、もう、このやろう!浜辺にさ、何の用だよ、町の人間がさ、女一人で。なるほど。女が男の部屋に一人で来たってことは、何でもオッケー?!ッてことじゃねーかよ。待て待て。俺もよー、この国ではちょっと有名なさ、人でなしの浜辺のカラスって呼ばれてる男だよ。特技暴力、趣味は掃除洗濯料理。つまり、心の広い男だってことだよ。だけどよ、恋愛に関してはすごーく純だから、純のカー君、硬派なカー君て呼ばれてるんだよ。つまりさ、男と女は順序だてて付き合って行こう、っていうのが俺のモットーなんだよ。まずはトークアンドトークだよ。トークアンドトーク。俺、カラス。君の名前は?シャイだなぁ、もう。あ!そうだ。(探す)あった!「絵本で見る恋の手引書。」やる、とにかくやる、しっかりやる、頑張ってやる。は、応用編だ、猿だな、こりゃ。なんだよ?。男と女が最後に行き着くところはそこかぁ。じゃあ、行くよ?。カッカッカッカッカ」

   ハヅキのほうに近づく。ハヅキ、いきなり振り返る。
   二人、しばし無言。

ハヅキ「……」
カラス「ホレ。(椀を差し出す)どうせロクに食ってないんだろ、ほら、食え食え」

   カラス、ハヅキの手を取り、ゆっくり座らせる。

カラス「町の人間はこんな浜辺の汚い家に座んねーか。待てよ、敷く物探してくるからよ」

   カラス、去る。
   すぐに戻ってくる。
   ハヅキ、釜戸の前にいる。

カラス「ほら、ここに座ると釜戸の火で暖かいんだよ。ちょっとだけだけどさ。あ、飯食うか。お前らこんなの食った事ねーだろ。食え食え、ほらこれ、かゆっていうんだぞ。見たことあるか?具はないけど、味はグー」

   ハヅキ、差し出されたお椀を受け取る。

カラス「俺も食おう?。でも初めてなんだよ、この家によ、町の人間が来るのってさ。それにさ、客なんて来ねーからさ、初めてなんだよ、人と食うの。美味いだろうな。食え食え、遠慮せずに。あ!食べ方教えてやろうか。うわ、これはアッチッチだ。フーフーして食べるんだ、フーフーして」

   カラス、食べる。

カラス「美味?。やっぱり人と食うとスゲ?美味いな」
ハヅキ「……」
カラス「そうだ!お前に取って置きの話聞かせてやるよ。昨日象さんがなぁ―――」

   いきなり、激しく戸を叩く音。
と、突然ハヅキに恐怖の色。

チンピラA「開けてくれよ、カラス。このあたりにうちの女郎が逃げこんじまってさ。一軒一軒探して歩いてんのよ」
カラス「…いませんよ」
チンピラA「そんな事言わないでさ、ちょっと中見せてよ」
カラス「今寝るとこだったので、明日事務所に行きますよ」
   チンピラ、戸を壊して入ってくる。
チンピラA「開けてくんないから、壊しちゃったよ。久しぶりだな、カラス。相変わらずの活躍だって? 聞いてるよ聞いてるよ」
カラス「……」
チンピラA「そいつ、元は山の手のお嬢さんでさ、元手が50ギーツもかかってんのよ。なかなかの大金だろ?お前ら人でなしの人間がさ、町育ちを抱けるチャンスなんてそうはねーからさ、気持ちは分かるんだよ。気持ちは分かるんだよ。ははは」
チンピラB「はははははは」
チンピラA「(Bに)何笑ってんだ、コラ。オイ、カラス。お前何で飯が食えてるか忘れたわけじゃねーやな。うちがせっせとお前に用心棒の仕事を振ってやってるからだ。それともあれか、お前この女取って、浜辺の連中みんな飢え死にさせようってか。へへへへへ」
チンピラB「へへへへへへ」
チンピラA「そんなわけねーだろうが!」
カラス「……」
チンピラA「飢え死になんかしたかねーよな」
ハヅキ「ご馳走様でした」

   ハヅキ、チンピラたちのもとに近づく。

チンピラA「面倒かけやがってよ、このアマ」
ハヅキ「す、スイマセン」

   カラス、チンピラAがハヅキにかけている手を払う。

チンピラA「? カラス?」
カラス「ここはおれの家だ。おれの家に来たやつはおれの客だ。文句ありますか?」
チンピラA「……そんな口きいていいのか?」
カラス「……」
チンピラA「(Bに)行くぞ、おら!」

    チンピラBを蹴ろうとすると、B、何故か蹴りを受け止めてしまう。

チンピラA「……。どうすんだよ!」
チンピラB「すいません!」
カラス「……」

   チンピラAB、去る。
   カラス、途端に腰を抜かす。

カラス「怖かった……。大丈夫だよ。あいつのあだ名、リゾートって言うんだよ。あんな麦藁帽被ってさ、あんなシャツ着てよ、町なんかうろうろされたらこっちは気持ち悪くてしょうがないんだよ。いつかぶっ殺してやろうと思ってるんだよ。大丈夫だよ、飯食え飯食え。あったかいぞ」
ハヅキ「ご馳走様」

   ハヅキ、帰ろうとする。

カラス「泊まっていけ」

   ハヅキ、立ち止まる。

カラス「初めてだよ、これ使うの。これ、むしろって言います。むしろ、ない方がいい。二枚かしてやるからよ。俺その隣で寝よう。初めてだよ、人と寝るの。うわ、嬉しい。ちょっと遠いなぁ。大丈夫、大丈夫だよ。今計ったから。10センチあるから、10センチ。10センチあれば他人だから。おやすみなさーい。あ、明かり消さなきゃ」

   カラス、息を吹きかけてロウソクの明かりを消す。
   暗転。
   
ジジイの家。
   ジジイとケイ。

ジジイ「なんじゃよ。だから、何じゃって?あー、もう、話ってなんじゃよ。なんだ、ニコニコしやがって。分かった、小遣いじゃな。待ってろよ。…ない。食べもんだ!…ない。わしには何にもないのう」
ケイ「あのね、女の幸せって何?―――おーい」
ジジイ「女の幸せじゃと?」
ケイ「うん」
ジジイ「そうじゃよ。あのな、こう、川が流れておる」
ケイ「……」
ジジイ「そして、川の上には橋がかかっている」
ケイ「……」
ジジイ「そして、その橋の上に立ち、流れる川をじっと見つめてみる。川が流れているのか。それとも川は止まっていて、橋と、橋の上にいるわしらが動いているのか、分からんじゃろ?これはな、分からないということが正解なんじゃ。わしはな、これを相対性理論と名づけたんじゃ」
ケイ「これが幸せ?」
ジジイ「ああ、幸せじゃった。わしはこれを発見した時、とても幸せじゃった」
ケイ「ジジイの幸せじゃなくて、女の幸せ!」
ジジイ「あのな、向こうに船があるんじゃよ。で、わしらのところにも船がある。これが10キロのスピードで近づいてくる。わし等の船は泊まっていて、向こうの船がな―――」
ケイ「……」
ジジイ「女の幸せ?」
ケイ「ウン!」
ジジイ「低血圧。これ幸せじゃぞ」
ケイ「?」
ジジイ「社長、ごめんなさい。今日5時間も遅れちゃって。これ低血圧なんだよ。あなたごめんなさい。今日ご飯作ってないの。これも低血圧なんだよ。ねえねえ、見てみて。バッグ買っちゃったの、3万円もしたの。これも低血圧なんだよ。何でもかんでも低血圧で済ませやがって?。わしはな、幸せはよく分からんが、不幸ならよう知っとるぞ」
ケイ「不幸じゃなくて幸せ」
ジジイ「なーに、言っとるんじゃよ。不幸と幸せって言うのは裏返しじゃ。不幸を知ることによって、幸せを知ることが出来るんじゃ」
ケイ「そっか」
ジジイ「男が入ってくる。僕はあなたの事が好きです。あなたとなら一生懸命頑張れそうな気がします。ドキッとするじゃろ?そこでほだされて女はSEXをしてしまうわけだろ。男は安心して、俺は弱い人間なんだよね、ってこの男がだらしがない。女と一緒にいても、全然頑張らない。金も稼がない。たまに稼いだ金も、全部自分のために使っちまう。逆上して女に手を上げる。あ!い、痛い!何するのよ、アンタなんか分かれてやる!えーー、ヤダヤダ泣いて駄々をこねる。そのうちに歳をとり、女は人生をやり直せない」

   ハルキ、入って来る。

ハルキ「ジジイ、入るぞ」
ジジイ「お!男が来た!」
ハルキ「俺さ、無茶苦茶言われてさ。金、名誉、将来―――(ケイに気付き)…あ」
ジジイ「ええところに来た」
ハルキ「俺今日、帰るわ」
ジジイ「待てよ、わしの話を聞いていけ。こう川が流れているんじゃよ。そこに橋がかかってるんじゃよ。この橋の上から川をじっと見つめているとな、分からなくなるんじゃよ。川が流れてるのか、川はとまっていて、わしらが動いているのか」
ハルキ「川が流れてるんだよ」
ジジイ「そうじゃない!わざわざこんなところまで何しに来たんじゃよ。金だ?名誉だ?」
ハルキ「いやいやいや。亀とメロン…をしょったワニがいてさ、そのワニがさ、ジジイの家の近くの川にいてさ、俺が待て待て待てって追いかけて―――」

   ジジイ、ワニを求めて出て行く。

ハルキ「今日はね、満潮はね、いつもより5分早いみたいよ」
ケイ「……」
ハルキ「満月だから。干潮はいつもとおんなじだね。昨日ね、出たんだよ。300万。幸せ家族計画、伊東さんちに。古いね。再放送」

   間。

   ハルキ、プレゼントをケイの手に握らせる。
ケイ「!」
ハルキ「ピンク。たまたまさ、東町の商店街を行ったときにさ、ぱっぱっぱって普通に歩いてたらさ、ぱって見たら、コレ、ケイに合うんじゃないかなーって俺ピーンっと来てさ、その瞬間にパクりよ」

   ケイ、盗んだものとわかり下に置く。

ハルキ「あれ?気に入らなかった?あ、じゃあ、またパクり直してくるよ」

   ジジイがワニを抱えて入って来る。

ジジイ「見て見て、、ワニみて、ワニ見つかったよ?」
ケイ「私……泥棒はきらい」
ハルキ「……あそ。分かった」

   ケイ、退場。

ジジイ「いかんな。それではいかんぞ。分かってはいかんのじゃぞ。分からないと言うことが正解なんじゃ。あ!逃げた!!」

   逃げたワニを追い、ジジイ退場

ハルキ「ワニ!」

   ハルキも退場。

   カラスの家。

   誰もいない。
   そこに、カラスが上機嫌に帰って来る。

カラス「ただいま! (感動)初めてだ……家に帰ったら、ただいま。こんな当たり前のはずのことが、こんなにもしみじみと……あ、そうそう。実は土産があんだよ。ワニの肉。昨日、ジジイの家の近くでワニが……あれ?」

   誰もいない。

カラス「なんだよ。そういうことかよ……ま、本当はわかってたんだけどさ。ああいうタイプの女はさ、ちょっと寂しげな表情とかうまいんだよ。それで男をちょちょっとその気にさせてさ。だいたい、町生まれの連中はみんな―――!」

   ハヅキ、台所から出て来ている。

カラス「い、いたの?」
カラス「そ、そう。いやあ、うれしいなあ」
ハヅキ「お帰りなさい。……ご飯、作ったんだけど」

   カラス、ワニの肉を隠す。
   ハヅキ、カラスに食事を出す。

カラス「いただきます!あ、そうそう。例の件だけどさ、ほら、西町の。実はおれ、あそこのオーナーに顔が効くんだよ。敵が多い人でさ、しょっちゅう襲われるの。それをこのおれが、バシッ、バシッとやっつけるわけ。もう、13回も命助けてんだから」
ハヅキ「……」
カラス「大丈夫大丈夫。おれがいるから。いざとなれば、50ギーツ、耳を揃えてスパッと。(無理だな)大丈夫。スパッと。(無理だけど)」
ハヅキ「……」
カラス「オーナーとはさ、明日会うことになってるから。それまで、もう1日、いたらどうかな。うん、いた方がいいよ。うん、そうしよう。いろ」
ハヅキ「……」
カラス「ところで、これうまいね。何?」
ハヅキ「……ホイコーロー」
カラス「えっ? 誰?」
ハヅキ「豚肉、入ってないけど」
カラス「うん。いいじゃない。いいよ。その方がいいよ」
ハヅキ「あと、お味噌汁」
カラス「えっ? これが?」
ハヅキ「お味噌がなかったから、ちょっとうまくいかなくて」
カラス「いいじゃない。いいよ。その方がいいよ」
ハヅキ「……」

   カラス、美味そうに、ガンガン食べる。

カラス「そういえばさ、今日、押し込み強盗があったんだけどさ、そいつがこんなデカイナイフで、か、か、か、金を出せとか言って、おれのことグサって刺すんだよ。血がドバッて出たから慌てて手で押さえたら、あれ? 血がもう止まっててさ。夕方、帰る時にはもう傷口が塞がってんの。最近怖くて。自分で自分の体が。ハハハ」
ハヅキ「……」
カラス「ええと、ええと、おれさ、今日、自分の星座を調べたんだよ。せいざって言っても正座じゃないよ。ジジイのところ行って、あ、ジジイっていうのは、浜辺のはしっこに住んでる変人なんだけどさ、そしたら、おまえはいつ生まれたかわからんから、星座もなんでもいいって言うんだよ。ところで、君の星座は? おれとしてはさ、君の星座を聞いてから自分の星座を決めようかな、なんて」
ハヅキ「……」
カラス「……」

   間。

カラス「おい!」
ハヅキ「はい?」
カラス「いい加減にしろよな」
ハヅキ「……」
カラス「頭来た。おれは本当に頭来たぞ。いつまでもいつまでも、ウジウジウジウジ暗い顔しやがって。見てろよ、この野郎。絶対におまえのこと、笑わせてやるからな」
ハヅキ「……」

   カラス、くだらない瞬間芸1.

ハヅキ「……」

   カラス、くだらない瞬間芸2.

ハヅキ「……」

   カラス、思いっきりくだらない瞬間芸3.
   
ハヅキ「一つ、聞いてもいいですか」
カラス「何?」
ハヅキ「どうしてこんなに、優しくしてくれるんですか」
カラス「えっ? 優しい? ふ、普通でしょう。女が飛び込んできて、男が追いかけてきて、はい、どちらの味方をしますかって言われたら……な?」
ハヅキ「……」
カラス「……名前、聞いてなかったな」
ハヅキ「ハヅキ」
カラス「へえ。いい名前だね。町生まれって感じ」
ハヅキ「……」
カラス「おれはね―――」
ハヅキ「カラス」
カラス「……」
ハヅキ「……」
カラス「お代わり、しようかな」

   ハヅキ、カラスのお代わりを取りに退場。

カラス「へへ。へへへへ」

   リクとジジイが登場。

カラス「そういうわけでさ、この前、やった金、返して」
リク・ジジイ「ええっ?」
ジジイ「こんな、いたいけなジジイから、それも一度やった金を返せだなんて……ああ、嘆かわしい(泣く)。わしには金がないから、ホレホレ」

   ジジイ、お尻を突き出す。

カラス「いらねーよ。リク、出せ」
  
   カラス、リクとジジイから有り金を徴収。

カラス「あとは、ハルキとネズミか」
リク「いくら、集まったんだよ」
カラス「1ギーツ25ピニー」
リク「その子の借金は?」
カラス「50ギーツ」

   間。

リク「どうすんだよ」
ジジイ「そうじゃ、どうするんじゃ」
カラス「そのことなんだけどさ……金、貸してくんない?」
ジジイ「は? 今、わしから有りがね全部巻き上げたじゃないか」
リク「そうだよ」
カラス「ほら、あれは? ケイの貯金」

   リク、カラスの頭をパシッ。

リク「あれはな、ケイがいつか、あの国の入国許可証を買う時のための金や。よう覚えとけ」
カラス「いくらすんだよ、それ」
リク「闇で500ギーツ」
カラス「で、いくら溜まったんだよ」
リク「凄いぞ。3ギーツ」

   間。

ジジイ「金ならなくはない」
リク・カラス「ええっ?」
ジジイ「わしはな、おまえらと違って、いろいろと考えとる。転ばぬ先の杖、というやつじゃ」

   カラス、ジジイを転ばす。

ジジイ「痛!」
カラス「ごめん。つい」
ジジイ「何を考えとるんじゃ、おまえは」
カラス「すまん」
リク「そんなことより、金だよ金」
ジジイ「これじゃよ、これ」

   ジジイ、1枚の紙を大事そうに取り出す。

リク「何やこれ」
ジジイ「おまえら知らんじゃろう。生命保険じゃ」
カラス「生命保険?」
ジジイ「これはな、若い頃にこう、コツコツとお金を積み立てておくとな、いざ死んだ時に、大量のお金がどーん」
カラス「俺はな、今金が必要なんだよ、このクソジジイ!」
ジジイ「離せ、離せ、離せ」
カラス「金がないなら知恵を出せ」
リク「智恵を出せ」
カラス「ん?」
リク「さあみなさん、ようござんすか。入りますよ。はっておくんなせー。丁ないか、丁ないか?半ないか?半ないか?勝負!**の丁!おい、お前今、いかさまやりやがったな。おう、コラ、わしの目が節穴やと思うてんのか?わしを誰だと思ってんねん。リクと知っての沙汰か?コラお前。白状せんか。今いかさまやりやがったやろ!あ!手入れや。何手入れ?てーへんだ。皆逃げろ!手入れや手入れ!手入れや手入れ!あーーーー!(向こうを指差し、カラスが見ると、下の金を拾い始める)どうや?まだあるで!」

   リク、パチンコのいかさま、競馬のいかさまを語る。
   そのまま、馬に跨って去るリク。

ジジイ「いいか。無理なもんは無理なんじゃ。約束を守れんなら、謝るしかないじゃろが」
カラス「謝る? 謝ったら許してくれんのかよ」
ジジイ「誠心誠意謝れば、多分許してくれない」
カラス「(聞いてない)1ギーツ。ごめんなさい。だめ? 1ギーツ。ごめんなさい。だめ?1ギーツ。ゴメンなさい。だめ? ……殴る!……いいじゃない」
リク「ゴーゴー(馬に跨り、帰ってくる)」
カラス「ちょっと待て。希望が出て来たよ、おれ。1ギーツ。ごめんなさい。だめ? 殴る! GOOD!」

   カラスにつられてジジイまでGOOD!とやってしまう。

カラス「よし。じゃあ、おれ行くな」
リク「カラス」
カラス「ん?」
リク「おれも、ついてってやろうか」
カラス「バカ。足手まといだよ」
リク「……」

   カラス、退場。
   間。

ジジイ「それより、おまえは何の用だったんじゃ」
リク「おれ?」
リク「何でもない。(ツキノに触られた頬を気にしつつ)アホらしい話や」
ジジイ「(訳知り風に微笑んで)ワニ、食うか?」
リク「ワニ? 食う」

   ジジイ、リク退場。
ハルキ、登場。

ハルキ「あの、受付にいるんですけど。ツキノ少尉、お願いできますか」
イェントゥ「初めまして。治安維持課のイェントゥです。本日のご用件は?うわあああ!」
ハルキ「あの、ツキノ少尉は?」
イェントゥ「何やってんだよ、そんなところで。離れろよ。離れろって。離れろよ。ふー。生活保護の申請なら2番窓口。たぶん降りないけど。留置場のごろつきの引き取り手続きなら4番窓口。早く連れて帰って。それ以外で……用事なんかないでしょ。さ、早く帰って」

   と、コジマとツキノが帰ってくる。

コジマ「さすがですね、ツキノ少尉。今日は本当に勉強になりました」
ツキノ「そんな、コジマさん、やめてください」
コジマ「少尉こそ、コジマさんだなんて。兵曹長!と呼びつけていただかないと」

   ツキノ、ハルキと目が合う。

ツキノ「あら」
イェントゥ「あ、少尉。すみません。今ちょうど、追い返すところですから」
ツキノ「待って」
イェントゥ「は?」
ハルキ「あの、俺カラス探しに来てた時の、浜辺の―――。こんな事あれなんですけど」
ツキノ「だから何?」
ハルキ「やっぱ無理なのは分かってるんですけど」
ツキノ「仕事?」
ハルギ「はい」

   イェントゥとコジマが同時に笑う。

ハルキ「この前、あんた言ったよな。なんとかいう難しい法律で、おれたちにも―――」

   ツキノ、手でハルキとコジマ、イェントゥの両方を制する。

ツキノ「本気なの?」
ハルキ「悪いのかよ」
ツキノ「本気かどうか聞いてるの」
ハルキ「いろいろとおれにも事情があんだよ」
ツキノ「面接には行ったの?」
ハルキ「どこも会ってもくれなかったよ」
ツキノ「そう」
ハルキ「……」
ツキノ「アメリカの首都は?」
ハルキ「ニューヨーク」
ツキノ「水と油ってどういう意味?」
ハルキ「どっちも美味しい」
ツキノ「四則演算は出来る?」
ハルキ「持ってます」
ツキノ「仕事―――探してあげる」
ハルキ「!」
コジマ・イェントゥ「ええっ?」
ツキノ「その代わり、一般常識試験、100点満点中70点以上を取りなさい。出来る?」
ハルキ「はい」
コジマ「あの、ツ、ツキノ少尉!」
ツキノ「私、間違っていませんよね、コジマさん」
コジマ「いや、間違ってはいないんですけど、―――」
ツキノ「憲法第15条第2項。 法律にも雇用の平等が明記されてます」
コジマ「しかし、現実には……」
ツキノ「イェントゥ二等兵!」
イェントゥ「は!」
ツキノ「あなたが教えなさい」
ハルキ「!」
イェントゥ「ええっ?」

   ツキノ、退場。

イェントゥ「少尉! 勘弁してください!」

   コジマ、イェントゥ、後を追って退場。

ハルキ「……」

   イェントゥ、すごすごと戻ってくる。
イェントゥ、ハルキととても遠い距離でレッスンを始める。

イェントゥ「イェントゥ先生の数学講座!」
イェントゥ「(常識問題)」
ハルキ「???」
イェントゥ「(常識問題)」
ハルキ「???」」
   
   しばらく続ける。(人名当てクイズなど…)
   最後の1問だけ正解。
ハルキ「**」
イェントゥ「グッド!」

   イェントゥ、去る。
   ハルキ、グーのサインを出したまま止まる。
   そこにカラスが出てくる。
   カラス、ご機嫌。

カラス「言ってみるもんだよ。チャラにしてもらっちゃったよ、50ギーツ。となると、ウフ。ウフフフ」

   カラス、急いで家に帰ろうとする。
   SE(銃声)。一発。
   SE(銃声)。間を置いて二発。
   カラス、倒れる。

   ツキノ、登場。

ツキノ「どういうことですか。どうして、面接もしていただけないんですか。彼、すごくやる気があります。この前の常識テストで72点も取ってます。足し算引き算は完璧ですから、レジだってちゃんと打てます。少しくらい人より安い時給でもいいとまで言って……あ! (別の人間に)いいと思うんです。やる気もすごくあるし。若いし体力あるし、時給も最初は安くていいって……あ! (別の人間に)待ってください。この前は、私の言ってる事は間違いじゃないって、これからのこの国に大切な考え方だって―――」
ハルキ「もういいです!」
ツキノ「!」

   ハルキ、退場。
   ツキノ、失意の帰り道で、倒れているカラスを発見。

ツキノ「何してんのよ、そこで。あんた、浜辺の人間でしょ。起きなさい。酔っ払い? 新しい物乞いのスタイル?それとも、おなかが空いたっていうデモンストレーション?  起きなさい! あんたたちがそんなことしてるから、ハルキが就職できないんでしょ、ちょっと、ねえ―――」

   ツキノ、強引にカラスを起こそうとして、彼が撃たれているのを知る。

ツキノ「あなた、カラス……そんな……こんな……待ってて。今、病院に」

   ツキノ、カラスを運ぼうとするが重い。

ツキノ「(道ゆく人に)だれか助けてください。手伝ってください。死にそうなんです。人が一人、死にそうなんです。助けてください!……なんでですか? 何で無視するんですか。聞こえてるんでしょう。死にそうなんです。人が一人、死にそうなんです。助けてください!」 

   コジマ、登場。

コジマ「少尉」
ツキノ「コジマさん。手を貸してください」
コジマ「少尉こそ、手をお放しください。大切なお体、万が一があったらどうするおつもりですか。少尉は、この国をしょって立つお方です。その責任をどうお考えですか。たかが人でなし一人にかかわりあって、病気にでもなったらどうするおつもりなんですか」
ツキノ「コジマ兵曹長!」

   コジマ、敬礼。

ツキノ「命令です。手を貸しなさい」
コジマ「は、はい…」
ツキノ「早く」

   ハヅキ、登場。家事をしている。
   ツキノ、コジマ、カラスをずるすると引きずって退場。
   リク、登場。

ハヅキ「お帰り、カラス……!」
リク「カラスから、伝言がある」
ハヅキ「!」
リク「カタはついたそうや。どこなりと、自由に行けるで」
ハヅキ「あの人に何かあったんですか」
リク「……撃たれた」

   間。

ハヅキ「あの人はどこですか」
リク「聞いてどうする」
ハヅキ「あの人はどこですか」
リク「あんた、もう自由の身や」
ハヅキ「あの人はどこですか」
リク「町に帰り」
ハヅキ「あの人はどこですか」
リク「ここは人でなしの浜辺やぞ」
ハヅキ「あの人はどこなんですか」
リク「……わしん家や」

   ハヅキ、行こうとする。

リク「おい」

   ハヅキ、立ち止まらずに出て行く。

リク「アホ、ばっかしや」

   照明、変化。
   ケイ、ネズミがリクの背後に現れる。

リク「(受付マイクに)ツキノ少尉を、お願いします」

   イェントゥ、登場。

イェントゥ「おまたせいたしました。治安維持課のイェントゥです」
リク「あの……」
イェントゥ「うわあああああ。って何だよ、お前達、大勢で」
リク「ツキノ少尉、いますか」
イェントゥ「ツキノ少尉は忙しいんだよ。おれたちみたいなペーペーと違って、ゆくゆくは大臣の可能性だってある方なんだよ」
リク「いてませんの。帰りますわ」
イェントゥ「ま、ま、ま、待てよ」
リク「?」
イェントゥ「聞いてくるよ」
リク「……」

   イェントゥ、退場。
   やがて、ツキノ、コジマとともに登場。

リク「あ、ツキノはん。早いなぁ。あの、いろいろありがとうございました」
ツキノ「カラスは、どう?」
リク「おかげさまで、生きてます。もうほら、アレですけど」
ツキノ「そう」
リク「いや、俺達普段病院なんて入ったことないさかい、メッチャ緊張したな。きれいな看護婦さんはいるし、もうドキドキ―――」
ツキノ「コジマさんが赤十字に顔が利くから」
リク「あ、そうなんですか。ありがとうございました」
ケイ・ネズミ「ありがとうございました」
コジマ「……」
リク「ありがとうございました。今日はそんだけ言いに来たんですわ。ほな、失礼します(去ろうとする)」
ツキノ「あの、あなたは大丈夫なの?」
リク「おれ?」
ツキノ「カラスが稼いでたんでしょ」
リク「おれにだって、手はありますよ」
ツキノ「稼げるの?」
リク「普通には、無理ですね」
ツキノ「泥棒以外に、何かやったことないの?」
リク「全然」
ケイ「船乗り!」
ツキノ「あ、そう」
リク「クビになりました、一日で。何か、おれらが触った魚だと、値段が付かないって。その晩、おれはその魚全部かっぱらいました。捕まえますか」
ツキノ「泥棒は、捕まえる」
リク「おれ捕まえたら、「この国」は、ケイの……妹の面倒を見てくれますかね」
ツキノ「くれないわね」
リク「それじゃあ、捕まるわけにはいかないすね」

   リクたち、去っていく。

ツキノ「なれると良いわね、船乗り」
リク「そうだ。ハルキがツキノさんとイェントゥさんに伝えてくれって」
ツキノ「……」
リク「いろいろと、すみませんでした言うてましたわ。アイツ、ほんま無駄な事ばっかりしおってアホですわ。アホ」
ツキノ「……」

   リク、退場。

ツキノ「無駄だってさ」
コジマ「……」
ツキノ「コジマさんもそう思います?」
コジマ「……」

   暗転。

   溶明。
   カラス、寝ている。
   ハヅキ、帰ってくる。

ハヅキ「ただいま」

   カラス、答えない。

ハヅキ「どう、具合。今、なんか御飯つくるからさ。やっぱりちゃんと食べないとね」
カラス「……」
ハヅキ「私、思うんだけどさ、ハルキくん? 彼、絶対にケイちゃんのことが好きだよね。なんかね、目で語ってるの。(しばし話し続ける)」

   カラス、ゆっくり起き上がる。

カラス「どうして飯があるんだ?」
ハヅキ「えっ?」
カラス「どうして飯があるんだよ?」
ハヅキ「おばあちゃんの形見、売っちゃった」
カラス「おれは食わないから」
ハヅキ「何で?」
カラス「町育ちから食い物はもらわないんだ。昔からそう決めてるんだ」
ハヅキ「でもカラス」
カラス「おまえこそ、なんでここにいるんだよ。もうケリはついたった言ったろ。出て行けよ」
ハヅキ「分かった。じゃあ、コレ作ったら出て行く」
カラス「出て行けよ」

   間。

ハヅキ「おっきな真っ白い犬がいました。頭の先から尾も白い」
カラス「貴様、おれにケンカを売って……」

   カラス、立ち上がろうとして、倒れる。
   右膝が砕けている。

ハヅキ「カラス!」
カラス「寄るな! 大丈夫だ。大丈夫だよ。なんだよ、町育ちがよ。そんな人を憐れんだような顔してんじゃねえよ。おれはな、絶対に人に憐れまれたりなんかしねえぞ。絶対に、絶対にそんなことはさせねえ」
ハヅキ「カラス!」
カラス「出て行け。おれはなあ、町育ちから食い物恵んでもらってまで、生きていこうなんて思わん。おれはカラスだ。「人でなし」だ。お前だって言ってたんだろう。人でなし、人でなし―――」

   ハヅキ、カラスを平手打ち。

カラス「!」
ハヅキ「何よそれ。「人でなし」「人でなし」って、それじゃあ、町からも落ちこぼれた私は、「人でなしでなし」? じゃあ、今までのはなんだったの? 私がカラスに食べさせてもらった、あの「具のないおかゆ」はなんだったの?あれ、何だったの?」

   音楽。

カラス「もう、食べさせてやれないぞ。おれは、1ピニーも稼げない。ただのごくつぶしだ」
ハヅキ「治るって。頑張れば必ず治るって」
カラス「砕けてんだぞ、膝! 砕けてんだぞ、膝……だからさ、こんな泣きごと言わせんなよ。最期まで、強いカラスだけ見て、そしていなくなってくれよ」
ハヅキ「なんで。もう強くないの?」
カラス「……」
ハヅキ「もう強くないの? 本当に、もう強くないの?」
カラス「強くないよ。全然強くないよ。もう、そこらへんの酔っ払い一人にも勝てないよ。ガキにも勝てないよ」
ハヅキ「バカみたい」
カラス「何だと」
ハヅキ「あんたって本当にすっごくバカなのね。カラス、これ(腕)見て。見てよ。見てってば。あざがあるでしょ。これ店に無理やりひっぱってく時につけられたのよ。見てよ。見てってば! ほら! カラス、あんたの言ってた「強さ」ってこういうこと? あんたが言ってた「強さ」ってこれ? こんなのを「強い」「強い」って自慢してたわけ?私、忘れない。「ここに座ると釜戸の火で暖かいんだぞ。ちょっとだけだけどさ」 暖かかった。泣きたいくらい暖かかった。寒いのに、朝になったらムシロが3枚になってた。私に一度も、触ろうともしなかった。カラス。そういうのが強いんじゃないの? そういうのも、ケンカに弱くなると変わっちゃうの?」
カラス「わかってんだよ。わかってんだよ。そんなことおまえに言われなくてもわかってんだよ。でも、砕けてんだよ。砕けてんだよ、膝が」

   カラス、泣く。

ハヅキ「あの国に行こう。あの国で仕事見つけて、そのお金で足を治そう」
カラス「無理だよ」
ハヅキ「何で? あの国なら、きっとあるよ。私たちを雇ってくれるところがきっと――」
カラス「無理だ!」
ハヅキ「カラス」
カラス「……読めないんだ」
ハヅキ「えっ?」
カラス「字が読めないんだ……だからさ、俺があの国いったって、俺を雇ってくれるようなところ、どこにもねえんだよ!」

   ハヅキ、立ち上がる。
   音楽、あおる。

ハヅキ「横一。縦一。右斜め上からぐるッと回してあの国の「あ」!。長い棒。短い棒。行きたいの、「い」! 上にちょんって打って、線をくにゃって曲げます。嬉しいの「う」!」カラス、ちゃんと見てる?」
カラス「……」

   暗転。

   溶明。
   コジマがいる。そこにイェントゥが入ってくる。

コジマ「イェントゥ二等兵」
イェントゥ「は。イェントゥ二等兵。昨日の敵の行動について報告させていただきます」  コジマ「うむ」
イェントゥ「ええと……」

   コジマの鉄拳制裁。

コジマ「ええとはいらん」
イェントゥ「は。イェントゥ二等兵。報告にええとはつけぬよう、以後、気をつけます」
コジマ「うむ」
イェントゥ「ええと」

   コジマの鉄拳制裁。

コジマ「ええとはいらん」
イェントゥ「は。イェントゥ二等兵。報告にええとはつけぬよう、以後、気をつけます」
コジマ「うむ」
イェントゥ「え……」
コジマ「……」
イェントゥ「……」
コジマ「……」

   コジマ、イェントゥの頭を叩く。

コジマ「イェントゥ二等兵。昨日の敵の行動について報告をされたい」
イェントゥ「は。イェントゥ二等兵。昨日の敵の行動について報告させていただきます」  
コジマ「うむ」
イェントゥ「え……へん」
コジマ「……」
イェントゥ「昨日の午前7時30分」
コジマ「昨日の午前7時30分」
イェントゥ「敵は、我が治安維持本部治安維持課に出勤。ちなみに、毎朝一番乗りです」
コジマ「……」
イェントゥ「膨大な書類仕事をてきぱきと片付け、午前9時には出発。まず、東町の第一商店街に向かいました」
コジマ「……」
イェントゥ「順に、米屋、豆腐屋、魚屋、八百屋、白木屋、にんにく屋、成駒屋―――」
コジマ「何度も行ったところばかりじゃないか」
イェントゥ「は(手帳を見て)すでに、どこも10回ずつ断られています」
コジマ「当たり前だ。あんな連中雇うところがあるか」
イェントゥ「第一商店街すべてに断られた敵は、その足で、北町テキヤ街に向かいました。ちなみに、昼食は歩きながらのヴィダー・イン・ゼリーマルチビタミンでございます」
コジマ「あれはまずい」
イェントゥ「は?」
コジマ「後で、こっそり買っておけ」
イェントゥ「は。何をでありましょうか」
コジマ「だから、ヴィダー・イン・ゼリーより、ましな何かだよ。治安維持課のトップエリートが、あんなもん町で歩き飲みしていたら格好がつかないんだよ」
イェントゥ「は。後で、こっそり買いに行かせていただきます」
コジマ「続けろ」
イェントゥ「は。失礼致しました。北町のテキヤ街で敵は……あの、これは別にギャグではありません」
コジマ「わかってるよ」
イェントゥ「は。失礼しました。穴掘り屋、運び屋、くず拾い屋、白木屋、にんにく屋、成駒屋―――」
コジマ「……」

   ツキノ、登場。
   コジマ、イェントゥ、ツキノに気が付かない。

コジマ「何回も断られたところばかりじゃないか。敵は、何でそんな無駄なことばかりするんだ!」
イェントゥ「コジマ兵曹長。実は私はもう―――」
ツキノ「敵、ですか」
コジマ・イェントゥ「ツキノ少尉!」
ツキノ「やだな、コジマさんたら、(コジマの物真似で)「コジマは永遠に少尉のしもべです」って嘘だったんだな」
イェントゥ「ええっ?」
コジマ「少尉こそ、何か、妙な誤解をされているようで。私たちは、いつかあの国がこの国に攻めてくる可能性もあると思いまして、日々、監視を怠らないようにですね……」
ツキノ「そうですか。なら、結構です。イェントゥ二等兵」
イェントゥ「は」
ツキノ「本日のパトロールはどうしました?」
イェントゥ「は……それは」
ツキノ「今すぐ行きなさい」
イェントゥ「はい」

   イェントゥ、去る。

コジマ「少尉」
ツキノ「はい?」
コジマ「自分は納得がいきません」
ツキノ「何がですか?」
コジマ「毎日、ほとんで寝ていないのではないですか。朝は7時半には来ている。それからぶっ通して、ほとんど翌朝まで仕事をされる。ただでさえ、一級管理官としてお忙しいのに、そのうえ、人でなしの就職活動まで」
ツキノ「約束しちゃいましたから」
コジマ「破ればいいじゃないですか。少尉は、精一杯の事をしましたよ。やつらだって充分わかってます。そもそも、そこまでして職をみつけたところで、どうせ長続きもしないやつらです」
ツキノ「どうして、そんあことがわかるんですか」
コジマ「やつらが、人でなしだからです」
ツキノ「……」
コジマ「少尉は優し過ぎる。やつらは、人の心の、わからん連中です」
ツキノ「海で、溺れたことがあるんです」
コジマ「は?」

   音楽。

ツキノ「幼い頃、友達と海に出かけて、浮き輪ごと潮に流されてんです。気がつくと、入り江はどんどんどんどん遠く離れている。大声を出しても、友達はだれも気付いてくれない。私、死ぬんだな。冗談でなくそう思いました。その時、決して近付くなと言われていた反対側の浜辺から、男の人が私を見つけて、泳いで来たんです。それが私の見た、初めての「人でなし」でした」
コジマ「……」
ツキノ「さあ、もう大丈夫だ。心配いらない。さ、おれの胸に捉まれ。汚い腕でした。それはもう、汚い腕でした。彼は、茫然として口も開けない私を、強引に抱きかかえ、その人は入り江まで連れて帰ってくれました。潮の流れに逆らって、一生懸命泳いでくれました。今思えば、ずいぶん危険なことだと思いませんか。もしかしたら、私と一緒に流されてしまうかもしれないのに」
コジマ「やつら、泳ぎは得意ですから」
ツキノ「やがて、私たちは入り江に着きました。「さあ、もう大丈夫だ」我に返った私は、命の恩人のである彼の前で、こう泣き叫びました。体が腐る。体が腐っちゃうって」
コジマ「……」
ツキノ「友達の一人が、慌てて私の体を拭き始めました。友達の一人は、こういうときはこうするんだよって、その人に1ピニー硬貨を投げました。そして私は、いつまでもただ泣いていました。彼の前で。体が腐る。体が腐っちゃう。体が腐る。体が腐っちゃう。体が腐る。体が腐っちゃう」
コジマ「少尉」
ツキノ「彼は、小銭を拾って、そして自分たちの浜辺に帰っていきました。さて、ここで問題です。コジマさん。人でなしは、誰でしょう? 人の心がわからないのは、だれでしょう?」
コジマ「……」

   イェントゥ、登場。

イェントゥ「こんにちは。治安維持課のイェントゥです。何か変わったことはありませんか? そうですか?」

   間。

イェントゥ「いえ……その……あの……パトロールとは関係ないんですけど……就職させてください! いや、ぼくじゃないです。ぼくじゃないです。いいのが一人いるんです。若いし、体力あるし、それに常識テスト、最後にはぼくよりいい点取ったんです。あ、待って。待ってください。本当なんです。ちょっと、中、入ってもいいですか」

   イェントゥ、もう中に入っている。(退場)

ツキノ「治安維持課、責任者のツキノです。ええ、わかってます。ただ、もう一度だけ、お話だけでも聞いてほしいと思って。彼らだって、本当は普通に働きたいんです。職さえあれば盗みもしなくてすむし、そうすれば、結果的には私たちの暮らしだって……あ、ちょっと。もう少しだけ」

   イェントゥ、転がり出てくる。

イェントゥ「あ痛……あ、こんにちは。治安維持課のイェントゥです。今、パトロール中なんですけど、実は、耳よりの話があるんですよ」
ツキノ「売上? 大丈夫。落ちたりしませんって。私、食べに来ますよ。ええ、もちろん、 毎日来ますよ。5人前。5人前食べますよ、私」

   ツキノとイェントゥの活動が続く。

コジマ「なんだよ。みんな、格好つけちゃって。どうかしてるよ。出来るわけないだろ。第一、そんなことして、何になるんだよ。おれたちは、税金から給料貰ってるんだよ。そしたら、税金払ってくれる人のためにだけ、働けばいいじゃない。なんだよ、なんか、た、楽しそうじゃないか。おかしいよ。おまえら、みんな頭おかしいよ。あ、社長。ちょっとちょっと。実はね、いい話があるんですよ。いやほら、使える若いのが足りないって、この前言ってたじゃないですか。いるんですよ、一人。ホントホント。もう大ホント。実は、あの、浜辺の生まれなんですけど……(殴られる)あ、痛!殴る事ないじゃない。 あ、そこの、大社長。いや、違いますよ。キャバクラの呼び込みじゃないですよ。実はね、一人職を探している若いやつが―――」
イェントゥ「本当ですか!」
ツキノ・コジマ「!」
イェントゥ「最初の半年は見習い……」
3人「もちろん、OKです」
イェントゥ「給料は、最初は半額から」
3人「もう一声!」
イェントゥ「通常の7割……」
3人「もう一声!」
イェントゥ「わかった。本当によく働くなら、町育ちと同じでいい……」
3人「……」

   ハルキ、登場。

3人「ありがとうございます!ありがとうございます!」
ハルキ「へ?」

   コジマ、イェントゥ、無理やりハルキにも頭を下げさせ、

3人・ハルキ「ありがとうございます! 」
ツキノ「勝った! 私たちは勝った!」
コジマ「はい」
ツキノ「やだ、コジマさん、目がうるうるしてますよ」
コジマ「やだな。ツキノ少尉こそ、化粧が落ちてますよ」
ツキノ「そう?」
コジマ「かなり、怖くなってますよ」
ツキノ「嘘」
ハルキ「???」
ツキノ「全員、気をつけ!」

   コジマ、イェントゥ、敬礼。
   ハルキもビクッとなり、気をつけの姿勢になる

ツキノ「就職おめでとう」
ハルキ「えっ」
コジマ「ちょっとでもさぼったら、、殺すぞ」
ハルキ「えっ」
コジマ「就職、おめでとう」
イェントゥ「おめでとう」
ツキノ「さてと、私たちも仕事仕事」
イェントゥ「イェントゥ二等兵。パトロールに出かけてまいります」
ツキノ「お願い致します」
コジマ「少尉。そういえば、本部に出す月例報告書がまだ……」
ツキノ「はい、すぐやります」
コジマ「お願い致します」

   ツキノ、コジマ、イェントゥ、退場。

ハルキ「嘘……就職?」

   暗転。

   溶明。
   カラスの家。だれもいない
   ネズミ、登場。

ネズミ「カーラース。……何だよ。いないじゃん。ったくいい加減なんだから」

   ネズミ、なんとなく部屋を物色。
   一冊のスケッチブックを見つける。

ネズミ「??」

   ネズミ、ノートを開く
   中は、単語帳になっている

ネズミ「さる。おはよう。ごはん。ごめんね。ありがとう……猿がおはよう? ごはんごめんねありがとう……?(ページをめくる)カラス、ハヅキ、これ、それ、どれ、ありがとう。きりん。あのくに。ありがとう……何かありがとうが多いな。(めくる) すき。ありがとう……」

   ハヅキ、登場。
   へんてこな海草の束を持っている。
   ネズミが単語帳を持っているのを見て、大慌てで奪い返す。

ネズミ「ご、ごめん。別に見る機はなかったんスけど」
ハヅキ「ううん。いいです。ただ、たいしたものじゃないから」
ネズミ「こんにちは。お邪魔してます」
ハヅキ「カラスは?」
ネズミ「いや、今日俺来るから、居てよ、って言ってたんですよ。カラスっていい加減な男なんですよ……、あーはっはっはっは。あのさ、ネタ、見る?」
ハヅキ「は?」

   ネズミ、持ちネタの披露。

ハヅキ「に、似てます」

  ネズミ、持ちネタの披露。(つまらない)

ハヅキ「面白いです」

  ハヅキ、去る。
  ネズミ、一人でボケ突っ込みの練習。
  ハヅキ、戻ってくる。
   
ハヅキ「熱心ですね」
ネズミ「あっ、俺ねえ、「あの国」行ったらねえショーに出たいんだ。売れると思うんだよね。おれ、ほら、面白いタイプだから」
ハヅキ「それと、カラスにケンカ習うのとなんか関係あるの?」
ネズミ「大アリ。だって「あの国」のショーって言ったら、もう何百人とか何千人とか目の前で見てるんだよ。度胸つけなきゃ。ほら、俺、ナイーブなタイプだから」
ハヅキ「「あの国」かあ」
ネズミ「「あの国」行ったらさ、もうだれもおれのことを「人でなし」だなんて呼ばせない。そしてスタアって呼ばれるようになって、「この国」の町のやつらを全員見返して……ゴメン」
ハヅキ「別に、いいって。気にしてないし」
ネズミ「ハヅキは違うって。ほら、こうしてもうずっとおれらといるわけだし」
ハヅキ「だから気にしてないって」
ネズミ「そう。一つ聞いていい?」
ハヅキ「いいわよ」
ネズミ「これから、どうすんの?」
ハヅキ「?」
ネズミ「カラスとさ、一緒になんの?」
ハヅキ「カラスに聞いてよ」
ネズミ「聞けないよ」
ハヅキ「そう?」
ネズミ「(笑顔で暴力を振るうカラスの真似)」
ハヅキ「あっ、カラス、お帰り」
ネズミ「!」
ハヅキ「嘘」
ネズミ「脅かすなよ……でもさ、不思議ですよね。こうやって普通に話とかできちゃうんだから」
ハヅキ「ほら」
ネズミ「! 不思議、だよね。(言い直す)」
ハヅキ「やっぱり気になる?」
ネズミ「なんで、ほら、全然気にしてないよ。もしかして、リクのこと気にしてるの?」
ハヅキ「……」
ネズミ「あれはさ、違うって。リクってさ、だめなんだよ。人見知りなの。本当に、気にしなくていいから。別に、嫌いなわけじゃないって。そうだ、試しにさ、何か頼みごとしてみなよ。きっと聞いてくれるから」
ハヅキ「私に盗みを教えてください」

   ハヅキにスポット。他、暗転。
   リク、ケイ、登場。

ハヅキ「「あの国」に行くにはさ、やっぱりお金がかかるでしょ。カラスの膝治すのにも、やっぱりお金がかかると思うんです。私が稼ぐしかないでしょ。私が稼がないと、どうしようもないでしょ。だから……」
リク「あの国、山手線ゲーム!」

  照明変化。
  リク・ケイ・ネズミが座っている。

リク「あの国では」
ケイ・ネズミ「あの国では」
リク「ポケットを叩くとビスケットが二つになる」
ケイ「うそ?」
リク「いや、ホンマらしいでえ。こう、ビスケットをポッケに入れるやろ。上からパシーンと叩くと、なんとビスケットが二つになっとる!」
ケイ・ネズミ「古今東西あの国ゲーム! イエーイ!」
ケイ「あの国では、ベッドがチョコで出来ている!」
ネズミ「あの国では……(適当に)」
ケイ「あ、ハヅキもやんない?」
ハヅキ「うん。(入らない)」

   ハヅキ、なんとなくリクと話がしたそう。
   ケイ・ネズミ、察しをつける。

ネズミ「(ケイに)そうだ。原っぱの仕掛けに象さんがかかってるかもしれないから見に行こう」
ケイ「うん」

   ケイ、ネズミ、退場。

ハヅキ「象さん、どうするのかな? 食べるのかな」
リク「さあな」
ハヅキ「リクさんてすごく背が高いですよね、それで―――」
リク「言うとくけど、盗みやったら教えへんで」
ハヅキ「「あの国」に行けば、カラスの膝、治ると思うんです。「あの国」一番の医者にみせればきっと治ると思うんだよね。だから、そのためにはお金を……」
リク「断る。おまえには無理や」
ハヅキ「できます」
リク「できない」
ハヅキ「できます」
リク「できない」
ハヅキ「できます」
リク「できない」
ハヅキ「カラスの膝を治すためだったら、私、盗みでもなんでもできます!お願いします、教えてください。お願いします、教えてください」
リク「! ほう。「盗みでもなんでも」ね」
ハヅキ「はい!」
リク「それが愛の力っちゅうもんか、よっしゃ、分かった、お前には負けた。教えたる」
ハヅキ「ありがとうございます」
リク「まず一番肝心なのは逃げ足じゃ。一人でもトロイやつがおったら仕事にならへん」
ハヅキ「私、とろくありません」
リク「OK」
ハヅキ「はい」
リク「よし、こっち来い。目つぶれ。よーし、パクルぞ。パクルぞ。パクり!逃げろ?!」

   リク、走り出す。一緒にハヅキも。
   舞台中を走り回る。周回遅れでハヅキ、ゴール。

リク「ゴール!ハヅキちゃん失格。お疲れさん、お疲れさん」

   が、ハヅキ、止まらない。いつまでも根性走りを続ける。

リク「多いんだよ、おまえみたいなやつ。泥棒をなんだと思ってんだよ。人の顔を見たら「泥棒にしてください」「泥棒にしてください」。甘いんだよ。町育ちがよ。悲劇のお姫様気取ってんじゃねえよ。―――やめんかい!」

   ハヅキ、やめない。
   リク、しばらく放っておくがだんだん我慢できなくなる

リク「何考えとんのや! わしだってなあ!」
ハヅキ「……」
リク「……一度やると、後戻りでけへんで」
ハヅキ「はい」
リク「今なら町に戻れるんやぞ」
ハヅキ「はい」
リク「ずっと気持ちが変わらんとは限らへんで」
ハヅキ「怖いの?」
リク「怖い?」

   音楽。

ハヅキ「怖いの? リク。気持ちが変わるのが。人の気持ちが変わるのが怖いの?」
リク「何、わけわかんないこと言っとんのや」
ハヅキ「人を好きになるのが怖いの? 怖いから、誰も好きにならないの? 人を好きになるのに、本当に資格がいると思ってるの?」
リク「いい加減にせえ」
ハヅキ「私は、怖くないわよ。もしカラスが、私のことを嫌いになっても、私の親みたいに、いつか私のことを捨てたとしても、私は、自分の気持ちが全然怖くないわよ」

   照明、変化。
   ネズミ、カラス、登場

カラス「だからさ、目をそらしたらダメなんだよ。ほら」

   ネズミ、ビビっている。

カラス「なんだよ。その程度かよ」
ネズミ「えっ?」
カラス「おまえにとって、ショーに出たいってのはその程度かって言ってんだよ。ったくくだらねえ。その程度の気持ちで、人のこと付き合わせんなよ。「あの国」に行きたいのはなあ、おまえだけじゃねえんだぞ。ったくくだらねえ」
ネズミ「なあカラス。頑張れば、必ず報われるよな。あきらめなければ、きっと……」
カラス「甘ったれたこと言ってんじゃねえよ! 何が「あの国」だよ。おまえみたいな口先野郎はなあ、「人でなし」がお似合いなんだよ。じゃあな」
ネズミ「(しばらくしてから)なんだと、コラッ。もう一回言ってみろ!」
カラス「! やんのか?」

   カラス、ネズミを叩く。
   ネズミ、叩き返す。
   カラス、もう一度振りかぶる。もうネズミは逃げない。

カラス「これが終わったら、今度は、おまえがおれの勉強に付き合えよ。ハヅキ、明日、小テストやるっていうんだよ」
ハヅキ「私に盗みを教えてください」

   照明、変化。
   ハルキが出てくる。

ハルキ「あの、俺です。浜辺のハルキです。今日、いただきました。初めての給料。皆さんのおかげで、すごく沢山貰えたんです。一緒に入った町のヤツと同じだけ。同じだけあるんです。ありがとうございました。ホント、ありがとうございました。ツキノさん、コジマさん、イェントゥさん、本当にありがとうございました」

   ハルキ移動。

ハルキ「リク!ほら、見てよ。初めての給料。今日、貰ったんだよ。これで、もう、俺、大丈夫かな。なんだよ、忘れんなよ。将来性だよ、将来性。これでおれ、将来性出来たよな」

   ハルキ移動。

ハルキ「あ、ハヅキさん。ちょっと、ちょっと。プレゼントを買うんすけど。いえ、あの、ちょっと実践的なアドバイスを貰えたらなって。何でもいい?ダメっすよ。何でもいいわけないじゃないですか。それにね、俺、色はピンクってもう決めてるんですよ」

   ハルキ移動。

ハルキ「うわ、広い店…」
   
   ハルキ、店内を見始める。

SE「ねえちょっと、あの人見てよ」
SE「人でなしじゃねーか?」
SE「何でこんなところにいんだよ」
SE「ま、まさか、強盗?」
SE「俺、そういえば昔見たことがある!女のカバン引っ手繰ったヤツだ」
SE「おい、人呼んでこい。武器も忘れんなよ」
SE「人でなしが。舐めやがって」
SE「叩き潰せ。ここはこの国一番の店だぞ」
ハルキ「お、これか。これかな?これだよな。へへへへ。えっ?いや、ちゃんと持ってますよ。こう見えてもね、俺、働いてんですよ。それより、これ、どこ持っていけば…えっ?何?」
SE「人でなしだ」
SE「人でなしだ」
SE「人でなしだ」
SE「人でなしだ」
ハルキ「いや、本当に。ほら」

   ハルキ、ポケットから金を出そうとしててこずる。

SE「動くな」
ハルキ「ちょっと、待ってよ。ほら」

SE(銃声)。

ハルキ「!」

    札がヒラヒラと天井から降ってくる。
    ハルキ、それを拾い集めながら倒れる。

ハルキ「これ、俺の金っすから。これ、俺の金っすから。俺ね、約束したんですよ。この金でね、この金でケイにね―――」

    暗転。

    溶明。
    ジジイ登場。
    
ジジイ「どうもどうも、死体の運び屋でございます。本日は久方ぶりにお仕事頂戴いたしまして、誠にありがとうございます。はい、それでは片付けさせて頂きます。ああ!お金が落ちてる。ラッキー、ラッキー。(ジジイ、拾い集める)ここにも、すごいぞ、今日は。(ハルキに気付く)ハルキ…。……お前の金か?(周りに)触るな!触るな!ハルキの金じゃ。触るな!」

   ジジイ、札を全て拾い集め、ハルキを転がして行く。

ジジイ「男の幸せ。ハルキ、男の幸せとはな、若くして死ぬことなんだよ。長く生きるとな、臭くなるんじゃ。ノネナールとかいうのが出ての。ハルキ……ワニ、上手かったな。亀とメロンは見つからんかったな。カメ、メロン……終わっとるじゃないか」

ケイ登場。

ケイ「トントン。ジジイ、来たよ!」
ジジイ「合言葉は?」
ケイ「相対性理論」
ジジイ「ああ、よしよし」
ケイ「ひゃあああ。ハルキ! ハルキ、ハルキ、起きろよ。ハルキ起きろよ。ハルキ!」

   ジジイ、ケイを引っ張ってくる。

ジジイ「あのな、わしわかったんじゃ。女の幸せの答えをのう」
ケイ「お金でしょ」
ジジイ「!」
ケイ「……」
ジジイ「……そうなんじゃ。実はな、大金が入ってな、みんなであの国に行けるという話じゃ。な、ケイも行ってみたいと思わんか?」
ケイ「行きたくない」
ジジイ「あああ。あの国発見。おいおいハルキ、あそこのおばさん豚3匹連れてるぞ。あれ食べるんじゃろうな。いや、食ってみたい。おお、今度はトウモロコシ。一粒づつがでかいぞ。自動車くらいの大きさだぞ。あれ二人で食ったら、三ヶ月は持つよな。あ!今度は食パンじゃ。いやデカイの。ふかふか。こんな厚さがある。あんなベッドに一度寝てみたいな」
ケイ「やめてよ。どうせ行けないんだから。ハルキも、ハルキも死んでるよ」

   ジジイ、札を出す。

ジジイ「ハルキの金じゃ。ハルキが稼いだ金じゃよ。満足か。私、泥棒は嫌いって、満足か!コレで満足か!ハルキ、あの国行きたいよな。お前もあの国いきたいよな。わしはな、あの国行ったらな、こんなでっかいプールを作るんじゃよ。第一のコース、コレ牛丼なんじゃ。ご飯の上にな、こう牛丼の具が沢山乗っててコレを泳ぐんじゃ。ただひたすら泳ぐんじゃ。食べちゃいかん、食べちゃ贅沢にならんのじゃ。第二のコース、これ天丼なんじゃ。ご飯の上にえびとかイカとか沢山乗ってて、これもひたすら泳ぐ泳ぐ泳ぐ。第三のコース、これ玉丼なんじゃよ。ご飯の上にふっくらした卵をのっけるんじゃ。これもただひたすら泳ぎきるんじゃよ。第四のコース、これプリンなんじゃよ!」
ケイ「私はあの国いったら、こんなおっきなお菓子の家に住むの。1階、ショートケーキ!生クリームとおっきなイチゴがいっぱい乗ってるの。二階、チョコレートケーキ!あまーいチョコレートいっぱいのってるの!三階―――」

   ジジイ、ケイにナイフを見せる。

ジジイ「わしを殺せ」
ケイ「!」
ジジイ「わしが死んだらな、生命保険といってな5千ギーツ降りるんじゃよ」
ケイ「やめてよ、そういう冗談、笑えないよ」
ジジイ「カラスの足、やっぱりダメじゃろ。あの町育ちの女は金稼げんじゃろ。ということは、その分もリクが稼ぐわけか。間違いなく捕まるな。あいつは言うだけで腕は悪いから。そしたらわしらは飢え死にじゃな。どうしよう。わしが死ねば生命保険ちゅうので5千ギーツおりるんじゃよ。その5千ギーツ持ってみんなであの国いこうよ!な!あの国はいいぞ。毎日食べるもんが好きなだけ食べられるんじゃ。ケーキでもチョコレートでも好きなもんが好きなだけ食べられるんじゃ」
ケイ「……」
ジジイ「ずっと考えてきた事じゃ、ケイ、お前には酷な役目、とようわかっとる。しかし、誰かが救わにゃいかんのじゃよ。誰かがな。リクもカラスもバカじゃし、ネズミには勇気がない。お前しか、お前しかおらんのじゃ。この通りじゃ。わしの代で人でなしの浜辺はもう終わりにしたいんじゃよ。な、わしを刺せ」

   ジジイ、ナイフをケイに握らせる。

ジジイ「ホレ。前からだと自殺だと難癖つけるやつがおるかもしれんからの。だから、後ろからブスッとやるんじゃぞ。それから刺した後に、ここらじゅう荒らしていくのを忘れるなよ。もっとも、取るものは何もないけどな。わしを刺して、皆であの国に行こう!」

   ジジイ、ケイに背中を向ける。

ジジイ「来い」

   ケイ、チョットだけジジイの背中をつつく。

ジジイ「い、イタタタタ。何すんじゃよ!こういうのはチクッと刺すととても痛いんだよ。思い切りブスッといかんか、ブスッと」

   ケイ、またチョコッとつく。

ジジイ「イタ!イタ!ふざけとんのか!」
ケイ「そんなの出来ないよ!」
ジジイ「出来んのか。出来んのか。お前はいつまでも浜辺に居ろ。お前はいつまでたっても人でなしじゃよ」

   ケイ、叫びながら飛び掛ってくる。
   が、ジジイに突き飛ばされる。

ジジイ「そんなんで死ねるわけないだろ」

   ケイ、飛び掛る。
   ジジイ、突き飛ばす。

ジジイ「そんなんじゃ死ねんて。出来んのか。お前もハルキも人でなしじゃよ」
ケイ「うわああああ」

   ケイ、飛び掛る。
   ジジイ、背中を向ける。
   ケイ、ジジイの背中にナイフを突き刺す。

ジジイ「痛いのう。やれば出来るじゃないか。グッドだよ」

   ジジイ、ばったりと倒れる。

ケイ「ジジイ!ジジイ!ジジイ!―――」

   ケイ、ナイフを放り出す。
   そして逃げ去ろうとして立ち止まり、ジジイとジジイの部屋を振り返る。
   長い間。
   ケイ、思い返して部屋に戻り、部屋を荒らし始める。
   ケイ、一通り荒らすと、涙を拭いて深呼吸をする。

ケイ「大変だ!人殺しだ!ジジイが殺された!大変だ!人殺しだ!ジジイが殺された!大変だ!人殺しだ!ジジイが殺された!大変だ!人殺しだ!ジジイが、ジジイが殺された!」

   ケイ、繰り返し叫びながら飛び出して行く。
   後にはジジイの死体があるだけ。
   暗転。

   溶明。
   カラス、ネズミ、ハヅキ。

ネズミ「古今東西あの国ゲーム!イエーイ!あの国では!歯磨き粉の中がチョコレートになっている。え、ホントに?ウン、マジでマジで。だから、虫歯の人は全然ダメなんだって」

   ハヅキ、カラス、無反応。

ネズミ「古今東西あの国ゲーム!イエーイ!あの国では!―――」

   そこにリクが入ってくる。

リク「みんな、食いもん持って来たぞ」

   皆に配る。

リク「オイ、ケイ早う来い。無くなるぞ。何ボーッと突っ立ってるんじゃ」
ケイ「どうしたの、その食べ物?」
リク「……(パクりのポーズ)いやあ、今日危なかったよ」
ケイ「どうして買わないの?ジジイの金だよ。どうしてジジイの金で買わないの?食べ物も飲み物も、あの国へのパスポートも、どうしてジジイの金で買わないの?」
リク「な、なに、訳のわからんこと言ってんだよ。さ、みんな食おう!」

   全員、とぼける。

ケイ「貰えなかったんだ。…あのお金、やっぱり貰えなかったんだ!」
リク「ケイ!」
ケイ「どうして貰えないの?なんで?何で貰えないの?どうして貰えないの?」
カラス「どうして貰えないんですか?!」

   照明、変化。
   ケイ、退場。

カラス「不備?だから何の不備ですか?住所?浜辺の方?なんだ浜辺の方って。変な言い方せずに「ひとでなしの浜辺野郎」って言ったらどうなんだ。で、浜辺生まれだとなんかいけないのか?なにがいけないんだ?ジジイはちゃんと金払ってたんだろ。それで何がいけないんだ?なんだと?警察が来る?だからなんなんだよ。俺達とお前とどっちが泥棒なんだ。散々ジジイから金貰っておいて、浜辺の方だから払えません?貴様、殺すぞ、コラ。ほら、答えろ。答えろ。俺とお前と、どっちが泥棒なんだ。ああ!どっちが泥棒なんだ(上手に向かって)なんだ、文句あんのか。文句あんならいつでも相手になんぞ」

   ツキノ、コジマ、イェントゥ、その部下達、登場。
   部下、リクたちに拳銃を向けている。

リク「何だよ、それは。それは俺達に向けてんのか。ツキノさん、それは俺達に向けてんですか!」
ツキノ「!(部下に気付き)違うって!」

   コジマ、慌てて部下の拳銃を下げさせる。

リク「ツキノさん。あんた言ったじゃねえか。私は公平でいたいだけだ。誰でも、公平に付き合いたいだけだって」
ツキノ「リク。暴力はよくないわ。暴力に訴えても、何も解決しないわ」
カラス「暴力じゃねえのか?」
ツキノ、コジマ、イェントゥ「!」
カラス「お前らが俺達にしてきた事は、暴力じゃねえのか!」

   部下達、拳銃をリクたちに向ける。

カラス「本当はこんな金、いらないんだよ。ジジイがいてくれればそれで良かったんだ。くそ。譲らないからな。5ギーツでも5百万ギーツでも、それがジジイの気持ちである限り、俺達は絶対に譲らないからな!」
ツキノ「カラス!」
リク「泥棒ごっこなら、負けへんぞ」

   リク、カラス、ハヅキ、ネズミ、退場。
   暗転。

   音楽。
   溶明。
   リク、カラス、ハヅキ、ネズミ。
   銀行忍び込みのパフォーマンス。
   やがて、赤外線に触れ、警報(SE)が鳴る。
   暗転。

ネズミ「もしかして、おれたち囲まれました?」
カラス「……囲まれてるね」
ネズミ「それって、結構やばいんじゃないですか?」
カラス「……やばいね」
ネズミ「やっぱり……」

   間。

ネズミ「(大ビックリ)えええっ? やばいの、おれたち?」

   溶明。
   舞台上にはリク、カラス、ハヅキ、ネズミ。
   舞台中央にはツキノ。奥にコジマとイェントゥ。

イェントゥ「緊急事態です。国立銀行に侵入者です」
リク「負けや負けや。完全に俺達の負けや」
ツキノ「情状酌量の余地はあると考えます」
カラス「みんな、ちゃんと考えろよ」
コジマ「一級凶悪犯罪です」
ハヅキ「そうそう。ウジウジもやっぱり前向きじゃないと」
ツキノ「生命保険証書に不備はありません」
リク「女の愛に負けました」
ツキノ「国側の説明義務に不履行があったとしか」
ネズミ「シャンプーハットは後ろ向きだけど」
コジマ「治安維持本部の命令には逆らえません」
カラス「後蹴りは後蹴り」
イェントゥ「第一師団第一小隊、国立銀行東門、封鎖いたしました」
リク「軍隊やな」
イェントゥ「第一師団第二小隊、国立銀行西門、封鎖いたしました」
リク「それもぎょうさんおるで」
ツキノ「民事の係争不確定の者に対しては」
ネズミ「踊ってる踊ってる」
ツキノ「警察の介入は最小限であるべきです」
ハヅキ「いいよ、私行くよ」
コジマ「少尉、本部の命令は絶対です」
カラス・リク・ハヅキ「浜辺生まれねえ」
ツキノ「しかし現状では」
イェントゥ「第一師団第三小隊、国立銀行南門、封鎖いたしました」
ツキノ「大佐!」
ハヅキ「もうカラスったら」
カラス「カアカア」
ツキノ「刑事法運用子側第13条には」
コジマ「これは命令です!」

   音楽。

コジマ「ツキノ少尉。総員配置につきました」
イェントゥ「攻撃命令を……攻撃命令をお願いします」
ツキノ「……」
イェントゥ「少尉……」
コジマ「治安維持本部からの命令には逆らえません」

   間。

ネズミ「(大ビックリ)えええっ? やばいの、やばいの、おれたち?」
リク「こういう時はな、オタオタしたり、ウジウジしたモンからババ引くんや」
カラス「部屋の出口は……」
ハヅキ「いや、私はホラ……カラスがいるから」
カラス「一歩外に出ると……」
ネズミ「えっ? 何に負けたんですか?」
リク「クーッ! ことここに至って出ますか、そんなお言葉が」
ネズミ「同じ人でなしの浜辺生まれじゃないですか」
リク「あの国にもあるのかなあ……人でなしの浜辺って」
カラス「ない。絶対、ない」

   ここから、リクたち4人は会話になる。(4人にはツキノたちが見えていない)

ネズミ「じゃあ、人でなしは?」
カラス「いない」
ハヅキ「じゃあ、人でなしでなし、は?」
カラス「いない」
リク「じゃあ、人でなしでなしでなし、は?」
ツキノ「受験番号2137番。ツキノと申します。陸軍警察治安維持課を希望いたします。「この国」を強く、豊かにするために、一生を捧げる覚悟です。あ、もしもし、お母さん。受かったよ、私。頑張るからさ。もうやりたいことが一杯あって。法律だって整備しなきゃいけないし、施設ももっと充実させなきゃいけないし、食べ物もちゃんとあって、犯罪なんかなくて、そりゃ神様じゃないんだから、何もかもはできないけど、でも、頑張れば、頑張ればきっと、何かは残せると思う。ほんの少しかもしれないけど、何かの役には立てると思う。「この国」のために、「この国」のために……」

   ※ツキノのセリフの間、4人はゼスチャーで「人でなしでなしで……」をしている。

リク「あの国に行ったら、船乗り」
ネズミ「コメディアン」
カラス「会社員」
ハヅキ「専業主婦」
全員「ええっ?」
ハヅキ「だめ?」
全員「全然OK」
ハヅキ「良かった」

   全員、笑顔。

リク「あの国に行ったら、船乗り」
ネズミ「コメディアン」
カラス「会社員」
ハヅキ「専業主婦」
リク「船乗り」
ネズミ「コメディアン」
カラス「会社員」
ハヅキ「専業主婦」
リク「気合入れろ! 人生は気合じゃ! こんな所で死ねるか。わいは、こんな所では絶対死なへんで。あれしきの軍隊、気合で蹴散らしたるんじゃ。蹴って蹴って蹴りまくって、そして―――」
カラス「ウォ―――ッ!」

   カラス、気合とともに立ち上がろうとする。

ハヅキ「カラス……」

   全員、必死に立ち上がるカラスを見ている。

カラス「あの国に行ったら、ボクサー……あの国に行ったらボクサー……あの国に行ったら、ボクサー! ハヅキ」
ハヅキ「はい」
カラス「一緒に行くぞ」
ハヅキ「はい」
カラス「ネズミ! リク! 行くぞ!」
リク「なんや、おまえ。美味しいとこみんなもってきよる」
ネズミ「あの国に行ったら、コメディアン!」
ハヅキ「専業主婦!」
カラス「ボクサー」
リク「船乗り」
ネズミ「コメディアン」
ハヅキ「専業主婦」
カラス「ボクサー」
リク「船乗り」
ネズミ「コメディアン」
ハヅキ「専業主婦」
ツキノ「総員戦闘準備!」
全員「よし、行くぞ」
ツキノ「構え!」
全員「いっせいの!」
ツキノ「構え!構え!構え!」
イェントゥ「少尉!」
コジマ「打て?!」

   照明、一瞬の目潰し。
   一人目、ネズミ。
   兵隊達に囲まれている。
   
ネズミ「あれ?俺スターになれたのかな?やったー。俺、スターになった。」

   ネズミ、既に撃たれている。
そのまま倒れるネズミ。

   銃を構えた兵隊達。
   ツキノがカラスたちを探している。
   追ってくるイェントゥ。

イェントゥ「少尉!少尉!少尉!」
 

   リク、カラス、ハヅキ、最初は一緒にいる。

カラス「分かれよう」
リク「俺はこっちや」

   が、すでに兵隊達に囲まれている。
   中央に集まる三人。

カラス「囲まれたな」
リク「ああ」

   殺陣。

   リク、次々に兵隊を倒す
   コジマと一対一になる。
   そこにツキノが間に合う。

ツキノ「離しなさい!」
リク「怖くないで」
ツキノ「……」
リク「今のわしは、鉄砲も棒っきれも怖くないで」
ツキノ「……」
リク「ケイが待っとんのじゃ。みんなが待っとんのじゃ。みんなであの国行くんじゃ!」

   ツキノ、拳銃を向ける。
   遠くからイェントゥの声。
駆け付けたイェントゥが、ツキノを守ろうとしてリクを撃つ。

イェントゥ「少尉!」
リク「!!!」

   カラスとハヅキ。

カラス「ハヅキ、隠れてろ!」

   ハヅキを突き飛ばすカラス。
   兵隊に囲まれている。
   殺陣。
   途中でハヅキも出てくる。
   互いに助け合いながら兵隊たちの中を突き進む。

カラス「ハヅキ」
ハヅキ「何?」
カラス「おれは幸せだ!」
ハヅキ「……」
カラス「おまえがいて、おれは震えるほど幸せだ!」
ハヅキ「カラス。私、離れないから」
カラス「ああ」
ハヅキ「私、一生、離れないから」

   戦いの最中にもかかわらず、カラスとハヅキ、幸せそうにじゃれあう。
   そして、手をつなぎ、前線突破を図る。
   一斉射撃のSE。
   カラスとハヅキ、笑顔でストップモーション。

   暗転。
   波の音のSE。

   浜辺。
   ケイがリクたちの帰りを待っている。
   そこに、戦いを終えたツキノが来る。
   コジマとイェントゥが現れる。

ケイ「リク?」
ツキノ「……どうしてここにいる」
ケイ「……」
ツキノ「5時になったら、おれたちが戻らなくても船を出せ。そう言われていたんじゃないのか?」
ケイ「リクは?」
ツキノ「……」
ケイ「リクは?」
ツキノ「……」
ケイ「……殺してやる……おまえら全員殺してやる!」
ツキノ「甘ったれんな!」
ケイ「!」
ツキノ「どうしてだ。なんで奴らは国立銀行を襲った。ケイ! ハルキはなんで死んだ。ジジイはなんで死んだ。みんな、何を願って戦ったんだ。答えろ、ケイ!」

    ツキノ、ケイに金を投げる。

イェントゥ「少尉、そのお金は」
コジマ「少尉!密入国出国幇助は特一級軍律違反です」
ツキノ「これは彼らの金です。5千ギーツ。ケイ、5千ギーツだ。みんなの金だ。みんなの夢だ」

   音楽。

ケイ「船を出せ。帆を上げろ。イエッサー。うわあ、海だ。私は分からなくなる。海は確かにそこにあって、私と私の船が動いているのか、それとも私と私の船が止まっていて、あの国が勝手に私に近づいてくるのか。ジジイは分からないのが正解だといった。確かなものなどないと言った。絶対的な正義も絶対的な悪もなく、生きとし生けるものすべては、相対性の海に浮かんでいると。でも、今、私には確かなものがある。それは、まだ私が生きているということだ。生きようとしていることだ。生きてあの国に辿り着こうとしている事だ」
ツキノ「あの国に行ったら、その金で入国ビザを買いなさい。生きるために嘘をつきなさい。食べるためなら、少しは人を騙しなさい。そして、あの国の人間になったら……教育を受けなさい。国語と算数と理科と、そして何より歴史を学びなさい。ごまかしと嘘で塗り固めた歴史ではなく、本当の歴史を学びなさい。この国がいつボタンを掛け違えたのか、あなたのお兄さんが、仲間たちがどうして死ななければいけなかったのか。私には、いったい何が足りなかったのか」
コジマ「少尉……」

   冒頭の刑務所に戻る。

ツキノ「元・少尉です……コジマさん。お久しぶりですね」
コジマ「……少し、痩せましたね」
ツキノ「今日の裁判では、ちゃんと証言してくださるんでしょう?」
コジマ「何をです?」
ツキノ「事実を。ありのままに」
イェントゥ「少尉。200ギーツ集めました。この金で無罪を買いましょう。裁判官とも話はついています」
ツキノ「ありがとう。でも、それはお断りします」
イェントゥ「何故です。何故みすみす有罪になるとわかっている裁判を何故受けるんです」
ツキノ「有罪になるとは決まってません」
イェントゥ「決まってます」
ツキノ「裁判はこれからです。私は、信じてみようと思います」
イェントゥ「何をです。法律をですか」
ツキノ「人間を、です」
コジマ「少尉!」
ツキノ「はい」
コジマ「少尉。私はあなたを恨んでます。私は、今二等兵です。妻も私を捨てて出て行きました。私は、少尉を恨んでいます」
ツキノ「……」
コジマ「少尉と働いた、あのわずかな時間を恨んでいます」
ツキノ「……」
コジマ「何であんなに楽しかったんだろうって。何であんなにワクワクしたんだろうって。あんなに楽しい思いを知っちゃったら、これから先私はどうしたらいいんだろうって」
ツキノ「……」
コジマ「ツキノ少尉、私は―――」
   兵卒が入って来る。
兵卒「接見時間5分間、終了いたしました。ただいまより、裁判所まで護送いたします」

   ツキノ、イェントゥ、退場しようとする。

ケイ「見えた?」
ツキノ・コジマ・イェントゥ「!」
ケイ「見えて来ましたでえ」
ツキノ「……」
ケイ「うわ、ごっつう大きな港があるやん。白い帆を張った船が、ヒイ、フウ、ミイ……(冒頭のリクのセリフが続く)……リク、ハルキ、ジジイ、ネズミ、カラス、ハヅキ……みんな見てる? 翼よ、あれがあの国や!」

   ケイ、いつまでもあの国を見ている。
   ツキノ、イェントゥ、兵卒、退場。
   コジマ、去りゆくツキノに敬礼。
 

                                     ─了─
 
 
 
 
 
 

(作者は、劇作・演出家。つかこうへいに師事し会社員から転向、「プラットホーム物語」「地図」「リセット」などプロデュース公演を多く手がけ、またテレビドラマ「孫」「世にも奇妙な物語」「編集王」「ショカツ」「ヒーロー」その他火曜サスペンスなどの脚本を書いている。この「タクラマカン」は建日子戯曲の素質を素直に示して人気と評価とを得てきた。2001年2月上旬には新宿での「Pain」作・演出公演も好評を博した。)
 


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