竹取翁なごりの茶をつる記

 

 

 いまはむかし竹取の翁の茶をてしを、みづから誌せしといふあり。めづらしと人のまた書き写せるをみるに夢かとぞ思ふ。信じがたきものから、なつかしくあはれなれば、おのれまた書き写さんと乞へり。とぞ本に…とあるがわりなし。そも由あり。あなかしこ。

  平成乙亥 かむなつきの望のよる 無位 秦忌寸 恒平 写す

 

  よにためしなき一会を、ゆめに見むとてするなり。かぐやひめ月夜に空たかく参うのぼりたまひて一とせすぎぬ。あかずこひし。月をがみて泣くことかぎりな し。たよりありと聞けど、不二のやまは遠くけはしく、え行かず。都のほとり竹の林にのみあり経つつ、かしこき御めぐみ給うばりて、くさぐさに竹編みなど す。わが編む籠をみればかなし。かのきみ籠にいれ養ひつ。竹の節より取うでしかや く御子なりしよ、あめつちがなかに、かくうるはしきは、ゆめ、おはせじ。かぎりありてこの御世に久しくまさずなりぬるも、うらめしけれど、ことわり無きに あらじかし。御みかどにもしたがひたまはで、さすがに文などはかはし給ひき。あてに、らうたきこともかぎりなく、翁、手をすりまもりゐたり。媼もほたほた と笑壷に入り手も足も舞ひまひ抱きはぐみつ。いつしかに月いと明かき夜のさらぬ別れとはなりつる。血の涙もかひなし。をめきて空にわれもあがらんとすれど地に伏しただまろびつ。あひたきを、かぐやひめ。いまひとめ逢ひたきを、いかにすべき。

 帝も忘れがたきよし言ひつづけたまふ。今宵しも、え忍びたまはで、かりの行幸にことよせ竹の宿に駒とめたまふ。翁をうな、かしこみ泣き、伏して下にゐる。

  みかど、近う召したまふ。いとふまでもなき時雨を、かこち顔に。あめやみぬ。月高し。かの君こよひ天降りて来ずやあらむ。宿直つかまつれ、湯などもてこ。 翁うちしはぶき、申す。このごろ茶といふものを得てさぶらひき。ねむたきわざを癒すにかひあり。御あやしみたまはであれよ、奇しきみわざはかのかやく人の伝へ給びたりき。時・世をこえ、思ふまま道具ども取合はせて、えし茶のいと甘きをすめたてまつらむ、かぐやひめかならず参うでたまはむなど、いと口疾なり。みかど、ほゑみたまふ。

  さてとよ、さべき御しつらひのうちに招じ入れたてまつる。のどやかに、帝の御姿かたち、ねびまさりてうつくしくいます。まおもてのすこし高き壁に大きなる 草の字を掛けたり。天地とよませたまふ。手は良寛なる清き僧の書けり。いと温和しく筆つけしものから、とぎれなく勢ひつく。いとよし。天なるかれも見たま ふべし、地にあるはた目 守れり。良寛よく胸懐に日月を招けり。近ごろの貫之、この頃の道風朝臣にもおとらず。みかど、うれしとのたまふ、礼ありてかたじけなし。蓋を脇立てて、黄 色き土の小壼に薫りたるは月のしづくとや、香りてかすかに家ぬちを満たせり。井戸香炉なり。塩笥の形したり。うかれめなれども歌のみちに二となき和泉式部 が今ひとたびのとせちに嘆きけるをあはれみ、此世と銘のあるがなつかしく、みかど、われからさうの掌につませ給ひ御ほをすりて此の世のほかの思ひ出になきたまふ。

 翁、厚畳敷きたてまつり上座を帝にすめたてまつれども、今宵はさらであらむ、月せかいより参うでたまふらむかぐやひめに譲りて待ちまうけむ、ひときざみ下にゐむよと仰せたまふ。老い人らうなづき涙ぐむ。とのもの月かげ、いとまばゆし。浮かぶこちして仕うまつる人々翁が家をめぐりありく。風落ち虫いたくすだく。雑仕の秋草あまた採りもて、口七寸がほど懐ひろき竹籠に盛りたるを、香炉やか たよせつ、をうな抱きとりて天地の字のかたはらに置く。名知らぬ花のさと色めくを。この籠はむかし竹取の翁手づから作りたるを。よくしたりとて帝、月代と その籠にいまし名づけたまふ。かぐやひめそのなかに生いたち給ひし御形見なればなり。漆すこし刷きて、佗びたれど色よくいとなつかし。いとちひさかりし君 がらうたき御面影も、かへすかへすいとなつかし。

 やつれし板囲ひの風炉といふに、筒なりの古き釜をかけたり。天明ときくもつきづきしき釜の胴には、野の残月をかすかに刻めり。後の世の大将軍義政といへるが愛で用ひしよき釜と見ゆる、あはれ情け知るものかな。

  主はしやう客がかたへ風炉釜をちかよせ、秋冷えをふせげり。古き備前の名を青海とかや古き銅の色したる水指は、さも桶とみえて壁のかたへ翁出し置く。色う るはしき水指など華やかにしなしたてまつるべく思うたまへども、佗びしき宿の風情となにも御覧じゆるさせ給へ、時の帝を迎へたてまつり、いと事そぎたる薄 茶たてまつる。麗しきも過ぐせば余波とぢ言痛たかりなむ。みな、かの姫君の光来をものの映えにせちに待ちたてまつらめ。御覧じたまはれよ、町の者の作りし この黒き町蚤とかや、銘は再来と申して、千利休なる大導師のいと愛でられし器なるが、身にしみ色の栗に透きて形もころよげにいといと情けあるはと、翁、しづかに涙おさへて砧のきぬのやはらかきを畳みつ折りつ拭ひ清めをり。

 帝、翁の膝ちかき秘色の茶碗に御目とめたまふ。よによき色したり。はなびらのにほふごとく、うるめる碧なり。蓮臺に露けく咲ける花といひつべし。かほどの品もちひ給ふは、帝をおきたてまつりて、かぐやひめならであるまじ。ゆめかと見ゆるがうつなるはと帝は手を畳につきたまふ。いさとよ、惜しきは疵あり、さればぞ翁の手にも入りぬる。黒くちさき鎹もてつぎたるが、かへりて秋野の虫と見え、馬蝗絆などいひ比へて、うるはしきうへの景色を、世人いよ愛でたふとめり。翁よきものを手に入れたり。秘色はかぐやひめにふさはし、蝗は翁にふさはしと帝こちよくゑませたまふ。

  いま一わんは、何ぞ、誰がぞとゆかしくしたまふ。光悦といへる上手のつくれる、こはすくよかに気高き陶ものなり。不二と名づけけるが、二つ無きものとも、 不二山ともきこゆる、いとをかし。かぐやひめのこし置かれし貴き薬など、天に返しまゐらすべしと富士が嶺に上げられしこと思ひ出だされ、帝しほたれ給ふ。 この国に二人無き身はこくわうなれば、不二の茶わんにて茶を給へ。よにびなきひそくは、姫にたまへ、めづらしと、帝はせちにかぐやひめを待たせたまふ、御あはれなり。

 茶杓といふは、姫宗和と人のほむるが削りいでし、いとほそき竹へらなり。いとよくしたり、しぐれと謂ふめり。いまは雨明かれども降るもよしなど、をりに合ひていふもいとをかし。むらやまに秋風さそはれいづらむかし、竹のはやしの戦ぐは。

 蓋置、竹ひき切りて。おきな讃岐のみやつこ麿なむ、竹取のをのこなるを。わざと中に節あるは、さむくなり行くをやに待つころなり。おもてにツボツボのしるし朱き漆にて描きおく、花ありといふべし。水こぼしには音よき金銅の細き筋きざめるを持ち出でたり。

 このときみかど、風炉の先にすゑし葉つきの竹いと青きま割りて太きを、然りや、媼して、御身が上にひとつ隔て置き直させたまふ。かぐやひめ、穢土の人とひところによもおはすまじ敬せむとて、ところ避り給ひしなり。おもひなしや月の光、いと冴えてありがたし。御ころの深きは天にかよへり。媼、ちさき餅に添へて里のくだものをたてまつる。すきなど穂にいで、天地もよほしさやげるを。釜の鳴りまつ風にて、しのびやかに炉の火あかし。人のこゑ、と絶えたり。

 いかにぞや、おとなふものしなけれど、さと、ものうごきたる。ほのくらきなかにしろかねのいと薄くひろごり揺りて、天の楽きこゆるこちすれば、みかど、隔ての竹に御身をすべらし給ひ、斯く、あはれこのおもひのたけのへだてなく逢ふ世てらせよきみがみ光とうめき出でたまふ。また、わがこひはたけのよごとにつきもせで忘るまもなく天をこがしぬ、と。あまりなるや。

 かぐやひめ、み姿をあらはしたまふ。なつかしう光りかやきたまふさま、いふもおろかなり。手づからへだての竹をおしやりたまひつ。みひかりのなごり慕ひて月しろの都はなれて逢ふがうれしさと、髪いとうつくしくかたぶくまに御返し和したてまつる。翁媼を手まねぎ手をとらせたまひ、恩愛のきづなかたみに涙しぼりて、たしかめたしかめし給ふ。あかずいと嬉しや。天地のよろこび竹取が家に悉つに占め、のこり無くぞみゆる。

 姫、礼あり。はぢかはしつつ秘色の御茶をいと清らにまづのみたまふ。帝、ひかへて居たまへり。ゐのこの餅いとうましときみは母にあまえ、はぢらひ給ふ。

 さて不二の茶碗の丈高う貴きを、かぐやひめ翁にかはり、帝の御ため、よに二つとあらざる御茶てたてまつる。帝、姫のみ手にこぼれたる玉露とかや、口に甘しと笑みふくませらる。月光屋に満てり、和敬足りてころなごみぬ。清寂夜を深くす、哀情余りてなごり漸く尽きん。みだりに慕ふ勿れ、再来あるは天地自然の慈愛ぞ。帝、光悦の茶碗をいたきて喫みたまふ。御薄茶といへど味はひふかし、かるもの地に満てらんことをと言祝ぎたまふぞ有り難き。

 かぐやひめは、いづれより取う出たまひし、合甫とかいへる謂れめでたき刷毛目の碗にて、取り返さむたまの逢ひを言よさし、重ねて帝に御茶すめ 給ふ。てのうちの珠にと帝は恋慕やみがたくおはしませども、よく忍ばせたまひ、清らにひらきたる土目うるはしき御茶碗に、たふとき御口をつけてゐたまへ り。翁には、楽といへる家に伝へし面影なつかしやとて、うちしほれつつ姫は黒き茶碗に緑映えて御茶たてたまふ。媼も待ちかねゐたり。母ひとには鉢子とて、 赤き絵のいと景色華やかにうつくしき唐物をたてまつると、色よくころこまやかに御茶をすすめ孝養したまひき。翁も媼も、端により肩よせて畏まりをるものから、またも逢ひ見たてまつる嬉しさ、夢さめずあれと、た目守りてすくみゐる。すこしばかり戸をかこはせ、いつしか帝も釜ちかく円座したまひつ。尽きぬものがたりあり。歌ども幾返りあれども、かぎりなければ、畏まり記さず。

  夜更けたり。時雨れしともなけれど、さすがに月かげ冴えてひえびえ見ゆるを、飛ぶ車まつまでもなし、なごりは尽きじみまからむ、みすこやかにといふ声し て、御光のみ、ほ、と匂ふばかりにて、正身は月のみそらにはやみ失せたまひぬらむ。あなと嘆けども、情けなしと泣けどもかひなし。帝は端に出でさせたまひ て、ただ、かぐやひめと呼ばはり給ひぬ。竹むらをとよもし、遠山に喬き一本松のあな影やとそびゆるまで、御声は響きぬ。まつとし聞かばいま帰り来むとうた へるは誰そ、こころにくし。松、松と心そらにつぶやかせ給ふ。老いしはただ膝つき天を仰ぎて声なし。風さそふ村雲、三五夜中の白玉を曇らする勿れ、かなら ず待つと、え耐えで満月をろがみ給へるを。翁も媼もひしと掌を合はす。

 あはれ、おほぞらにかぐやひめのみ歌、いと遠く澄みわたれり。

 逢はなほ逢はねばつらき人の世のなごりの秋は情けありけり、とぞ本に。

 

 とき、ところ、定めむに由なし。あるがま写してやみぬる、とがめ給ふな。秦 恒平

 

 

 

  竹取の翁道具取合せのこと

 

  幾久しき今は昔のことであるので、こと調うての型どほりは、望む方がむりであらう。竹取るのをなりわひにしてゐる翁や媼の佗びた暮らし向きはそれとして、 一方には時の帝を御客人としてお迎へしてゐるのであり、かぐやひめまた月天子の皇女とみなければなるまいか。なごり佗びてしめやかな風情の中にも、また畏 き御位に敬して翁は待ち迎へてゐるのである。かぐやひめは天来の客であり、かつは自ら帝の御為に、また地上に育みくれし父母にひとしい翁媼にも、ご馳走の みやげを持参し、翁の趣向の足らはぬところをよく補つている。ことに「合甫」の茶碗をもたらしたことで、翁のえらんだ、一見「青海」のむさと堅くくすんだ 水指の趣向を、優になつかしく成し遂げてゐるのに注目したい。能の「合甫」は、海の珍魚を、釣りえた漁師から里人が買ひ取り、放ちやり、一種の報恩となる。浦島のやうに海底には行かないけれど鮫人の捧げもたらした宝珠を獲る。舞働きには聖代を祝福する思ひもこもつてゐる。いかに大名物の古備前「青海」でも、「合甫」とのこの連携があつて初めて、どこかかぐやひめの流離とも相応し、しかもめでたい風情が生まれるのである。その意味では原文には「竹取翁」の茶会と題してはあるが、よく謂つてかぐやひめとの合作である。なごりの中置はけつこうだが、水指はふつうは華やいだ色ものを使うだらう。た一点の秘色青磁に花をもたせて、翁があへてはでな取合せを避けたのも手柄ではある、が、これもやはり、かぐやひめが「母」と慕ふ媼のため、魔法のやうに取りだした「鉢の子」の赤繪雲堂手の茶碗により、一座はひき映えたのだと言つてよい。

「鉢 の子」とは、托鉢僧のもつあの金鉢に似てゐるのだが、籠にいれてかぐやひめを養つた翁ことに媼の愛情愛育とよく共鳴しえてゐて、かぐやひめの手腕が評価で きる。私の好みなどからすれば、花生には名物古銅砧形の「杵のをれ」などにかすかに秋草をと思ふが、月世界の兎とわれわれの見てゐるのも、どのような貴人 貴女なのであるや知れず、餅つく杵の折れてゐたのでは禍々しい気はするかもしれない。まして翁が手づから姫子のために編んだ籠を持ち出してゐるのは、思ひ 入れとして珍重せざるをえない、さてこそ帝も即座に「月しろ」とよき銘を授けられたのであらう。

 もつとも翁のためにや弁護をすれば、「青海」の銘にもし執したとして、それは、意味の上で「天海」との連想を働かせてゐたのであらう。竹取の翁なかなか詩人であつたと称へておこう。秋の夜空はさながら月に映えて青海原と見えたに相違ないのだから。

  問題は良寛さんの草書軸「天地」である。よく考へて翁はえらんでゐると思う。なにはあれ、天の皇女に配して地の国王であり、月明の夜である。利休居士愛用 の町棗「再来」との照応もよろしく、草の文字の佗びてみごとに美しいのも、私は大賛成である。だが、軸の幅が、長さが、微妙に、ふと案じられる。竹籠の秋 草はかなり豊かであるらしい。井戸香炉の歌銘「此世」と置き合せてゐるやうだが、かならずしも小さい香炉でなく、蓋を脇にたてて用ひたぶん幅も出ていよ う。どのやうな室礼であつたことか、「天地」二文字の軸がよく上座の壁面を領じ、定まつてくれてゐただらうか。事実上かぐやひめが主宰の一会であれば、ま づ大丈夫であつたと想ひたい。惟へば竹取の翁のよくなしえた奇しき業の取合せも、もともと、かぐやひめの伝へ置いた不思議の術によると本文は記している。 かぐやひめなればこそと、にはかに信じがたくはあるけれど、ありがたいとも思ふ。

 会記ふうにべつに一応記して置くが、千年の昔に遡ることであり、ほしいまに付け加へることも出来ない。本文にあるがまを記しおく。

 

 

  竹取翁なごりの茶会記

 

正客   時の帝

     かぐやひめ

主    竹収の翁

東    媼

 

時    十五夜か かぐやひめしょうてんり一年後の月明ならむ

所    竹取の翁の家

 

上座に  良寛筆 天地二文字

 裾に   名物 井戸香炉 歌銘 此の世 和泉式部の和歌より 香は、月の雫とや

  同   籠 帝御銘 月しろ 竹取翁の作 今は昔かぐやひめ入れて育てたてまつる                                 秋草花やかに   

風炉先   葉付きの竹で結界して   のちに帝の御意にて、天降りくる月世界の姫を敬して、上座とのあわいに、浄穢の隔てのごとく移さる

風炉    板めくもので囲ひしものとあり  佗ぴたるものか 中置きして

      義政所拝 古天明 銘 残月  銀の鋳かけしたるを見立てし銘を翁言はず

水指   大名物 古備前 銘 青海  天海にも比へ用ひしや

主茶碗 重文 青磁輪花茶碗 銘 馬蝗絆  かぐやひめに

 替え かぐやひめの持参と

     李朝 刷毛目茶碗 銘 合甫  ふたび帝の御為に かぐやひめ御手づから

     黒楽 銘 面影  これは父翁に

         赤繪雲堂手茶碗 銘 鉢の子 明 景徳鎮  ゝの媼に

 茶器 利休所持 町棗 銘 再来

 茶杓 金森宗和作   銘 しぐれ 共筒

 蓋置 竹取りて  中節はわざとせしと

 建水 金銅  筋目とのみ記せり

 

 菓子  亥の子餅  折しも 他に里のくだものと見ゆ

      本文に記さず

    他に かぐやひめ手づから帝に玉露(松露やうのものにや)をすゝむとあり 

 

付け加ふべきは、なにも無し

                            平成の 秦が記す